抵抗
「戻りましたよーっと」
「ん、お帰り」
「ルフィナさん、大丈夫でしたか!?」
ルフィナが【本邸】に戻ってくると、レイとリンの二人が出迎える。
「ええ、特に攻撃されたりはしませんでしたね。まぁむこうは頭数揃えてますし、司教様にも余裕があるんでしょう」
「それでその、司教様は何と……?」
「もー全然聞く耳持たないってかんじです。多分、すぐ中に入ってきますね」
「そうですか……」
ルフィナの諦めたような報告に、レイは軽く落ち込む。
レイとしては戦わずに済むかもしれないという希望を最後まで捨てずにいたかったのだが、どうやらそうもいかないようだ。
「それで、話してみて何かわかった?」
「全員を確認できたわけじゃないですけど、数十人はいますね。ヘッケル様の言っていた五十人以上というのは割と正確な情報だったようです」
「他には?」
「教会、というかアレクセイ司教様にとって、レイ君が本当に無害かどうかは割とどうでもいいみたいですね。まぁある程度予想はしてましたけど」
「……どういう意味?」
リンが怒りを滲ませた声で問う。
「恐らく、真面目に向き合うのが割に合わないと考えているのでしょう。もし本当に無害なアンデッドがいたとしても、その存在を認めるのは簡単ではありません。教会の人間や信者を説得するのは大変ですから」
いくら無害だと主張した所で、アンデッドという種族が命あるものすべての敵だという常識は、そう簡単に覆らない。
これまで自分たちをアンデッドという脅威から守ってきてくれていた教会がその討伐を行わないとなれば、不安が広がるのは当然だ。
そうなれば教会の求心力が低下するのは目に見えている。
「仮にそこまでやったとしても、教会には特に得るものが無いですからね。多少のことに目をつぶってでも、さっさと討伐して終わりにしておきたいんでしょう」
「レイの生活は、"多少のこと"じゃない。……でも教会がそういうつもりなら、こっちも遠慮せずに抵抗できる」
「え?リンちゃん、罠とか仕掛ける時に遠慮とかしてたんですか?」
「してない。殺さない程度に全力。ただの気分の問題」
「き、気分ですか……」
今回のリンは、かなり頼もしいが恐ろしくもあった。
先日もレイがダンジョンを追われそうになっていたことに憤慨していたが、先程のルフィナの話を聞いて更に憤っているようで『もう容赦はしない』という目をしている。
「さて、これから籠城戦が始まるわけです。リンちゃんに言われた通り色々準備しましたけど、仕掛けたものや作戦について、改めて教えてもらえますか?」
「ん。じゃあ説明する」
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ダンジョンの入り口からしばらく進んだ討伐隊が、何度めかの曲がり角を明かりをかざしながら進んでいく。
今の所これといった発見もなく、分かれ道もないので全員でまっすぐここまで来ることができた。
前後を護衛で固めた隊の中央を歩くアレクセイは、暗い通路の内壁を眺めながら軽くあごをさする。
(あまり複雑な構造ではなさそうですが……さて、どう出てくるか)
『抵抗する』という宣言があった以上、どこかで奇襲される可能性が高い。
そう考えて、先頭の一団は特に前方を警戒して進むよう指示してある。
そして、彼らがやや幅広な通路の中央あたりに足を踏み入れた瞬間。
「うわっ!?」
「ぅおおっ!!」
先頭を歩いていた数人が突然声を上げて姿を消す。
すぐ後ろにいた隊員は、異変に驚きながらも状況を確認すべく、先程まで先頭の一団がいた場所に近づく。
「ど、どうし……うっ!?」
とてつもない異臭が鼻をついた。
そして前方、というよりは足下の方から声が聞こえてくる。
「来るな!落とし穴だ!」
「ああ、くそっ!脚をくじいちまった!」
「く、臭い!」
「何だこの臭いは!鼻が……まがる!」
前方の集団から聞こえてくるダメージを受けたような声で、討伐隊が被害を受けたことが後方へと伝わる。
そして同時に漂ってくる異臭によって、討伐隊に動揺が広がっていった。
「何事です!」
異変を察知したアレクセイは、状況確認をすべく叫ぶ。
二つの小隊の間あたりに控えていた伝令役が司教の側へと駆け寄り、前方で起こったことを説明する。
「司教様、罠です!」
「こちらの被害は?」
「落とし穴が複数あり四名ほど落ちましたが、怪我をした者も脚をくじいた程度のようで、重症ではありません。しかし、その……」
「なんです?」
「穴の中になにやら仕掛けがあったようで、そこからひどい異臭のする液体が……。落ちた者の近くにいた者にまで飛び散ったらしく、動揺が広がっております」
「臭いくらいでそのような……!?」
そう言いかけた司教のところまで、その臭いが漂ってくる。
たしかにこれは尋常ではない。
腐臭に近い、しかもそれを何倍にも強めたような吐き気を催す臭いだった。
「確かにこれは……」
「いかがいたしましょう?」
「被害を受けた隊員を最後尾まで下がらせ、先頭集団を入れ替えなさい。全体の士気に影響します。あとは……」
司教が伝令役に指示をしていると、どこかから"カチッ"という音が聞こえた。
そしてその直後。
足を止めた討伐隊の頭上に、何かが入った小袋が大量に降り注いだ。
それは彼らの頭や体にぶつかると、べしゃっと音を立てて弾ける。
そしてそこから溢れた液体からは、先程の落とし穴から漂ってきたものと同じ異臭が漂っておりーー
「うえっ!!なんだこりゃ……」
「おぇぇぇええええ!!」
「やだっやだぁぁあ!!」
完全武装をしたアンデッド討伐隊の進軍は、一瞬にして地獄絵図へと変わった。
「落ち着きなさい!!皆、落ち着くのです!!」
司教が声を張り上げてなだめようとするが、被害を受けた者はそれどころではない。
むせ返るような異臭を放つ液体がそこら中から襲い掛かってくるのだ。
毒性があるのかはわからなかったが、その臭いだけでも彼らの理性を奪うのには十分だった。
「落ち着きなさ……うっ!」
「司教様!」
そして司教の肩にも一つ、小袋がぶつかる。
それは他の袋と同じように弾け、中からどろりとした紫色の液体が溢れてくる。
その液体は司教の身につけていた聖職者の白い服に醜いシミを作り、ひどい異臭を放ち始める。
「……クソが」
アレクセイは奥歯をギリッと噛みしめ、ひそかに毒づく。
「アンデッド風情が……!」
彼が腹を立てているのは、司教である自分をこのような目にあわせたということだけではない。
この罠は、明らかに自分たちを殺さないように作られている。
手っ取り早く討伐隊を撃退するのであれば、戦闘ができないような傷を負うか、単純に死んでしまうような罠を仕掛ければよい。
しかしこの罠は明らかに殺傷を目的としたものではなく、自分たちを生かしたまま撃退することを目的としている。
要するに、舐められているのだ。
教会の司教たるこの自分が。
総勢五十三名の、教会のアンデッド討伐隊が。
アレクセイは混乱する部隊の中心で、苦々しげに言う。
「この報いは必ず受けてもらうぞ、アンデッドが……!」