第101話 終焉、そして(2)
「・・・!」
意識が玉座の間へと戻った。
俺は体を起こそうとした。
体が重い。
“父”に魔力を奪われたからか。
だがそんなことは言ってられない。
「お父様…!」
漸く体を起こし、俺は少し離れた所にいた“父”に話し掛けた。
「む…?」
“父”が俺の方を見た。
「生きておったかアルエットよ。」
「はい。そう簡単には死ぬわけにはいきませんので…」
俺は倒れまいと壁に寄りかかった。
「ククク、殊勝な事だ。ならば命だけは助けてやろう。儂の成すことをそこで見ておけ。」
“父”はそう言うと身を翻そうとした。
「お父様はそんなもので満足なのですか…?」
「何…?」
俺の言葉に、“父”がむっとした表情で俺を見た。
「お父様は私の力の全てを奪えていない。私の魔力の一部を奪っただけに過ぎません。」
「ほう…?」
“父”が歩み寄り、俺の胸倉を掴んだ。
「説明してもらおうか…?」
“父”は厳しい表情で俺を見た。
「レオポルドお兄様の知識を奪ったのであれば、私は“アスカ”と呼ばれる人格を宿しているのをご存知でしょう?」
「それがどうかしたのか?」
「“アスカ”は私の魔力を大きく増大させる魔力増幅(極大)と言う固有スキルを持っています。それを奪えていないお父様は、初代様には遠く及びますまい。」
「なるほど…。だが何故お前は儂にそれを伝えるのだ?」
“父”が俺の首を絞め上げて来た。
苦しい。だがここで怯むわけにもいかない。
「それは…、ようやく私、アルエットが体を奪い返すことが出来たからです。お父様が強大な初代様のような力を持てば、まさにナイザール王国の版図を大きく拡大させることが出来るでしょう。お父様が英雄となる事こそ、偉大な父の娘たる私の喜び。どうぞこの力をお使いください。」
「クク、ハハハ! アルエットよ。お前のような孝行者を我が子に持って儂は幸せだぞ。お前の言う通り、お前を苦しめたアスカとやらの能力を奪ってやろう。」
俺の襟元を掴む“父”の手が光り始めた。
「く…、くは!」
俺の体が弛緩していく。
尊大な“父”の事だ。
これが俺の企みかもしれないと思っていようが、それは取るに足らないものだと考えているだろう。
「ククク、なるほど。これは素晴らしい能力だ。我が力が膨れ上がっていく。ハーッハッハ!」
“父”は俺の力を奪い終えると、俺を遠くへ投げ捨てた。
「アルエットよ。褒めて遣わす。そこで休むが良いぞ。」
薄れゆく意識の中、俺は“父”の姿を目で追い続けた。
俺は死ぬだろうが、最後まで見届けたい。
「ククク…、余興であの魔族の力も奪って行くとするか。」
“父”がその場を離れようとした。
「・・・」
“父”が突然歩みを止めた。
「む、何だこの感じは…? く、くは!」
“父”が吐血した。
そして苦しみながら俺を睨み付けた。
「アルエット…! 貴様何を…!?」
簡単な話ですよ、お父様。魔力の増幅が貴方の限界を超えたんです。
「ぐぉぉ!!!!!」
“父”が苦しみに悶え始めた。
髪の毛を掻きむしり、のたうち回った。
俺の能力でまだまだ魔力が膨れ上がるだろう。
そしてその先には…。
「許さぬ! 許さぬぞぉぉ! アルエットォォォ!」
“父”が手に魔力を纏わせ、俺に殴りかかって来た。
ズドォ!
“父”の拳が俺の腹部にめり込んだ。
ああ、これは内臓が潰れたな。
でももう痛みなんか感じない。
お父様、もうそろそろですね。
これで…お終いです。
“父”がその場にうずくまった。
眩い閃光が辺りを包んだ。
そして激しい衝撃が辺りを破壊していく。
俺の体は吹き飛ばされた。
間もなく俺は意識を失い、ここから消えていくだろう。
ナイザール王家の終焉を、俺は見届けたのだ。
薄ぼんやりと何かが見え始めた。
窓から柔らかい光が差し込んでいた。
ここは…どこだ?
ぼやけていた視界が漸く定まり始めた。
俺は辺りを見渡した。
「ここは病院…? あれは夢だったのか…?」
ふと窓の方を見ると、燃えるような赤い色をした花が花瓶に活けられていた。
「綺麗…。まるであの子の髪のような赤…」
そうつぶやいたとき、俺はハッと飛び起きた。
「う、いてて…」
暫く寝ていたであろう体が悲鳴を上げていた。
それでも俺は小さな洗面台のほうにある鏡の方へ歩いた。
「な…」
鏡に映ったのはいつもの“俺”じゃない。
背は“俺”よりも少し小さいだろうか。
髪の色は栗毛で、少し幼さを残した整った顔。
…これはアルフレッドだ。
「な、なんだこりゃああああああ!」
俺は思わず大きな声を上げてしまった。
何で鏡にアルフレッドが!?
訳が分からない。
「あ、飛鳥!? まさか目が覚めたの!?」
中年の女性が慌てた様子で病室に入って来た。
「え、あ、か、母さん?」
この女性は俺の母親だ。
「飛鳥、飛鳥!」
母が俺を抱きしめて来た。
「母さん、痛いよ。」
「ご、ごめんなさい。つい嬉しくって…」
母が涙でくしゃくしゃになった笑顔で俺を見て来た。
ああ、こんな母さんの嬉しそうな顔を見るのはいつ以来だろう?
「母さん、目が覚めたばかりで混乱してるんだけど、俺、どうしてたのかな?」
「あなたはね、電車の事故で意識不明だったのよ…」
「そ、そうなんだ…。」
駅のホームで突き飛ばされ電車に衝突したのは間違いなかったらしい。
カレンダーを見るとあの事故の日から半年くらい経っているようだ。
あの世界では1年以上経っていたはずだけど…。
やはりあれは夢だったのだろうか?
でも俺の顔は明らかにアルフレッドになってたし…。
「ねえ、その赤い花は母さんが飾ってくれたの?」
俺は窓際の台の上の赤い花を見た。
「ああ、それはね。1週間くらい前なんだけど、あなたの友達だっていう女の子が持ってきてくれたのよ。あなた、外国人のお友達なんていたのね。でもあの子、あなたの高校の制服を着ていたわね。そうそう、これが一緒に持ってきてくれたカードで…」
母がカードを差し出した。
A・F
カードにはそれだけ書かれていた。イニシャルだろうか?
「そう言えばあの子また来るって言ってたわ。前に来た時はこれくらいの時間だったし、そろそろかも…」
コンコン!
病室のドアをノックする音がした。
「噂をすればあの子かもね。はーい、どうぞ!」
母がドアを開けた。
ドアを開けるとそこには赤髪の女の子が立っていた。
「やっと目が覚めたんだね、アスカ。僕の方が少し早かったね。」
女の子がにっこりとほほ笑んだ。
「え、アルエット…? いや、あなたは…!?」
俺は女の子に駆け寄った。
そしてその華奢な体をぎゅっと抱きしめた。
「た、ただいま! アルフレッド!」
「おかえり、アスカ。」
俺はアルフレッド、アルフレッドは俺に。
どういう訳か入れ替わってしまったが、俺達はまだ再会することが出来たんだ!
その様子を母がにこにこしながら見つめていた。
そして一言。
「ああ、でも飛鳥。あなた達付き合ってもいいけど色々と自重してね。まだ高校生なんだからね?」
― 本編 完 ―




