決意と、涙と ②
「――こうして勇士サイラスは、リアーナ王妃と結ばれましたとさ! ハハハッ、なかなか面白ぇじゃねえか、なぁリリィ!」
「も、もう……返してっ……」
どのくらい時間が経っただろうか。
リリィは小説を読み上げるネイトから、無様に腕を伸ばしたり、お願いしたり。
大事な宝を取り戻そうと、いろいろと抵抗した。
だがS級のネイトにかなうはずもなく。
結局、区切りのつくところまで読み上げられてしまうのだった。
「驚いたぜリリィ、お前まさか、小説なんて書いていたなんてなぁ! なんだかコソコソしているときがあると思ったが、これを書いていやがったのか」
「そ、そう……ですっ! そ、それがどうかしたんですか、もう返してくださいっ!」
テーブルの上に乗るネイトに、リリィは手を伸ばす。
ネイトは頭を振って、近くの下級冒険者に指示を出し、リリィを止めさせる。
S級の彼に逆らう者は、受付も含め、この場に誰もいなかった。
「まぁまぁ一三章も書いて、読み上げるのが大変だったぜ。他のヤツに朗読させたりもしたが、なんていうかよぉ、てめぇ――」
ネイトはテーブルから降りる。
それが男の癖なのだろうか、いつだったか剣をゆらゆらさせるように、リリィの目の前で本をばさばさと揺する。
そして、こう告げた。
「よくもまぁこんなつまらない話を、書き続けられたもんだよなぁ!」
「そう思うだろてめぇら!?」と、ネイトは回りに意見を求める。
ネイトの行動に、遠慮がちにしていた者も少なからずいた。
だが、『つまらない』という意見は大多数がそう思っていたのだろう。
苦笑いで、小説に腕を伸ばし続けるリリィに視線を送るのだった。
「そんなこと、知ってます……い、いいんです、趣味ですからっ。とにかくもう――」
腕や肩を押さえられるリリィ。
敵わないと知っていて、必死に抵抗する。
それは、自分の宝であると同時に――
「返してくださいっ! ……返して……私の恥ずかしい部分を……!」
自分の、恥だからだ。
リリィが大粒の涙をこぼすところを見て、片側を押さえていた冒険者は思わず力を弱めるが――
「おいてめぇ、なに力緩めてやがんだ。もしも逃がしでもしやがったら、てめぇはもう二度と、冒険者を続けられねぇようにしてやるからな」
瞬時に見抜いたネイトが、脅しをかけた。
脅された男がどの階級かは分からないが、ネイトより下なのは確実だろう。
正義感が残っている者がいても、こうして従うしかないのである。
「……なんで……こんなことするんですか……」
「てめぇが生意気だからだよ」
ネイトは木のジョッキを片手に、言う。
「とろくせぇくせに、俺に意見して、無断で仲間を外れて。S級冒険者の俺を差し置いて、勝手に話を進めるだぁ? ――てめぇはただの新人だろうが、生意気なんだよ!」
たったそれだけの理由だった。
たったそれだけの理由で、これだけ大勢を巻き込んで、リリィに復讐をしたのだった。
ネイトは、上機嫌そうに笑う。
「おかげで今は気分がいいぜ。てめぇの泣きヅラが、こうして拝めたんだからよぉ!」
ネイトは、手にしていた小説をわざとらしく床に落とす。
次にそれを、金属のブーツでガシガシと踏み付け始めた。
「や、やめてくださいネイトさんっ、やめて――!」
「誰が新人の意見なんか聞くかよぉ! 取り返したきゃ、てめぇで取り返してみな!」
「やめて……もうやめて……!」
押さえていた冒険者は、さすがに見てられないと思ったのか、手を緩めてしまっていた。
リリィは踏み付けられる小説に飛び込んで、引き抜こうとする。
しかしネイトはまだ渡す気はないのか、ブーツで踏み付けたまま、引き抜かれるのを阻止していた。
「ふん、力抜きやがったか。まぁいい、だいぶ気も済んだしな」
「ぐすっ……うぅ……」
リリィは床に伏し、小説を守ろうと覆い被さった。
ネイトの足もろとも覆い被さっていたリリィ。
ネイトは足を引き抜くと、手にしていた酒を、リリィの頭目掛けて上から垂らした。
「俺からの話は以上だぜ、ウスノロリリィ。てめぇからの話は――おおかた、あの乞食オヤジと奴隷女についていくとか、くだらねぇ話だろうから、わざわざしなくてもいいぜ、ハハハッ!」
「っ――!!」
リリィはぼろぼろの小説を引き抜くと、立ち上がった。
酒でびちょびちょに濡れた髪のまま、叫んだ。
「私の大切な……大切な仲間を、悪く言わないでください!!」
それまでの無様な様子とは、少し雰囲気が違っていた。
だが――
「俺に意見するなって、言ってるだろうが!!」
「あぁっ、小説が――!」
雰囲気が違うだけでは、F級がS級に勝てるわけもない。
リリィが抱えていた小説をネイトがもう一度引っ張ると、紙はバラバラにちぎれ、空中に舞うのだった。
「ハッハッハ! すまねぇすまねぇ、つい力入れ過ぎちまったぜ! 悔しかったら、やり返してみるか? ウスノロリリィがよぉ!!」
「ひぐっ、うぅ……!」
悔しかった。
でも、何もできなかった。
宝も、仲間も――何も守れなかった。
「うぅ、うわああんっ!!」
それまでどうにかこらえていたリリィの感情が決壊した。
リリィはわずかばかり残っていた小説を抱えて、泣き叫びながらギルドを飛び出すのだった。
「はぁ~あ、気分爽快だぜ。あぁそれと、手を離したてめぇ、罰としてここ掃除しとけ」
ネイトはS級であることをいいことに、幅を利かせる。
ネイトの悪癖が一段落したと思われたそのとき――
入れ違いになるように、一人の老人が冒険者ギルドに足を踏み入れていた。
「――なんじゃあの小娘は! このわしがこんな冒険者ギルドなんかに来てやったというのに、ぶつかりそうになりおって、バカタレめが!」
「あん? なんだ爺さん……ああ、『錬金鍛冶工房』のバルフォアか」
「『超一流の鍛冶職人の』バルフォアじゃ! ちゃんと覚えておけバカタレが!」
ジーノの元雇い主である、バルフォアだった。
袋詰めされたなにかを手に、ギルドの中央へ歩を進める。
「ちっ、誰がバカタレだ。んで、てめぇが冒険者ギルドになんの用だよ、ジジイ」
「この無礼者が! ――忘れたんか、この超一流であるわしに出した依頼を」
ネイトを含め、辺りの冒険者は、なんのことかと顔を見合わせた。
バルフォアはわざとらしいくらいに、大きなため息をつく。
そして、こう告げた。
「本物の真祖の灰かどうかの鑑定依頼の件。それが、たった今終わったんじゃ」




