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第1話 悪役の1日




『世界が嫌いだ』

『世界は穢れと絶望で出来ている』

『人間の渦巻く欲望も』

『強欲な姿も』

『みんな嫌いだ』


 ――ならば。


『世界を作りかえよう』

『綺麗で優しい世界に』

『穢れ無き新しい世界に』



     ◆


 日本某所。とある高校にふたりの高校生がいました。とても仲が良く、喧嘩なんてしたこともありませんでした。

 ふたりは互いに助け合って生きていました。


 けれどある日彼は親友に言いました。


「世界を救うヒーローになりたい」と。


     ◆



 日本某所。午前8時、彼の1日は始まる。彼が暮らす廃墟に目覚まし時計というものは存在しない。8時というのは体感時間であるが、数分狂いなくあっているのだから、8時というのは確かな時間だ。

志岐しき壱世いちせ。それが、今年19になる彼の名前だ。廃墟にあることによって、少し埃が被った布団をはいで、大きく伸びをする。爽やかな朝だ。

 壁にかかったカレンダーは3年前の7月のまま、捲られていない。壱世は寝巻きがわりにしている着流しを整えながら、布団から這い出た。


 朝起きて第一にすることは、枕元に置いていた携帯タブレットの確認である。彼にメールを送る相手などいないし、送ってくるような相手もいないが、時折『指示』が送られてくるので、この確認をないがしろにするわけにはいかない。

 今日は珍しいことにその『指示』が届いてあった。前に来たのは半年前だから、少なからず驚いていた。そして同時にその『指示』は壱世の顔を歪ませる。

 内容はというと、『ともし商店街を襲え』というものだった。壱世が住むこの廃墟は灯商店街も含むに灯街ともしまちにある。近所である故に、襲うことに良心が痛むのだ。もちろん、知らない街を襲うのも嫌いだ。


「襲え、か。随分と簡単に言ってくれるな」


 息を吐き出しながら呟くが、その呟きを聞いている者など誰もいない。それをわかっているからこそ、壱世は呟けるのだ。再度タブレットを覗きこむ。充電もきちんとされている。ここに電気は通っていないため、発電機で電気をおこしているのだ。こういった生活を強いられているのも、全て向こう側からの『指示』だ。

 拒否できないから、それに従う。廃墟に暮らすのも、商店街を襲うのも。指示者に、予定時刻と方法を書いて返信する。そしてすぐに『わかった』との返信が来た。


 ひとまずタブレットを置いて、出掛ける支度をする。着流しから、外着である薄い水色のカッターシャツにカーキ色のズボン、緩く黒のネクタイを締め、上から紺色のカーディガンを羽織った。靴は普通のスニーカーだ。この格好も指定されたもの。指示者から送られてきたものだ。送り主は書いてなかったため、どこから送ったのかはわからない。用心深いのだろう。

 少しついていた寝癖を手で整え、あまり部屋としては機能していないが、居住スペースを出て、廃墟の裏へと回る。ここには水道が引かれており、壱世も顔を洗ったり、歯を磨いたりと使っているのだ。歯を磨き、顔を洗ってさっぱりとした壱世は持ってきていたタオルで顔を拭く。これで支度は以上。朝食は取らない主義だ。


「いーちせ、おはよう」


「……! 何だ、千咲か。驚かすなよ、びっくりした」


 後ろからパンっと背中を叩かれ、振り向くと、そこには千咲が笑みを浮かべて立っていた。千咲ちさきはここから5分ほど行ったところにある3階建てビルに住んでいる双子の兄弟の兄だ。高校の時に同じ部活だった仲である。ちなみに後輩である。今年は受験生のハズなのだが。


「千咲ひとりだけか? 千秋はどうした。いつも一緒なのに珍しいな」


「あ〜、千秋? 千秋はただいま勉強中〜」


 おちゃらけた千咲と違って弟の千秋ちあきは真面目な性格で、勉強一筋の健全なる高校生だ。もう少し遊んでも、と思うのだが、彼の受験に支障をきたすわけにもいかないので、黙っている。

 千咲は制服姿で、これから高校へ行くところらしい。おちゃらけてはいるが、高校にはちゃんと行くし、時間厳守をモットーにしているせいか、遅刻したことは一度もない。ゆえに課題も遅れたことがないので、少し制服が気崩れたりしていても教師はあまり深く注意はしてこないのだとか。千秋と瓜二つなので、見分けがつかないというのも理由のひとつではあるが。前に一度、千咲と思って注意したが、千秋だったとか。元々ふたりの通う高校はそこまで縛られてはいないため、別段気にすることでもないが。


