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ヘッケル卿の訪問

「ただいまー」


ダンジョンの外から【本邸ホーム】に戻ったレイは、いつものように無人の空間に向かって挨拶をする。

そして収穫してきた物資を資材置き場に下ろすと、狩ってきた獲物の処理を始めた。

今日の成果は角兎アルミラージが三匹だ。

大漁と言える程ではないが、まずまずといったところだろう。


獲物の処理はもう何度も繰り返してきたので、最初に比べると随分手際が良くなってきた気がする。

モンスターの肉を切り取ることにかけては、かなりの腕前になってきたのではないだろうか。


(まぁ、モンスターを僕みたいに食用に捌く人なんていないだろうけど)


そんな益体もないことを考えながら、慣れた手つきで手早く皮を剥ぎ、肉を切り分けていく。

特に急ぐ理由も無いのだが、何かに熟達していくことはそれだけで楽しく感じられるものだ。

道具として使えるよう毛皮を処理しながら、レイはここ最近の狩りでたまってきた毛皮を頭の中で数える。


(これだけ毛皮があれば、追加の寝床も用意できそうかな)


前回のルフィナ達の訪問から、約一週間が経過していた。

彼女達がここを去った後、レイは【本邸ホーム】内の整備に精を出していた。

追加の寝床づくりもその一つだ。


(新しく寝床を作っても、また全部くっつけて並んで寝るかもだけどね……ふふ)


三人で雑魚寝した時のことを思い出しながら、レイは一人で小さく笑みを浮かべる。

彼女達が来る時のことを想像しながら色々と準備をするのは、レイにとってなによりも楽しい作業だった。

今日の分の毛皮の処理を終えると、毛皮置き場にまとめて重ねておく。


「さてと。一応、壊れたりしてないか見ておこうかな」


そう言うと、今度は川向こうに向かって歩き出す。

川の反対側には、以前には無かった簡素な作りの小さな小屋があった。

これが寝床以外にもう一つ、新しく作ったものだ。


前回の訪問時、リンに指摘されて初めて気づいたことが一つある。

レイはダンジョンに住むようになってから二ヶ月もの間、一度も排泄をしていなかったのだ。

指摘されるまでそんなことにも気づかなかったとは、我ながら間抜けな話だと思う。

長らく排泄が無かったという話をすると、リンは「生命活動を行っているのかよくわからなくなった」と言っていた。


だがレイはその話の後、ある別のことが気になり始めた。

本邸ホーム】には、トイレが無いのだ。

これまで自分は必要としたことはなかったが、いつか必要になるかもしれない。

何より来客があるのなら用意しておくべきだろう。


というわけで、【本邸ホーム】の中を流れる川の水を利用した水洗式のトイレと個室がわりの小屋を作ったのだ。

水洗式のトイレを、レイは実際に見たことがない。

下水道が十分に整備された大きな街にはそのようなものがあると聞いたことがあるだけで、想像で作ったものだ。

なので使い心地は誰かに使ってもらうまでわからないが、とりあえず使うことはできるはずだ。


自分が作った個室トイレが問題なさそうか一通りチェックすると、今度は資材置き場の木材をいくつか取り上げて別の作業を始める。

最近は時間があれば、こうして木の柵を作るために木材を適当な大きさに整える作業をしていた。

レイが木材の長さを測ったり削ったりしていると、呼び鈴用の木片がカランカランと音をたてる。

前回と同じような鳴らし方からすると、おそらくまたルフィナが来たのだろう。


「やった!」


レイはパッと表情を輝かせて作業中の資材を放り出すと、通路に向かって駆け出した。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


