友達
「討伐隊、ですか?」
「うむ。今回はかなり気合が入っとるようじゃな。おそらく五十人は下らんじゃろう」
「五十、ですか。それはまた……」
これまでにない規模の人数に、ルフィナは小さくうめくような声をあげる。
今までのような一人二人による襲撃ではない。
アンデッドの討伐を専門とする人間が、五十人以上の大人数で隊をなしてここにやってくるのだ。
「エレナ司祭様はどうされているんですか?レイ君の討伐は、ひとまず保留にすべきだと進言すると……」
「わしが聞いた限り、軽い軟禁状態のようじゃな。今回の討伐のことについては、まったく知らされておらんらしい」
状況から考えて、自分のことを報告した結果軟禁状態となってしまったのだろう。
アンデッドを討伐に出た人間が、討伐から帰ってきた途端に討伐を中止しようと言いだしたのだ。
彼女の立場が危うくなるのも、考えてみれば当然ありえる話だった。
「そんな……司祭様は、大丈夫なんでしょうか」
「とりあえずは心配いらんじゃろう。別に今すぐどうこうなるわけではなさそうじゃったし」
「おじいさま、討伐隊のことはどこまで知ってる?」
「うむ。とりあえず先程言ったように、それなりの規模の討伐隊が来ることじゃな。ここに来るまで……まぁ3日といったところかの。あと、今回は司教と司教補佐も同行するらしいのう」
「え、あの司教様が直接討伐に?そんなこと滅多に無いと思うんですが……」
「まぁ教会の中でも指折りのアンデッド討伐要員が、まさかアンデッドに説得されて何もせずに帰って来てしまったわけじゃからな。警戒もするのも無理もない」
「警戒……ですか」
レイは教会が本気で自分を討伐しに来るのだということを実感し、顔色を暗くする。
恐らく派遣された人間が同じように説得されてしまうことのないよう、レイの扱いについて判断を下す人間が直接指揮を取ろうというのだろう。
そう考えると、これまで以上に話し合いで解決するのは難しそうだ。
「しかしヘッケル様、よくそんな情報手に入れましたね。普通にこの話って、教会の機密だと思うんですけど」
「それは、まぁ、うむ」
ルフィナがそう言うと、なぜかヘッケル卿は急に歯切れが悪くなる。
その様子を見てリンは何かピンときたようだ。
「おじいさま?まさか……」
「あー、その、な。司教の執務室にちょいと仕掛けをしてやろうと忍び込もうとした時に、偶然小耳に挟んでの」
リンに勘付かれたと気づくとあっさり白状する。
どうやら、また何かイタズラを仕掛けようとしていたらしい。
「この前呼び出された時、案の定小言と嫌味を言われてのぅ。その腹いせをしてやろうと思ったんじゃが……」
「説教の腹いせ……」
あまりにも子供じみた理由に、リンは処置なしといった様子で顔に手を当てている。
「ま、まぁ!偶然とはいえレイ君の危機が察知できたわけですし、そこはよしとしましょう!」
「うむうむ。儂、えらい」
「おじいさま?」
「さて、討伐隊の話じゃったな」
リンからの鋭い視線と声に、ヘッケル卿は即座に話題をもとに戻す。
「……でもそれだけの部隊で司教様も同行するとなると、さすがに説得は難しいでしょうね」
「というかほぼ無理。ここを守るには、どう考えても戦いになる」
「ですよねー」
「そうじゃな。……さて、レイ君。どうするんじゃ?」
ヘッケル卿はレイの目を覗き込むようにして問いかける。
「今回は今までと違って、いつ討伐に来るかがわかっておるわけじゃが……ここにとどまって、戦うかね?それともこの住処を捨てて、どこかへ逃げるかね?」
ヘッケル卿はわかっていうるのだ。
レイがたとえ一人でも、本気で戦えば相手が五十人だろうが百人だろうが撃退できるだろう。
だがそうなれば、間違いなく相手を殺すことになる。
その覚悟があるのかと、問うているのだ。
「……僕は、戦いたくありません」
ヘッケル卿やルフィナ、そしてリンが見つめる中、レイはゆっくりと答える。
