第97話 斜陽の城
地下道からの潜入。
特に罠や妨害する敵兵も無く、驚く程静かだった。
「誰もいませんね、お兄様。」
「ククク、そうであるな。」
兄ギュスターヴは不気味に笑いながら答えた。
俺からしてみたら誘っているようにしか思えないのだが、この人は意に介していないらしい。
十数分後、俺達は地下道を抜け、城の裏庭に出た。
苔むした壁、朽ちかけたバルコニー。
ここは初代ヘンドリクセン王が建てたという最初期の城の一部だ。
ここからナイザール王国が発展し増改築を繰り返した結果、今の巨大な王都バイゼル城が出来上がったのだ。
だが今は国民同士が殺し合っている…。
俺には国の原初であるこの場所が、滅びに向かっている場所にしか見えなかった。
「ようこそいらっしゃいましな、ギュスターヴ殿下。」
バルコニーから聞き覚えのある声がした。
「ブ、ブレーズ先生…!?」
「姫殿下もよくいらっしゃいました。お元気そうで何より…」
ブレーズが恭しく一礼した。
「実に丁寧な物腰だが、随分高い所から見下ろしておるのだな、ブレーズよ。」
ギュスターヴがそう言いながらブレーズに強い視線を送った。
「ご無礼をお許しください。私はレオポルド殿下から皆様を歓迎せよ、と言われておりましてな。準備をしておったところなのですよ。」
ブレーズが手を上げると近衛兵が数名現れた。
恐らく彼らはあの化け物になった者達だろう。
「ブレーズよ、そいつらは何なのだ? まともな人間ではあるまい。」
ギュスターヴが物怖じしない態度で問いかけた。
「ご興味がおありですか、殿下。ご説明差し上げましょう。」
ブレーズがまるで教師の様な口調で話し始めた。
「彼らは半妖です。無論生れ付いてのものではなく、人為的に生み出されたものですがね。」
「ほう…?」
ギュスターヴが腕を組んだ。
「私は長年研究しておりました。悪魔、妖魔等は人間のそれとは違い強大な力を持っている。モノによっては不死に近い。それを人間に宿らせらないか? 私はずっとそう思っていたのです。」
「ふむ、興味深いな。」
「そうでしょう? そこで私は捕らえられ力を封じられた妖魔、その血肉をレオポルド殿下の精鋭たる近衛兵達に移植したのです。結果かなりの失敗作もありましたが、そこにいる彼等は成功しました。貴方方も見たでしょう。人外の力を持ち、ダメージを食らっても倒れない。素晴らしい兵士達です!」
ブレーズが喜々とした表情になった。
「む、惨いことを…」
俺は思わず口に出した。
失敗作…ということは悍ましき実験の過程で、何人もが命を落としたはずだ。
「残念ながらブレーズよ、そやつらも失敗作だ。確かに強靭な肉体を持っておろうが、我等でも倒すことが出来る、不死とは言い難い存在だからな。」
「…確かに不死などそう簡単に出来るものではありませんな。しかしそこはこれからでしてな。さて、そろそろ本番に参りましょう。」
ブレーズがニヤリと笑った。
「む…?」
ギュスターヴは何かを感じ取ったらしい。
そしてすぐに動き始めた。
「アルエット、飛べ!」
「えっ…!?」
一瞬戸惑ったが、俺はアルフレッドと共にギュスターヴに続いて横に飛んだ。
ドォォン!
直後、巨漢の男が上空から落ちて来た。
2名の魔闘兵が巻き添えを食ったようだ。
「グフフフ、クワハハハ!」
巨漢の男が大きく笑い始めた。
戦斧を持った大男、イアサントだ。
「イアサント!」
「おお、貴様はアスカか! お前、本様にアルエット姫だったんだな。」
「貴方は何でこんなところに…!」
俺は身を起こしながらイアサントを見た。
雰囲気が以前のイアサントとは違う。
確かに彼は元々筋骨隆々であった。
しかし今目の前にいるのは、二回りは大きく見えた。
「私が代わりに申し上げましょう。彼は、イアサントは昔より私の研究に協力してくれてましてな。かつてはひ弱な男でしたがここまで強くなってくれました。」
「言ってくれますな、ブレーズ殿。さて、このお姫様やその兄殿下様は我の目標か?」
「いえ、レオポルド殿下からは歓迎セレモニーをやり次第お通しせよ、と仰せつかっております。」
「了解した。ではこちらで遊ぶとするか…!」
そう言うと、イアサントは斧を地面に振り下ろした。
ドガァァァァ!
大きな音と共に、大きな風圧が襲い掛かった、
「くっ…!」
俺とアルフレッドは風の障壁で何とかそれを防いだ。
流石と言うべきかギュスターヴはビクともしなかった。
砂埃が収まると、目の前の床が大きく崩れていた。
「カール! リディ! アレクサンドル!」
俺は姿が見えない仲間の名を叫んだ。
「あ、穴に落ちたけど、大丈夫!みんなも大丈夫だよ!」
カールの声が聞こえて来た。
「今すぐ助けに…!」
アルフレッドと共に穴に向かおうとした。
「おっと、姫様。そこまでです。」
数メートル前、空中に浮遊したブレーズが俺を見た。
「ブレーズ先生…!」
「私は貴女とギュスターヴ殿下をお通しせよ、と仰せつかっているのです。まぁ、アルフレッド君に関しては何も言われていませんが従者だから良いでしょう。」
「フハハ、レオパルドめ何を考えておるのか分からぬが…。行くぞ、アルエット。」
「しかしお兄様。私の仲間が…!」
「レオポルドさえ討ち倒せばこの戦いは終わる。ブレーズや、そのイアサントとか言う者共も戦いを止めざるを得ないであろう。それともあれか? お前は仲間の実力を信じられないのか?」
「そ、それは…」
カールは凄く強くなった。
リディも直接戦闘は厳しいが上手く補助してくれるだろう。
それにアレクサンドルもいる。
兄の配下の魔闘兵もまだ何名も残っている筈だ、すぐに命を落とすとは思えない…。
「…分かりました。行きましょう。」
俺は拳を握りしめた。
「それで良い。行くぞ!」
後ろ髪を引かれる思いだったが、俺とアルフレッドは兄ギュスターヴの後に続いた。
「クフフ、ご武運を…! さてどうなるか…。ククク。」
俺達の姿を見送りながら、ブレーズは怪しい笑みを浮かべた。




