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体の中のスライム

ダンジョンの入り口から三人を連れて、【本邸ホーム】へと戻ってきた。

初めてここを訪れたヘッケル卿はここに来るまでの通路や【本邸ホーム】の中を「ふむふむ」と面白そうにあちこち眺めていた。

祖父と孫なだけあって最初にここに来た時のリンにそっくりだな、とレイは思った。


「あ、皆さん座っててください。お水くらいしか出せないですけど」


「お!今度はテーブルも作ったんですねー。お家っぽさが出てきていい感じです」


「は、はい。そんなに立派なものじゃないですけど……」


そう言いつつ先日作ったばかりの木のコップを人数分用意して、川から汲んでおいた水の上澄みをコップに注ぎ、テーブルに並べた。


「おー、ありがとうございます!」


「ほっほ。ダンジョンの中でこんなおもてなしを受けるのは、流石に儂も初めてじゃな」


ルフィナもヘッケル卿も自分のもてなしを楽しんでくれている様子だ。

ただ、リンはじっとテーブルの上のコップを眺めて何も言わなかった。


「あ、あの、リンさん。お水じゃないほうがよかったですか?」


リンの様子を見て、レイは恐る恐る声をかける。


「そうじゃない……ちょっと、びっくりしてた」


リンはどう説明したものか、という表情で数秒考えてから再び口を開く。


「こんな所で、人をもてなすためにこんな物を作るなんて、想像してなかったから。私なら多分、そんな気になれない」


「レイ君、優しい子ですからねー。来る人のことを考えて、色々準備してくれちゃうんです」


「うむうむ。どんな場所でも、もてなしの心を持てることは素晴らしいことじゃ」


粗末な作りの家具とコップで思いも寄らない高評価を得て、レイは嬉しくもあったが、なんだかくすぐったかった。


「そ、それでその、僕の血から何かわかりましたか?」


この話を続けるのはどうにも恥ずかしい気がしたので、早々に本題に入ることにする。

レイが尋ねると、リンは答えずにヘッケル卿の方を見る。


「おじいさま、答えてあげて」


「む?わしがか?」


「答えを見つけたのはおじいさまだから。発見者から報告するのが筋」


「相変わらずくそ真面目じゃのう。まぁ別にかまわんが」


ヘッケル卿はコップの水を一口飲み、軽くひげをしごきながら語り始める。


「さてレイ君。採取した血液についてじゃな」


「は、はい」


「あれは人間の血液ではない。スライムじゃ。君の体にはスライムが流れとる」


「……はい?」


あまりに突拍子もない話を聞いて、思わず聞き返してしまう。

スライム?モンスターの?体の中に?


「ど、どういうことですか?体の中にスライムって?」


「まぁまぁ、落ち着きなさい。これは君の体の状態を説明するにあたって、割と納得の行く答えじゃぞ?」


「は、はい……」


ヘッケル卿の言っている意味がよくわからず、レイは首をかしげてしまう。

体の中にモンスターがいるなど、危険な状態としか思えない。

だがヘッケル卿によると、それは結構辻褄の合うことらしい。


「まず、君はスライムについてどこまで知っておるかね?」


「えっと、冒険者をやっていた時には、特に何もしてこないしお金になる素材も特に手に入らないから、基本的に無視していいとしか」


「まぁそんなもんじゃろうな。ではまずスライムがどういう存在か、というところから説明しようかの」


ヘッケル卿の語るスライムの生態は次のようなものだった。

スライムは生き物以外はほとんど何でも食べる。

死体でも、枯れ枝でも、それこそモンスターの糞でもだ。

どうやって感じ取っているのかは分かっていないが、自分の食べられるものへと引き付けられるように移動し、それを吸収するとまた次の場所へと移動する。

そしてスライムの這った後には、その体の一部である粘液がわずかに残る。

そこに養分や魔素が含まれているため、スライムがあちこち移動することによって、ダンジョン内に養分や魔素がばら撒かれていくのだそうだ。


「つまりスライムがいると、ダンジョン内に養分や魔力がまんべんなく行き渡るということじゃな。そしてこれはダンジョンの生態系にはとても重要なことなんじゃ」


「えっと、どうしてですか?」


「養分や魔素が偏ると、それらが集中した場所に極端な強さのモンスターが発生しやすくなるからの。そういったものが生まれると、ダンジョン内の弱いモンスターが狩りつくされ、生態系が崩壊してしまうんじゃよ」


「なるほど……」


レイは最初にこのダンジョンに来た時に、ギガントグリズリーが狩り尽くしたせいでほとんどの小型モンスターがいなくなっていたことを思い出した。


「故にダンジョン内の養分や魔素を均等にしてくれるスライムは、生態系を保つのに重要な役割を果たしているというわけじゃ。まぁ、強いモンスターが外から来た場合はどうしようもないがの」


そこまで言って、ヘッケル卿は一息ついて再び水に口をつけた。

少しの間レイはヘッケル卿から聞いた内容について考え、浮かんできた素直な疑問をぶつけてみた。


「それであの、僕の血がスライムだと、僕の体についてどういう風に説明がつくんでしょうか」


「ふむ、まずは心臓が動いていなくても活動ができているという点じゃな」


その点は一番知りたいと思っていた。

なぜか自分は心臓が動いておらずとも、生前と同じように活動できている。

だからこそレイは自分がアンデッドになったと思っているのだ。


「それは恐らく、スライムが自ら動いて栄養を体中にばら撒いておるんじゃよ。普通は血液が担っている『栄養を運ぶ』という仕事を、期せずしてスライムが代わってくれているというわけじゃな」