「じゃあ千秋に置いていかれたのか」


「そう。酷くない? お兄ちゃんをもっと労れっての」


 年は同じだろうと軽く流して、壱世は千咲の背中を押した。自分と話していたせいで怒られたとなると、たまらないからだ。千咲はまた、と手を振りながら、高校の方へ走って行った。

 千咲はそこまで悪い子ではないのだが、その見た目からか、不良だと思われることも多々ある。決してそんなことはなく、喧嘩っ早いわけでもないし、特別強いわけでもない。ただ、目つきが少し悪いくらいだ。千秋は眼鏡をかけているため、そこまで目つきの悪さを指摘されることはない、らしい。


「……いってらっしゃい」


     ◆



「置いていくなよ千秋。俺壱世に笑われたじゃん」


「自業自得」


 今だ席替えのないこのクラスでは席も五十音順。故に千秋の後ろに千咲か座る。千咲は前に座る千秋の背中を指で叩きながら、不満を垂らした。しかし千秋 は興味がないとばかりに参考書とにらめっこ中。時折落ちてくる眼鏡のブリッジを上げることしかしていない。右手に持ったシャープペンシルはまったく動いていなかった。わからないから、ではなく、解答解説を読んでいるからだ。

 千咲は反応の薄い千秋の様子にさらに不貞腐れながら、リュックサックからペンケースとノートを取り出した。1時限目の準備だ。こういう準備をするのは、千秋と似ているのかもしれない。


「起こしたけど起きなかったのは千咲だし」


「何おう? でもまあ、壱世と話せたしいっか」


 千咲は先程会ったばかりの先輩の顔を思い出す。大人びた顔立ちは美男イケメンと呼ばれるものだろう。モテているハズなのに、本人はモテていないと昔言っていた。もちろん、信じていない。

 千秋は眼鏡のブリッジを上げながら、後ろを振り返った。鐘が鳴る1分前だったからということも理由のひとつだが、おそらく得意げな顔をしている兄にいちゃもんをつけたかったから。予想通り兄は勝ち誇ったような顔をしていた。


「その顔ムカつく」


「おやおや? 千秋君は勉強できて良かったですねー」


 千秋は腹いせとばかりに千咲のペンケースから、1本しか入っていないシャープペンシルを抜き取ると、中に入っていた芯を取り出した。もちろん、シャーペンを戻す時に一番奥にねじ込んでおくことも忘れない。ささやかな嫌がらせだ。おい、とか、ああ、とか言っているが気にしない。


「ばーか」


 千秋はふふん、と口角を上げて笑みを浮かべた。この表情に兄がムカつくことは知っている。少しは反省しろという意味も込めての嘲笑だ。前へ向くと同時に本鈴が鳴る。これ以上は千咲も何も言ってこないだろう。小さな小さな兄弟喧嘩はひとまず終局だ。とりあえずは千秋の勝利。


 千秋がこそりと小さな紙切れを後ろへと回した。顔を伏せていた千咲はかさりという音で、それに気が付く。開いてみると、弟の字。こういう手紙を回すあたり、今の時間(HR)は聞く必要なしと判断したのだろう。


『朝食は食べたの』


 千秋らしいと千咲は思う。これは千咲のことではなく、壱世のことだろう。千秋も壱世が廃墟暮らしであると知っている。朝食をとっていないことも。けれど変なところで素直になれない千秋は本人に、食べた、と聞くことができないのだろう。シャーペンに芯を入れ直し、返信を書いた。

 ちなみに両親のいない双子家で料理担当は千秋である。その腕はとても高く、料理人顔負け、とはいかないものの、主婦なみにレパートリーはあるし、どれも美味しい。閑話休題。


『壱世に持っていくこと忘れてた』


 書き終えた千咲は前へと戻す。すぐに舌打ちを打つ音が聞こえた。ダイニングテーブルの上に千秋が用意していたのは知っていたのだが、いざ家を出る時にそのままにしていたのだ。先程千秋に言われて初めて思い出したのである。


