冷静な怒り
「ぽかぽか日差しが気持ちいいな~。……ご主人さまも、ベンチに座ればいいのに」
「知らないのか? 屋根の上も結構気持ち良いものなんだぞ」
クリスティーナとジーノは、リリィの言っていた冒険者の宿舎で日向ぼっこしていた。
ジーノはベンチではなく、屋根の上でだが。
「それにしても遅いな、リリィ。集合場所間違えたか?」
「そろそろ来るんじゃない? あっ、ほら! リリィちゃん帰ってきた――」
クリスティーナが大きく手を振ろうしたとき――彼女は異変に気づいた。
とぼとぼと帰ってくるリリィに、クリスティーナはすぐさま駆け寄った。
「ど、どうしたのリリィちゃん! 服が汚れて――」
「うわあああん! クリスティーナさああん! わ、私、私っ!」
「だ、大丈夫だよ、私はここにいるから! 一体なにがっ」
リリィはクリスティーナの顔を見た途端、安心と、悔しさから、一目もはばからずに大泣きした。
白のローブにはいたるところに汚れがついていて、別れたときとは見る影もない。
なにがあったのか聞こうとしたクリスティーナだったが――
リリィが抱えていたぼろぼろの本を見て、全てを理解した。
「その本って……もしかして、リリィちゃんの……!!」
「ネイトさんが、私の小説盗んで、ビリビリに――うわああああん!」
あまりの悔しさに、涙が止まらないリリィ。
クリスティーナは――キレた。
「ネイト――あのねちねちぃぃぃぃぃっ!!」
あまりの怒りによって、邪竜形態へ変身してしまうクリスティーナ。
抱き寄せていたリリィは吹き飛ばなかったが、先ほどまで座っていたベンチが、どこかへすっ飛んでしまっていた。
「落ち着けクリスティーナ、それにリリィも。なにがあった」
「落ちついてなんていられないよ! あのネイトとかいうS級冒険者が、リリィちゃんの大切な宝を、こんな目に!」
「これは、リリィの……ひどい状態だ」
屋根の上にいたジーノも合流し、事態を把握する。
「リリィ、君自身は大丈夫なのか、怪我とかはないんだな?」
「は、はいぃ……ひぐっ」
無表情に、リリィの体のことを確認するジーノ。
この場で唯一、冷静な男だった。
するとリリィは、嗚咽混じりに言う。
「わ、私、なにも言い返せませんでしたっ……!!」
「言い返す? なに言われたの、リリィちゃんっ!」
「お二人を馬鹿にされたのに、なにも言い返せませんでしたっ! うわぁぁぁん!!」
本当に悔しそうに、言っていた。
「……ご主人さま、私ちょっと冒険者ギルドに行って、ネイトのヤツぶっ飛ばしてくる!」
「おい待てクリスティーナ。そんな暴れ回るようなことしたら、今度は犯罪者として捕まることになるぞ。名誉はいいのか」
「あいつらは口裏を合わせているだろうから、不問になるだろうが」と、ジーノははやるクリスティーナを止めつつ補足する。
「仲間の不名誉を晴らすほうが、一〇〇倍大事だよ! あったまきた!!」
「やめておけクリスティーナ、ご主人さまからの命令だ」
「やめておけって……まさかご主人さまは、見て見ぬフリをするつもりじゃあ」
そういって、ジーノの顔を見たクリスティーナは、「っ……!?」と、言葉にならないような声を、思わず出していた。
ジーノは、こう答えを出す。
「ここは俺に任せろ。俺なら穏便に解決できる。――『錬金術師』の俺ならな」
いつもの無表情だったが――彼の表情に敏感なクリスティーナには分かっていた。
今のジーノは、とてつもなく怒っているということに。
「ご、ご主人さま……穏便にって、絶対ウソ――」
「クリスティーナ、君はリリィを見てやっていてくれ。じゃあ行ってくる」
涙の止まらないリリィを、クリスティーナに任せる。
怒りのジーノが、冒険者ギルドへ向かう。
◇
大通りを行き、冒険者ギルドの前につくジーノ。
スイング式の扉に触れようとしたとき、一人の冒険者が追い出されるようにして、ギルド内から飛び出てきた。
「な、なんだぁ、もう店じまいだなんて。テーブルなんて立てて、まるで臨戦態勢だったが」
冒険者は不思議そうに首を傾げる。
そして、入れ代わって入ろうとしたジーノに忠告した。
「おいあんた、ギルドに用があるなら、今日はやめといたほうがいいぜ。たぶん、これからヤベーことになる予感が――」
「だろうな」
呼び止めた冒険者にそうとだけ言って、ジーノはスイング式の扉をくぐった。
「やっぱり来るよな、乞食のおっさん」
「なにしに来たかは、言わなくても分かるよな」
ギルドの奥ほどには、ネイトを中心とした、総勢五〇名以上の冒険者が、武器を抜いて待ち構えていた。
テーブルは全て、侵入者の攻撃を防ぐために立てられていた。
「鑑定結果は出たか?」
「ほ……本物なんだってなぁ」
ジーノが無色のオーラをその腕にまとう。
冒険者たちはそれだけで怯える。
ネイトは玉の汗を垂らし、苦笑いで肯定した。
「戦うつもりなんだろ? 一人で来るたぁなめやがって……し、真祖をやったかなんだか知らねぇが、俺はS級冒険者だ。ここにはA級だってゴロゴロいるんだ、五〇人を相手に、てめぇ一人が勝てるわけがねぇ」
「五〇人……そうか、お前たち全員で、よってたかってリリィをいじめたんだな」
相対するジーノと、ネイト含む五〇人の冒険者。
「だったら」と、ジーノは無色のオーラを両腕に宿し、こう続けた。
「無差別に暴れても、文句は言えないな」
「やってみろよ――クソ野郎が!!」
「てめぇら、かかれ!」と、ネイトが命令を下す。
ジーノは背後の小さなスイング式の扉を、外から建物内が見えなくなるようにと、大きな押し扉に変える。
ギルド設立以来の大乱闘が、真っ昼間から巻き起こった。