通路を駆け抜けてダンジョンの入り口近くまで来ると、以前のようにルフィナが入り口で立っていた。

リンもその隣にいるのが見えたが、今回は以前のように睨みつけたりするようなことはなく、穏やかなーーというよりはやや眠たげなーー目でレイの方を見ている。


「こんにちは、ルフィナさん、リンさん!また来てださって嬉しいです!」


レイは軽く息を弾ませながら、二人の前に立って挨拶をする。


「どうもですレイ君!元気にしてましたか?」


「……ん、また来た」


二人もレイの挨拶に答える。

そしてそのまま中へと促そうとしたが、ルフィナがレイを手で制止する。


「ちょっといいですか?あのですね、レイ君。実は今日もう一人……」


ルフィナが何かを言いかけたその瞬間、レイの隣から突然聞き覚えのない老人の声がした。


「ふむ、聞いた通り面白い体をしておるの」


「うわっ!?」


レイが驚きの声をあげて自分の右隣を見ると、ローブを着た背の高い老人が腰をかがめて自分の右腕を丹念に眺めていた。


「おじいさま、脅かすのは趣味が悪い」


「相変わらずですねぇ、ヘッケル様は……」


「ほっほっほ。すまんの、少年。初めて合う人間にこれをやると反応が面白くての」


ルフィナやリンの呆れたような物言いにも動じず、老人は愉快そうに答える。

レイが名前を尋ねるべきかと思っていると、それを見透かしたかのように老人が名を告げる。


「名乗っておこうかの、少年。わしはゲルンスト・ヘッケル。リンの祖父じゃ」


「は、はじめまして。えっと、僕はレイといいます」


「よろしくの、レイ君。孫から君のことは聞いておるよ。随分面白い体をしておるとか」


何やら興味深そうに顔を見つめられ、レイは少し居心地悪そうに身を捩る。

ルフィナやリンには散々見られたが、初対面の相手に自分の体、特に右腕を見られるのはどうにも落ち着かなかった。


「おじいさま、いきなりジロジロ見るのは失礼」


「おお、すまんなレイ君。どうも研究者の性というやつに逆らえなくての」


「その、あなたもリンさんのような研究者なんですか?」


「うむ。まぁそんなもんじゃ」


さらっとした物言いだったが、ルフィナがすかさず突っ込みを入れる。


「そんなもん、じゃないですよヘッケル様。王立魔法研究所の所長のくせに」


「おまけに爵位持ちだし」


「えっ!き、貴族の方なんですか!?」


ルフィナとリンから立て続けに入ってくる衝撃的な情報に、驚きを隠せないレイ。

王立魔法研究所、という機関についてはよく知らなかったが、名前からして国の重要な機関なのだろう。

その所長となれば、この国の中でも非常に高い地位の人間に違いない。

その上貴族など、レイのような田舎者では滅多にお目にかかれないような存在だ。

そんな身分の高い人間がわざわざ自分に会いに来るなど、想像もできなかったのだ。


「これこれ、あまりいらんことを言うでない。儂は研究が好きなただの老人じゃよ。ワシ、研究、チョットデキル」


「で、でも爵位をお持ちなんですよね?」


「まぁ、一応のう。国のお偉方が受けろとうるさかったんでな。『ヘッケル卿』なんて呼び方は堅苦しくて好かんのじゃが」


ヘッケル卿は面倒くさそうに鼻から息を吐く。

爵位は基本的に貴族出身の人間が授けられるものだが、飛び抜けて大きな功績を立てた人物であれば平民でも国から特別に与えられることもある。

話の流れからすると、ヘッケル卿も研究者としての功績を認められて爵位を与えられたのだろう。

もちろん誰にでもあることではなく、一般的には大変名誉な事とされているのだが、ヘッケル卿はそういったことに全く興味がなさそうだった。


「まぁ、儂のことはどうでもいいわい。レイ君、聞いたところによると君は自分の体のことが知りたいのじゃろう?」


「は、はい。そうです」


「これでも多少は長く生きて色々と見てきておるからの。何か手助けができんかと思って来てみたわけじゃよ」


「あ、ありがとうございます!」


ヘッケル卿の言葉に感激して、レイはぺこりと頭を下げる。

爵位まで与えられた立派な研究者が、自分のためにわざわざ手を貸そうと足を運んでくれるなど驚きだ。


「別に気にしなくていい。そんな殊勝な理由じゃなく、おじいさまはただ面白そうだから来ただけ」


「ヘッケル様はご自分が興味あることしかしない方ですからねー。良くも悪くも」


リンがあっさりとした口調で言い、ルフィナもそれに同調する。


「これこれお前さん達、本当のことを言うでない。せっかくレイ君に感謝されておるのに」


「ほ、本当のことなんですね……」


正直過ぎるヘッケル卿の物言いに、なんだかレイは気が抜けてしまった。


「でも、おじいさまの研究者としての腕は最高。だから、きっと色々分かる」


そう言うリンの表情は、こころなしか少し自慢気に見えた。

自分の祖父が研究者として優れた技能を持っていることは、自身も研究者である彼女にとっても自慢なのだろう。


「じゃ、じゃあとりあえず、中に入りましょうか」


「うむうむ。いや、楽しみじゃの。ダンジョンに来るのは久しぶりじゃ」


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