『ほんと馬鹿じゃないの』


 千咲は返信を前に回さなかった。



     ◆



 廃墟を出てまず向かうのは廃墟の裏のそのまた奥の山にある、寂れた神社だ。そこには野良猫がたむろっており、壱世の隠れた癒しスポットとなっている。ここを知っているのはごく少数で、壱世の知っている限りにはあの双子しかいない。猫達は壱世が餌を持っていないことを知っているのか、ねだってはこない。動物に嫌われることもない壱世に猫達は自然と寄っていく。ここで数十分いるだけで壱世の心は少しだけ軽くなるのだ。猫様様である。

 1匹の猫が壱世の膝の上に乗ってくる。ここの古顔で、壱世が初めて来た時からここに住んでいる猫だ。黄色の目をした黒猫は、撫でられて気持ちいいのか、喉を鳴らした。


「そういえば、千秋が前に餌を置いてってくれたよな。あれ、もうないよな。何とかして新しいの買わなきゃなあ……。あの双子に頼りっきりにはなれないし……」


 そんな壱世の呟きに頷くように、尻尾を揺らした。双子の家はそこそこのお金持ちで猫の餌なんて高級缶詰。野良にそれはダメだろう、とは思ったが、買ってきたものはしょうがないしで、ここに置いたままだったのだ。

 けれど『なるべく廃墟ここから離れるな』『外出は2時間まで』というお達しがあるせいでバイトをすることなんてできない。バイトに時間をさいている暇などないのだ。


 そろそろ十分経つ。壱世は膝に乗っていた黒猫を地面に下ろして立ち上がると、神社から去った。下ろされた黒猫は名残惜しげに壱世の後ろ姿を見送る。



 神社から出た壱世が次に向かうのは廃墟の中の一室である。居住スペースから、少し離れた所にあるその部屋には厳重な鍵がかけられている。あの双子にも知られていない場所だ。壱世は首からかけていた紐の先についた鍵で扉を開ける。ギイ、という重々しい音とともに扉が開いた。

 中にあるのは様々な絵本である。グリム童話、アンデルセン童話。本棚に綺麗に並べられたそれは、壱世が生み出した(・・・・・)ものだ。物語自体は世に伝わるお伽噺そのままである。問題は絵本にあった。

「司書、いるか?」


 呼び掛けた壱世の声に応えるものがひとりいた。ずっとここで本の世話をしている『司書』である。無表情なその男は白い手袋をつけながら、壱世の前に姿を現した。


「どんな物語をお探しでおいででございますか? おすすめはこちらでございます」


 そう言って司書が取り出した本の題名は『赤ずきん』だった。水彩タッチで描かれた絵が表紙だ。司書から手渡され、壱世が受け取ると、表紙の中の赤ずきんで嬉しそうに笑った。

 そこに映る赤ずきんは愛らしく笑い、壱世の指は表紙をたどっていた。そして頷く。これに決めた。司書も同じように頷くとすうっと姿を消した。絵本を手に持ち、書庫を後にする。振り向いた壱世の顔はどこか悲しげに見えた。


     ◆


 灯商店街、午後1時。

 壱世は絵本を片手に姿を見せていた。何を買うでもなく、ただ道の真ん中で佇む彼を通行者は不審げに見ている。商店街は活気に溢れ、買い出しに来た主婦が多い。平日のおかげで土日よりは人が少ないのは救いだろう。

 壱世は手に持った『赤ずきん』の本をゆっくりと開く。中には何も書かれていない。ただの白紙。けれど壱世の目にはきちんとストーリーが描かれている。すると、表紙にいた赤ずきんが中へ移動し、壱世に向かって何かを呼び掛ける。


「出ておいで、『赤ずきん』」


 その言葉で、中にいたはずの赤ずきんは本から、出てくる。身長は140センチほど。小さいと思われるかもしれないが、ご存知の通り元々『赤ずきん』は少女のお話である。故にこれくらいの身長で正解なのだ。

 壱世の隣に赤ずきんが立つ。赤いずきんで隠されたその顔に浮かぶ表情はあまり見えないが、口元は確かに笑っていた。小さく言葉を紡ぐ。


「……出してくれてありがとう」


 赤ずきんはふらりと横に揺れた。そして左手にさげていたバスケットから、ナイフを2本取り出した。壱世はゆっくりと目を閉じる。ここからは非道に、外道にならなくてはいけない。赤ずきんは両手にナイフを構えると、正面から歩いてきた主婦に切りかかった!





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