世にものんきな、超絶神美男子
顔と声、そして表情だけの魅力で、鉄仮面の騎士は嵐を起こしている。
女性たちは、突然の恋に恐慌をきたしていた。
「顔を見せちゃったことは、取り消せない」
困った顔で鉄仮面の騎士が言う。
言葉の内容とはうらはらに、朗らかな声と、甘い語尾。
「それにしても、みんなものすごくお洒落しているね」
彼は自分が引き起こしたパニックなど、どこ吹く風と笑って前を向いた。
前列にいた女性たちが、鉄仮面の騎士の視界に入っただけで軒並み失神する。
(すごい威力!)
まるでドミノ倒しのように、後列の女性たちもへなへなと崩れ落ちる。
鉄仮面の下にある完璧な美を正面から見て、度肝を抜かれてしまったのだ。
彼の視線がホール全体に向いたことで、女性たちの悲鳴が地鳴りのごとく響いた。
衆人の目がいっせいに、鉄仮面の騎士の神々しいほど麗しいかんばせに注がれる。
ところが彼はまったく気に留めずに、視線を私の顔にもどした。
「アレッサンドラのドレスもとても似合っている」
「あ……りがとう」
会話を交わしながらも、彼の目はじっと私を見ている。
(夢で見た限りでは、アレッサンドラではないことはバレなかったはず……)
気まずくて視線を逸らすと、上階にいる本物のアレッサンドラと目が合った。
(うわっ!)
怒っている!
(ものすごく、怒ってる! どうして?)
ほっぺたに赤いチークを丸く入れた顔が、怒りでさらに真っ赤に染まっていた。
「お待ち! 私がアレッサンドラよ。いいわ、生贄になろうじゃない。鉄仮面の騎士よ、こっちに来なさい!」
あんなに生贄になるのを嫌がっていたのに、イケメンパワーってすごい。
アレッサンドラが、大声で鉄仮面の騎士を呼び寄せる。
彼の顔に目を戻すと、なんとまだ私の顔を見て微笑んでいる。アレッサンドラの大声も人違いだってネタばらしも、まったく耳に入っていない。
おどろおどろしい前評判だった鉄仮面の騎士は、予想外にのほほんとしたゴーイングマイウェイの性格らしい。
「ちょっと、せめてこっちを見なさいよ。誰か、下にいるアーミー、鉄仮面の騎士をつかまえて!」
アレッサンドラはピロティから落っこちそうなほど乗り出して、女兵士たちに指示を出した。
従順な彼女たちは、パーティーに水を差さないように隠れていたらしい。
合図を受けたとたんにホールの壁に描かれた縦ストライプの金とピンクの装飾が、一定間隔にバンバンと開いた。
(そう、この出陣方法が映画みたいだなぁって、夢に見たんだ)
一度も見たことのない場所は、夢の中ではぼんやりと存在感を薄くしている。けれども、そこから女兵士が出てくる場面は、あまりに印象的で、はっきりと記憶していた。
わらわらと出てきた兵士の数は、終わりがないと感じるほどに多い。
ホールの両端には招待客、中央の通り道の部分が百人以上にもなる女兵士でいきなり進路を閉ざされる。
「邪魔だな、通れない」
正面を一瞥し、ひとこと漏らした鉄仮面の騎士は、私のウエストを引き寄せると、ひょいっと肩の上に荷物のように背負った。
「きゃあっ!」
夢の中でも彼に連れ出されていたけど、こんながさつな抱き方だとは感じなかった。
片手には外したヘルメットを持ったまま、もう片方の手で私を肩の上に固定すると彼はひな壇を蹴って一歩進んだ。
「跳んだわ、つかまえて、つかまえなさいっ!」
歯ぎしり混じりのアレッサンドラの金切り声がホールに響き渡る。
いまさらながら、彼女のそばから離れる道を選んだことは正解だったと思う。
(いくら鉄仮面の騎士の美貌に撃たれたからって、アレッサンドラの精神不安定……こわいっ!)
それにしても、この跳躍はどこまで行けるのだろうか?
女兵士の中に着地したら、すぐにつかまってしまう。逃げ延びられるのはわかっているものの、この状況をどう切り抜けるのだったか、ぼんやりしている。
ぎゅっと目をつぶると頬を風がそよいで、こわごわ目を開けた。
「わんっ」
「え?」
ずっと鉄仮面の騎士の周りを羽ばたいていたコウモリのような物体に、初めてピントが合った。
黒い邪悪なシルエットが、ぽわんと膨らんで丸く、そして真っ白に変化した。と、同時にその動物の鳴き声が脳内に響く。
これまで声を出すとは思いもしなかったせいでシャットアウトされていたコウモリの音声が、突然私の頭の中で鮮明になった。
空中を飛びながら、はっはっと舌を出し、いかにもかまって欲しそうに私に向かって甘え声で吠える。
「わんっ」
(犬? 子犬? トイプー? マルチーズ?)
むくっとした丸い体と白い毛はマルチーズの子犬みたいだが、鼻の周りがこんもりとしていて毛質がぬいぐるみのようなところは、流行のティーカッププードルっぽい、笑っているように愛嬌のある顔のその犬には小さな翼があってふわふわと飛んでいる。
「むむっ?」
私の理解の範疇を超える部分って、先読みできないらしい。
東京で暮らしているうちはなんでも見知ったことだったから気が付かなかったけれど、さすがに翼のついた犬は想像さえ及ばなかった。
「エトワールという名だ。可愛いだろう」
こんな緊迫した状況下とは思えない、落ち着いた声で鉄仮面の騎士が言う。
私のことを肩に乗っけていなかったら、またきっと顔をじっと見て語っただろう。私の動きや声に彼の全神経が集中しているのがわかる。
――なんなのこれ?
神のごとし美貌のおじさまに、空飛ぶ犬、私まで空中にいて熱い視線を受けているって……自慢じゃないけど、私の先読みばっかりの人生では、めったに驚いたこともない。
それが、びっくりの連続なのだ。
――わからないって、怖いけれどわくわくする。
「待ちなさぁい! こらぁ、クレナ! あんたが鉄仮面を止めなさいっ、言うことを聞かないと酷いわよ。クレナ、クレナ、クレナァア」
絶叫だ。ヒステリックに自分の名が連呼されて、私はブルっと震えた。
――確かに!
私が止まれって言ったら、鉄仮面の騎士はぴたっと止まってくれそう。
だけど、私だって馬鹿じゃない。
ここでアレッサンドラにつかまったら、どんな目に遭うか想像がつく。もう彼女についてのデータはばっちり頭に入っているのだ。
それより、今、アレッサンドラが私の名前を呼んだけどいいのかな?
この人アレッサンドラを迎えに来たんじゃ? ちょっと注意散漫なのか、本物のアレッサンドラにまったく興味がないのか、アレッサンドラはあんなにぶっ飛んでいるのにこの国では有名じゃないのか? 次々と疑問が湧き上がって、思考がぐるぐる回る。
そんなことで頭をいっぱいにし、数分飛んでいた気分だけれど、実際は一分にも満たなかったはず。鉄仮面の騎士の肩に乗ったまま私は、外に出ていた。
跳躍力すごすぎない? と、一瞬勘違いする自然さだったけれど、そうじゃない。
これは魔術。
手品とかトリックのない魔法。




