王のミッションは白い初夜【カリン】
「………………カリン、急な事だが……花の月に嫁いでもらう事になった。……すまない」
目の前の項垂れた男。頭には輝くクラウンを乗せており、身分がずいぶん上にある事を示している。その立派な頭の飾りとは正反対に目の前の男は酷くやつれた顔をしていた。
普段、他者に有無を言わさぬ豪胆さと求心力、それにとびきりのカリスマ性を持つ彼を知っている者からすれば、彼が本当に苦渋の決断を告げているのだと分かる。
タチの悪い冗談に聞こえるその台詞は、とてつもなく青白い顔色が『本気である』事を示していた。
「…は?」
カリン・グリフィルム、うら若き18歳。私はひどく素っ頓狂な声で返事をした。
「えー…と?お父様?あ、違った、陛下ったら…。えー…と何?何の冗談をおっしゃっているの?結婚って…。私より先にキャティお姉様の結婚式が控えているじゃありませんか!やだなーもう!昨日も『キャティが居なくなったら寂しくなるな…』と皆で涙の晩餐をしたトコなのに、寂しさから妙な事を言わないでく…」
そこまで言って口を止める。青白い父の顔が全てを肯定して否定していたせいだ。
「そうなのだ。…そうなのだ!!…そのはず…だった…のだ、が…」
えらく歯切れの悪い物言いで、王である父は私に紙を手渡す。
彼はそれを私に示したきり、何も言葉を吐かずに再び項垂れる。
ヒラリ、と紙一枚。そこには美しい姉の字でこう書かれていた。
【グリフィルム王家の皆様へ。わたくし、結婚したくありません。医学を極め、人々に正しい医療の知識を広めたいのです。継承権と王家の全ての権利を放棄し、わたくしは一人で生きて参ります。放棄しておいて何ですが宝石を少しばかり拝借しております。これから独りで生きてゆく娘への餞別と思ってお赦しくださいませね。愛を込めて。キャティ】
美しい字で書かれた文字に迷いは微塵も見えなかった。
世間知らずなところはあるが、大変に芯の通った強さを持つ人、それが姉のキャティである。
貴族のトップオブトップ、王家の長子である彼女は人々を治す医学を熱心に学んでいた。
日進月歩の医療研究に傾倒している節はあったけれど、まさか王の取り決めた結婚を直前で蹴って、我が道をいくとは誰も予想していなかった。というか普通は出来ない。時代が時代なら不敬過ぎて極刑になってしまう行為だ。
「確かに…キャティは何やら薬を作る事に熱心な取り組みをしていた…が、まさか結婚そのものを反故にするなど…。最初は拒否しておったがここ最近はおとなしく身の回りの整理などしておったのに…」
その身の回りの整理がよもや失踪準備の為にしていたなんて、誰も想像していなかった。
「でも陛下…そうはいっても本人がいないのですから。…相手方に正直に謝罪をして、期間を延ばすなり一度白紙に戻すなりは出来ないのでしょうか?」
そもそも姉の失踪がどこまで本気なのかも分からないし、案外すぐに帰ってくるかもしれない。
それに私を代打の嫁として差し出すなんて、先方に失礼過ぎる。
「それが出来ればこんな無茶は言わん。カリン、我が国にはお前を代わりに嫁がせるしか方法がないのだ。いや、正確には時間がない」
「は?」
私は再び声を上げる。
「お前も知っての通り、我が国はとても小さな国であろう?しかも周りには脳みそに筋肉の詰まった隣国に囲まれている。本来結婚は好いた相手とすれば良いが王家はそうもいかん」
「それはもちろん、心得ておりますわ」
そう、我が国は領土の小さい質素な国である。争いを好まず、自然の豊かさを大切にしてきた慎ましやかな国だ。
国土面積は小さいけれど肥沃な土地に恵まれていて、鉱山からも良質な鉄がたくさん採れた。そのため、時々ちょっかいを出してくる国もいて、その中には資源ごと国を奪ってしまえ、という乱暴な考えの国も少なからずある。
そこで王家と一部の貴族は、少し離れた大国【パラガーデン】の権力者と婚姻を結ぶ事でそこから軍事支援を得ていた。その為だけに王家があるといってもいい。
縁が続く限り、我が国で取れる良質な鉱石や作物を送り、その見返りに軍事力の乏しさを相手国に補ってもらっているのである。
「時間が?」
