秘密の終わりと秘密の始まり
今日も賑わう【鶯亭】で私は名物のスープを混ぜる。
小皿に掬って味見をすると、魚とキノコの風味がふわりと香って、私は頬が緩んだ。
「うん、上出来」
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「え?テオ?…セオドア…様?」
「全部正解。何で気付かねぇんだよ」
ベールの向こう側には笑っているテオがいた。
「…え?ええ??どういう事??」
「そっちに秘め事があるみたいに、王子側にもちょっとは内緒があったって事だな」
「セオドア殿下、ちゃんと説明を差し上げないと、姫が混乱されていますよ」
クスクスと笑いながらテオの横で笑っているのは
「あー!!リーリさん!!!」
「はい、こんにちは、カリンちゃん」
「お二人は、その…?」
「カリンちゃんと、パトリーみたいなものですね」
ニコニコとリーリさんが告げる横で、テオが分かるようにため息をつく。
「何言ってんだよ、お前は最初っから全部知ってたんだろ。白々しい従者で悲しいぜ、俺は」
「そこは王命なので。でも王命より大事なのは我が主人ですからね、安心してください」
「…タヌキめ」
二人のやり取りを聞いている私に、テオが笑いかける。
「ま、そういう事だ。これからよろしくな。婚姻関係は破棄しないし、俺はグリフィルムの第二王女となら結婚をする、と陛下に言ってきた。あとはお前が俺の求婚を受け入れさえすれば正式に手続きされるよ。カリン、お前が嫌じゃなければ、な」
そういえば一つ、思い違いしてるのがあるから、訂正が要るな、と言いながらテオは話を続けた。
「え?…え?」
情報が急に沢山入ってきて頭の中が上手くまとまらない。
「ポメラ、あいつ、キャティ王女に惚れただの何だの言ってたみたいだが、実はちょっと違う」
「え?どういう…?」
「一目惚れならカリンを連れ去った時点で人違いに気付くだろ?ポメラはそもそもお前の姉君の顔も良く知らない」
確かに。私はポメラに顔を見られたけれど、彼がそれを指摘する事はなかった。
「あいつはお前のお姉様の情報が欲しかったんだよ」
「情報?」
「ああ、彼女、とても医学に熱心だったろ?その学びの過程で薬学にも傾倒していって、その時に偶然『万能薬』を発見したらしい。ただ、薬っていうのは…」
そこまで話をしていると、扉の向こうから声がする。
「毒と薬は同じもの。基本中の基本よ」
「え、お…お姉さま?!」
この短い時間での情報と驚きが多過ぎて、私は頭がパンクしそうだった。
キャティお姉様は私に近寄り優しく抱擁する。
「カリン、大変だったわね。お父様から全て聞きました。危ない目にも遭ったって…」
「キャティお姉様…どうしてここに…?」
「先進医療を極めるにはやっぱり大きな国がいいからね。こっちで小さな研究所を作っちゃった。そしたらグリフィルムからパラガーデンに、わたしが嫁いで来るって言うじゃない。慌ててお父様に会いに来たのよね」
お姉様はカラカラと笑いながら続ける。
「グリフィルムでもこっそり似たような事していたら、たまたま流行病に対してとても効果の強い薬を見つけたのよ。それを偶然聞きつけたポメラが熱心にその作り方と抗体を欲しがってね…。流行病の制御が出来れば敵を制御する事も簡単だもの」
肩を竦めながらお姉さまはため息を吐く。
「人を治したり癒したりする以外に医学を使おうなんて、愚かにも程があるわ。まあ今回、彼は牢屋から出られないみたいだから、たくさん新薬を投与してみようと思うの。さっきも言ったけど、薬と毒は同じところから生まれるからね、心置きなく実験…じゃなくて、治験が出来るのは嬉しいわ」
うふふ、と笑ってお姉様はテオに体を向けて、ピシャリと言う。
「そんな訳だから、私の妹、大切にしてちょうだい。少しでも悲しませたら、すぐ毒を盛りにくるからね」
「当たり前だ。あと、あのくそジジイは好きなように使っていいぞ。目も潰してしまえ」
ふん、と鼻を鳴らしてテオが言う。
「…あら、王子様がおっかない」
「あいつはカリンに触れて、しかも傷つけてるからな。出来るだけ長い時間、苦痛の続く薬でも打ってやればいい。あのくそジジイめ」
「怖い王子ですこと。…じゃあ私はもう行くわ。どこに居ても、ずっと貴女の幸せを願っているわよ、カリン。次はあんな分厚いベールを付けた野暮ったい式じゃなくて、あなたの可愛らしい顔を見せた結婚式をしてもらうのよ」
うふふ、と笑いもう一度抱擁をして、姉は嵐のように去って行った。
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「これ持って行くのかー?」
「あ、あと香草を乗せるから待ってください。…はい、出来ました!お願いします!」
鶯亭で働く私は、今日も目の回る忙しさに悪戦苦闘していた。
「ほら、カリン、ちょっと水飲め」
「…ありがとう、セオ」
「あんま無理すんなよ。帰ってからも無理すんだから」
「…え?」
「覚えただろ?思いの通じた最後までは凄く善いって」
「…!ちょ…何て事言うの!お料理こぼしちゃうでしょ!」
「いいよ、全部拭いてやる。カリンは自分の作りたいのを作ればいい」
そう言って、テオ、もといセオは今日も私を大変甘やかしてくれるのだ。いくら内緒とはいえ、大衆の酒場で働いている王子と姫はそうそう居ないだろう。
晴れて、私たちは城にいつも居ない放蕩夫婦として有名になり、鶯亭は食通と酒飲みには知られたお店になっていた。
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カウンターの席で黒髪の男女が肩を並べ、お酒を二人で酌み交わしている。
「…相変わらず、仲良いね、あの二人」
「そうですね」
「で、君は相変わらず僕に冷たいんだよね」
「そうですね」
「まあそこも可愛いよ、パトリー」
「…どうも」
「あ、嬉しいんだ?鼻の先が赤くなってるよ、パトリシア」
「名前、で、呼ばないでください…!」
「あの夫婦、仲が良いからすぐに子沢山になるだろうね」
「…そうですね、それは幸せな事だと思います」
「だから、僕たちもたくさん子ども作っておかないと、ね。お二人の側近は沢山いた方がいいだろう?」
クスクスと笑いながら男が話しかける。どうやら女の様子を見て楽しんでいるようだ。女は横目で軽く睨んだ後、男に告げる。
「……リーリ、この際だからきちんと言っておきますけど」
「ん、何?」
「あのお二人よりも『たくさん』子どもを作るつもりですよ、私は」
「……ッ!!」
「顔が真っ赤です。まだまだですね」
二人のグラスで揺れる氷が、カランと鳴った。
本編はこれで完結です。お立ち寄り、最後までお読みいただきありがとうございました。
番外編は未定ですが、隙間時間に書ければいいな、と思っております。




