最後通牒
タマイラ山脈の麓の森を、武装した集団が進んでいく。
彼らはレイを討伐するために集められた、教会の対アンデッド戦闘要員だ。
総勢五十三名。
一体のアンデッドを討伐するための部隊としては過剰もいいところだ。
そして彼らを率いているのが、一団の中央を歩いているアレクセイ司教だ。
彼がこのような場所に赴くようなことは、未だかつて無かった。
そもそも司教の立場にあるものが、わざわざアンデッドの討伐に直接乗り出すこと自体ほとんどない。
万全すぎると言えるほどの態勢からも、これがそれだけ重要な任務であろうということが伝わってくる。
彼らが知らされている任務の内容は『魅了を操り、聖水や神聖魔法も効かない協力なアンデッドの討伐』だった。
そのため今回は全体的に、魔法に長けているものよりも物理的な戦闘が得意なものが多く選ばれている。
これまでに自分たちが戦ってきたアンデッドとは明らかに違うものだという情報から、どの隊員もかなりの緊張感を持って任務に望んでいた。
(彼女の報告では、魅了の力を行使した様子はないとのことでしたが……まぁ、そういう力があることにしておいたほうが色々と都合が良いですからね。さて、そろそろ着くはずですが……)
「司教様、あちらを」
先頭を歩いていた隊員の一人が、岩肌にぽっかりとあいた大きな穴を指し示した。
「ああ、おそらくこれがエレナ司祭の報告にあったダンジョンでしょう。よく見つけてくれました」
「では、いかがいたしましょう」
「狭い通路を通ることになるでしょうから、陣形を組み直してください。先遣隊は必要ありません。ああ、退路の確保のために一班はここに残してください」
「そのまま全員で入るおつもりで?」
「先に道を調べておきたいところではありますが、報告内容を考えるとあまり少人数の部隊を送り込むのは良くないですね。魅了で取り込まれて、利用される可能性が高いでしょう」
「承りました。ではそのように」
アレクセイの命令に従い、ダンジョンの入口前で陣形が整えられていく。
訓練された彼らの動きは迅速で、さほど時間が経過しないうちに指示された通りの状態になった。
「司教様、準備が整いました」
「よろしい。では参りましょうか」
アレクセイの言葉に従い、先頭の一団がダンジョンに足を踏み入れる。
その瞬間。
「ストーップ!そこで止まってください!」
ダンジョンの中から響いてきた声に、全員が立ち止まる。
聞こえてきた声は若い女性のようだったが、声の主は通路の曲がり角の裏から話しかけているようで姿は見えない。
「えーっと、一応聞いておきます。貴方たちの目的は何でしょうか?」
ダンジョンからの問いかけに、アレクセイが一団を代表して答える。
「ここにいるという危険なアンデッドの討伐に来た教会の者です。そちらは一体、何者です?」
「私はここに住んでいるアンデッドとお友達になった人間です。彼は決して危険ではありません。なのでこのままお帰りください」
思いがけない返答に、討伐隊に動揺が走る。
「アンデッドではなく、人間がいるのか?」
「なぜこのような所に?」
「アンデッドと友達だと?一体何の冗談だ?」
各員が思い思いの疑問を口にするが、アレクセイは威厳のある声で動揺する彼らをなだめる。
「落ち着きなさい。おそらく例のアンデッドの策略です。おそらく民間人を魅了で操って、我々を追い返そうというのでしょう」
「まぁそういう話に持っていきますよねー。ワンパターンですけど反論しにくいやつです」
あまりこちらが要求を受け入れるとは思っていなかったようで、その声の主はやや投げやりな口調で言う。
「正直言って、ほんとに帰るのをおすすめしますよ?入って来られたら、こちらとしても抵抗せざるを得ないので。多分、後悔すると思います」
脅し文句とも取れる撤退勧告に、討伐隊の中の数人がいきり立って言い返す。
「何を馬鹿な!そのような脅しに我々が屈するとでも?」
「そうだ!我々はアンデッドと戦うための部隊。討伐で命を落とすことを恐れたりはしない!」
「いやー……アンデッドの方はほんといい子なんで、命は大丈夫だと思うんですけどね。迎撃準備の仕込みをした子がその……結構エグい手を使うというか……」
後半はなにやらごにょごにょ言っていてよく聞き取れなかったが、警告は終わりのようだ。
あとはもう踏み込むだけなので、アレクセイは最後に気になった点を確認する。
「ところで、あなたの声には聞き覚えがありますね。そう、かの名門貴族のご令嬢の……」
「な、何のことかわかりませんねー。私は平凡な一般市民ですよー」
「最近の平凡な一般市民は、アンデッドと友人になったりするのですか?」
「ぐぬぬ、ちょっと正論っぽいご指摘……」
声や言葉遣いからして、ダンジョン内から呼びかけているのは間違いなくメディス家の一人娘だ。
エレナの報告でも聞いていたが、まさか本当にアンデッドに肩入れしているとは驚きだ。
「まぁ仮にそのアンデッドとやらが本当に良心を持っているというのであれば、それはそれで好都合ですね」
「……どういう意味です?それ」
「もしそうなら、私達を殺すことをためらうでしょう。討伐が容易になるというものです」
非道のように聞こえるが、アレクセイを非難する声は上がらない。
そもそも善良なアンデッドなど存在しないと考えているということもあるが、アンデッドが人類の敵であるという常識はそれほど教会の中では強固なものなのだ。
「なるほどなるほど、さすがは教会の偉い人。アンデッドが殺せればそれでいいんですね」
「当然です。そのために我々がいるのですから」
相手の声はわずかに怒気を滲ませていたが、アレクセイは相変わらず動じなかった。
「では、抵抗させていただきます。そこから入ってくるのであれば覚悟してください」
「どうぞご自由に。我々は我々の使命を果たすだけです」
その言葉を最後に、ダンジョンからの答えは帰ってこなくなった。
どうやらダンジョンの奥へと戻っていったようだった。
「行かせてよろしいので?」
「どうせ逃げられませんよ。あれが人間にせよアンデッドにせよ、既に我々の手の中です」
このダンジョンに他の出入り口があるとも限らないが、抵抗するというのであればこのダンジョンにとどまろうとするはずだ。
捕らえる機会はいくらでもあるだろう。
なにせこちらはこの人数だ。
ダンジョン内が多少広かったとしても、逃げるのは容易ではない。
「では、改めて討伐といきましょうか。総員、ダンジョン内へと進んでください」