「僕は、この場所が好きです。畑を作ったり、ルフィナさん達とお茶したり、リンさんに色々教わって飼育をしたり、短い間でしたけど皆さんのおかげで楽しく過ごすことができました」
この体になってからも、この場所があったおかげでなんとか生きていこうと前向きになることができた。
一人でいる間も、誰かがいる時も、
「でも、僕はこの場所を守るためでも、誰かの命を奪うようなことはしたくありません。それは……それだけは、違うと思うんです。だから、教会の人たちが来る前に、ここを出ていこうと思います」
「レイ君……」
「だ、大丈夫ですよ!ここを出ても、きっと生きていけます。畑も飼育小屋も、また作ればいいですし、それに……あてっ」
「……」
レイが話している途中で、リンが無言でレイの額にチョップを食らわせる。
「り、リンさん?」
「レイ、最初に会った時と全然変わってない。すぐ大丈夫だって言って、一人で我慢しようとする」
「べ、別に我慢なんて……。確かにここを出ていくのは残念ですし、リンさん達にしばらく会えないかもと思ったら、ちょっと寂しいですけど……」
「それが我慢だと言ってる」
「あうっ」
続けてもう一発、リンのチョップが入る。
これほど強く意見されたのは、彼女に出会ってから初めてのことかもしれない。
「私は、私の……私の友人が、何の咎もなく家を追われるなんて認めない。絶対に、認めない」
「リン、さん……」
リンの淡々とした、しかし力強い言葉に、レイは心底驚いていた。
彼女が自分のことを、はっきりと友人だと言ってくれたことに。
最初はルフィナのために自分に警戒心を向けていた彼女が、今度は自分のために怒ってくれいているのだ。
「そうだそうだー!リンちゃんよく言いました!」
リンに同調するように、ルフィナが拳を突き出して声を上げる。
「ここはもう、レイ君のお家です!別に悪さをしたわけでもないんですから、追い出されるなんておかしいです!」
「でも僕には五十人もの人を殺さずに戦うなんて、とても……」
「大丈夫。その方法は、私が考える」
「私達はいつだって、レイ君の味方です。だから、一人で全部なんとかしようとしないでください」
二人からの温かい言葉に、このダンジョンを出ていこうと決意したはずの心が揺らぐ。
自分に協力していることを知られれば、二人の立場も危うくなるかもしれない。
そんなことはルフィナもリンも理解しているはずだ。
それでもなお、彼女達は自分を助けると言ってくれている。
「いいん、ですか?その、僕、またご迷惑を……」
「言ったじゃないですか。人間、生きてれば迷惑かけることもあるって。私達はそれでもいいって思ったから、レイ君と一緒にいるんです。ね、リンちゃん?」
「……ん」
「ルフィナさん、リンさん……」
二人の言葉に、レイは思わず涙ぐむ。
そして素晴らしい人達に出会えた幸運に、改めて感謝した。
レイはこぼれそうになった涙を目を閉じてぐっとこらえ、深く息を吐いてから目を開き、二人に向かって言う。
「ルフィナさん、リンさん。僕はこの場所を守りたいです。でも、僕一人じゃだめなんです。……力を、貸してもらえませんか?」
「もちろんです!」
「ん。まかせて」
レイの言葉に、二人は力強く頷いた。
その様子を見ていたヘッケル卿は満足そうににっこり笑うと、席から立ち上がった。
「うむうむ。ここはお前さん達に任せても大丈夫そうじゃの。じゃあ、儂はちょいと出かけてこようかの」
「おじいさま、どこ行くの?」
「なに、年寄りは年寄りにできることをしようと思っての。お前さん達はお前さん達で頑張ってみなさい」
そう言うとヘッケル卿はさっと腕を振り、浮かび上がった魔法陣の光の中へと消えていった。
「それじゃ、始めますか!リンちゃん、なにか作戦はありますか?」
「ある」
「即答ですか、頼もしいですね!」
「任せて。王立魔法研究所・歴代最年少研究員の実力を、教会に見せてやる」




