見せるな危険! 鉄仮面の騎士の素顔
外した兜を小脇に抱えた鉄仮面の騎士が、押し込められて乱れた金髪を、頭を振って整える。跳ねた金糸のような髪の先端から、光の粒子が空中に舞った。
キラキラキラキラ……。
彼の髪には金粉が振りまかれているに違いない。
金の髪色は蜂蜜のように甘く明るい、さらに髪質が良いせいか反射の威力が半端ない。
海外の女優も有名な男性モデルも、ここまで光り輝く頭髪の人なんて、見たことがない。
(すごい、男の人に美貌なんて言っていいのかな?)
でも、美貌なのだ。
ハンサムとか、美形とか、追い付かない。
ぞくっと背中に寒気が走るほどに、彼の顔の造形は美しかった。
「きゃぁああああああっ!」
女性の絶叫が、あちこちで起こる。
鉄仮面の騎士の心中に引き続いて、ホールにいる大勢の人たちの感情が私の脳内へと音楽に乗って押し寄せてきた。
(うわっ、コンサート会場みたい)
そう、まるで数万人を収容する会場にひしめくファンの、ひたむきな思慕が一気になだれ込むようだ。
一瞬のうちに膨らむ巨大エモーションの圧力に、私はたじろいだ。
(ううっ、圧が……強いっ)
彼らの揺り動かされる心の動きに酔いそうだ。
天上から天使が操るベルの音がさざめ鳴る。それとともに、ピアノの鍵盤を流れる繊細かつ力強いフレーズが何度も繰り返され、続いてバイオリンのドラマチックな演奏が、鋼鉄で包まれた騎士を賛美しはじめた。
波長は大きく変わっていき、銅鑼が鳴り響き、シンバルの連打が混ざる。
輝きながら、華やかに、そして、情熱的に。
「おおおおおっ」
「なんてことっ」
「すばらしいわっ!」
「どうして? あの方は、なに?」
柔らかなくせ毛の金髪がふわりと空気を含み、鉄仮面の騎士の頭の周りに金の飾りのように煌めく。
鉄仮面の騎士の顔は腐っても異様でもなく、それとは真逆の絶世の、いいえ傾国の美男子だった。
――それも、渋いおじさま。
整い切った顔立ちのその人は、年のころなら四十歳ぐらい?
落ち着いた雰囲気の中に美麗な瞳の緑色が、宝石みたいに輝いていて、年齢のわりにどこかいたずらっ子を連想させる。
かすかに年齢を感じさせる笑い皺と、肉の薄い顎。
鼻筋は完璧な稜線を描き、絶妙なバランスで口元につながっている。
唇の輪郭は、笑うと色気を感じさせて、閉じると高貴さに満ちる。
(本当に、こんなに綺麗な顔見たことがない)
夢に出てきた通りの顔かたちに、私は胸をなでおろした。
整い切った顔立ちは、知的で上品な人柄を表している。
倍ぐらい年上の鉄仮面の騎士の表情からは、邪悪さとか残酷さはかけらも感じられない。
ただ、私の第一印象は、胸に迫ってくる女性たちの熱狂とはかけ離れていた。
愛とか恋とかではなくて、信頼というのが真っ先に胸に浮かんだのだ。
(夢のとおり、優しそうなおじさまでよかった)
だいたい私はおじさま趣味は無い。いくら超絶美男子でも、年齢差があり過ぎると恋愛には発展しないと思う。
「アレッサンドラ、君は素敵だ。俺は今日からあなたのしもべ、なんでも望みを叶えよう」
朗々とした彼の声が、まっすぐに脳内に入ってくる。
ところがその声は、私だけでなく、ここにいるすべての人の耳と目に強烈な印象を与えているらしく、集まった女性たちがじりじりと玉座に近づいてきていた。
恐ろしいのは、彼女らの目に涙さえ浮かんでいることだ。
中でも感情をあらわにしているご婦人は、滂沱の涙を流して、しゃくりあげている。最初のひとりが泣いたことで、号泣が後方の淑女たちに伝搬していった。
「鉄仮面の騎士よ、あなたは神だったのですね」
「お願いします。もう二度とお顔を隠さないで、哀れな私にずっとお顔を見せてください」
女性たちが両手を合わせ、膝をついて嘆願する。
鉄仮面の騎士の顔が放つ圧倒的な美の魅力が、一瞬にしてそこにいる人たちの熱狂的な礼賛を集めた。
彼女たちは、まだその秀麗な顔の横面しか見ていないのに。ひれ伏しながら泣きじゃくり、それでも視線だけは上げて、鉄仮面の騎士の顔の全貌を見る機会をただ、ただ、待っている。
――なんだろう? 宗教みたいな?
美の観点はそれぞれ違うはずだが、鉄仮面の騎士の顔立ちは気高さと完璧さでなんともいえない安定感がある。それが見る人の心を揺さぶるのだろうか?
尊顔という日本語が頭をかすめる。大げさな言い方だなと思っていたけれど、こういう時の彼女たちの心は「尊い」って叫んでいるんだろう。
狂信者と化した女性たちには申し訳ないが、私は彼の顔については予習済みだし、少しパパと似ているなんて失礼なことを考えていた。
それよりも、望みを叶えてくれるという言葉がありがたい。
「なんでも?」
「もちろん」
鉄仮面の騎士は膝をついて、私に手を差し延べた。
そう、私は夢でこの場面を見ていた。そして今朝二時間かけて考えたのだ。
――鉄仮面の騎士は信用していい。
(アレッサンドラの言いなりになってこの異世界にいるよりも、鉄仮面の騎士について行って現世に帰る方法を一緒に考えた方がいい!)
何度も先読みをしていると、嗅覚のようなものが発達してくる。
鉄仮面の騎士の身元も考えていることもわからないけれど、彼と進むべきだとわかる。
そっと手を差し出すと、私を見上げる位置に膝をついた鉄仮面の騎士が、にっこりと笑いかけてくれた。
私の手を取って立ち上がった彼が、王が王妃をエスコートするように隣に立つ。
本来ならアレッサンドラが立つはずのひな壇には、菓子に群がる蟻のように女性が集まってきていた。
「鉄仮面の騎士! 顔を、もっと顔を見せて」
「こっちを見て、なにかしゃべって!」
後列の招待客が、前列で号泣していた女性を押しのけると、目元を隠していた仮面をむしり取り、金切り声を上げた。
人々の心の波長が、パニックを起こし始めているのがわかった。
神と崇める男性が、小娘に膝を折った。
ひがみと嫉妬。
女性の恋愛感情、普通なら段階を追うはずのその気持ちが、一気に爆発し、それがそこにいる全員の心の中で爆ぜたのだ。
(危ないわ)
「顔を、あまり見せちゃだめ」
恐ろしくなって、かすれる声で彼に言った。
「もう一度、ヘルメットをかぶって!」