「そうだ。予定されていた花の月の結婚式もギリギリ間に合ったのだよ。その翌月に隣国ザッカリーが我が国に攻め入る算段を立てているという有力な情報があってな…。しかも指揮を執るのがポメラだという」
はぁ、と大きなため息と共に王が告げる。
「あのポメラが?」
「そう、あのキャティを手籠にしがっているポメラだ」
苦虫を噛んだような顔で王は言う。思い出すだけで腹が立つのか、普段は表情を崩さぬように努める彼が、不快な顔を隠そうともしない。
ポメラ軍師は一度お姉様を見かけてから『真実の愛を知った』だの『是非我が妻に』だの『一度だけでも夜伽をすればきっとイチコロにしてみせる』だのといった世迷言を吹聴する助平丸出しの五十路軍曹である。
大変タチの悪いことにこのスケベは武力がとんでもなく抜きん出ており、一騎で千の兵士を相手に出来るなどの評もある豪傑である。スキルの割り振りが極端、かつ前向きな馬鹿は本当にタチが悪い。
「花の月は実質十日ほどしかないからな。その間に婚礼の義を済ませ、ザッカリーに牽制をするつもりだったのだが」
「キャティお姉様はその事を…?」
「教える前に失踪してしまったのだよ。もしキャティが心に決めた相手がいるなら、きちんと白い結婚で帰ってきてもらうつもりだったのだ…。どちらにせよキャティの身を守る為に、花の月と雨の月だけでもパラガーデンに匿ってもらえぬかと打診しておったしな」
「それなら尚更…。正直にパラガーデン側にお伝えしてキャティお姉様の婚姻だけ大々的に流布させていただくとか…」
ふぅ、とまた王は大きなため息をつく。
「それが、向こうに少し問題があってな…」
「問題のある人にお姉様を嫁がせるおつもりだったのですか?!」
早くに母である皇后を亡くしてからも、さまざまな面でいつも私達の自主性を重んじてくれる父らしからぬ決定である。
「いや、人間性に問題がある訳ではなくて…」
「お父様……いえ、陛下、結婚に自分達の意向を含む事が難しい事はわたくし達は理解しております…。だけど、問題がある人を陛下がお決めになるなんて…」
「違う違う、聞きなさいカリン。あちらにとっても、今回の結婚は渡りに船なのだよ。どうしても結婚する気を起こさない第三王子がいらしてな、あちらの王と妃が気を揉んでいらしたのだ。あの大国の王子が独身となると、それは色んな方面から結婚の打診が来るのだが、裏で政治が絡んでいたり、偽物の寵愛を盗みに裸の女がベッドにいたり、王子はいつも気が休まらない」
「王子はなぜ結婚をされないのですか?」
「それが分からんと王は悩んでおられてな。しかし隙あらば妙な輩が王子の元に既成事実を作りに忍び込んでくるらしく、これはもうさっさと結婚させてしまおうと思っておられるのだよ。もちろんこちらの事情も理解されているから、結婚が上手くいけばそれでヨシ、相性が悪ければ離縁すればいいとおっしゃっているんだ。もちろん離縁しても軍事支援はしてくださるとの言質はいただいている」
適度な距離の他人の方が都合が良い、というやつなのだろう。大きな国は大きな国でそういう問題があるのかもしれない。
「今も遠征で国を空けておられて、王子は今年の花の月には初日から三日間しかパラガーデンには滞在しない。なので、初日に顔合わせ、二日目に結婚、三日目に再び国外へ軍事演習に赴く予定なのだ。つまり、国に戻ると花嫁と全ての準備を整えた状態で待機、王子に考える余地なく結婚していただき、何か意見が出る前にさっさと国外へ行っていただく、これが双方の最善である、と我々は考えいる」
そこまで一気に喋ると、目の前の王は段々いつもの“王“の顔に戻ってきた。
「そこでだ、カリン。お前は嫌われないように一日目の顔合わせ、二日目の結婚式と初夜を務めてもらいたいのだ。もちろん、初夜は白いままでよい。しかし、嫌われずに、だ」
「いやいやいやいや、一国の王ともあろうお父様がどうしてそんなガバガバな計画を…!しっかりなさって!」
「……カリン、最初に伝えたがこれは確定事項だ。二日だけ頑張ってきておくれ。二日だけ、乗り越えさえすれば、きっと上手くいく。キャティが見つかればキャティと共に王子に謝罪しに行くからね」
ようやく穏やかな微笑みを見せた王の頭上に、キラリと輝くクラウンを見ながら、私は呆然と立ち尽くしてしまった。