「……つまり血液自体が自分で動くから、心臓が動かなくても体に栄養が行き渡っているということ?」


「正解じゃよ、ローザリンデ」


ヘッケル卿がよくできました、という顔でリンの頭を軽くなでる。

リンは少しくすぐったそうに目を細めたが、特に抵抗することもなくそれを受け入れている。


「えっと、じゃあ僕が食べたものは、実は体の中でスライムが食べてるってことですか?だからモンスターの肉を食べても平気なんでしょうか」


「まぁ、恐らくそうじゃな。腹の中を見てみんと断言できんが、腹を開いたら元に戻せんしのう」


「そ、それは遠慮したいですね……」


リンが以前言ったようなやや過激な発想に、思わずたじろいでしまう。

血が繋がっているせいか、こう言った点も似ているのかもしれない。


「えっと、じゃあレイ君の中にいるスライムにとっては、レイ君の体がダンジョンみたいなものってことです?」


「まぁ、そんな感じじゃな」


「すごい!レイ君、歩くダンジョンです!」


「……それだけ聞くと、移動する災害みたい」


「あはは……」


あまり嬉しくない称号に苦笑いしてしまった。

移動するダンジョンなど、あちこちにモンスターが出現するようになりそうで問題の種にしかならなさそうだ。

と言ってもスライムしかいないダンジョンなど、駆け出し冒険者でも攻略できそうなものだが。

そこでふと疑問に思ったことがあり、レイはヘッケル卿に質問してみた。


「そういえばヘッケル様、随分スライムにお詳しかったですね。王立魔法研究所って、スライムについても研究してるんですか?」


そう尋ねると、ヘッケル卿の代わりに隣でちびちびと水を飲んでいたリンが答える。


「スライムに詳しいのなんて、おじいさまくらい。大抵の研究員が興味を持つのは、冒険者に討伐の依頼が出されるようなもっと直接的な害のあるモンスター」


「ふむ、まぁ普通は興味を持たんわな。あまり害もなければ益もない。よくわからんが、スライムなんぞ放っておいても誰も困らん」


軽く上を向き、長い髭を指先で弄びながらヘッケル卿も同意する。


「おじいさまは、他の人がやらないことばっかりやる。だから変人とか異端とか言われる」


「成果出してるからセーフじゃもん」


「『じゃもん』とか言わないで、おじいさま。年齢を考えて」


二人の漫談のような会話に、レイは笑っていいのか少し困ってしまった。

ルフィナはもう見慣れているのか、小さく苦笑いしながら話を続けた。


「あはは……。でも確かにヘッケル様の功績って、そういう変わったテーマが多いですよね」


「そうなんですね。例えば、どんなものがあるんですか?」


「えっと、魔蟻キラーアントの巣の形を研究して地震に強い建物の構造を開発したり、食べ物に生えたカビの胞子から疫病の特効薬を作ったり、とかですかね」


「この前は、角兎アルミラージの糞からできる効能の高い肥料の作り方とか発表してた」


「あー、ありましたねそんなの。ほんと、なんであんなもの調べ始めたんでしょうねぇ……」


確かに変わったテーマが多いようだった。

聞いた限りでは、何故そんなものを研究しようと考えたのか想像もつかない。


「儂としては、そういったものにこそ興味を持つのが研究者と思うんじゃがの。わかりやすく役に立ちそうなことなんて、儂らが調べんでもそのへんの誰かがやるじゃろ」


「言いたいことは分かるけど、おじいさまの興味の対象についていける人はあんまりいないと思う」


「そのへんはお前に期待しておるよ、ローザリンデ」


「……前向きに検討する」


リンはぷいっとそっぽを向きながら答えた。

ヘッケル卿はその反応で満足したらしく、リンに向かってにっこりと笑ってからレイに向き直る。


「さて、話を戻そうかの。そんなわけで、君の体はスライムによって死なずにいるのではないか、というのが儂の見解じゃ」


「なるほど……。ちょっと変な感じですけど、このスライムに感謝しないといけないですね」


「まぁそのスライムはもう、君の体の一部と言っていいじゃろうな。体を動かすとよく腹が減る、モンスターの肉を美味いと感じる。これらはスライムとレイ君の体がある意味同調して働くようになった結果とも考えられる。いやぁ、実に面白いのう」


「スライムと人間の共存関係。他に類を見ない、実に興味深い例」


リンとヘッケル卿の二人は興味津々といった様子だ。

レイとしても自分の体の仕組みついては、知りたいことが山積みだ。

心臓が動かなくても活動できているという点以外にも、傷が治りが早い、力が強い、肉体的疲労が無いなど、理由が分かっていないことは他にもある。

だが、他の気になる点を置いても知っておきたいことが一つある。

レイはやや緊張気味に、ヘッケル卿に尋ねる。


「じゃあ、あの、もう一つお聞きしてもいいですか?」


「ふむ、何かの?」


「結局今の僕は、アンデッドなのでしょうか?」


自分は人々に恐れられ、教会の討伐すべき存在となってしまったのかどうか。

ヘッケル卿は「ふむ」と言って少しの間考え、レイの質問に答えるべく口を開く。


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