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転生者

かつて、勇者と呼ばれた人間がいた。

人と魔法使いが分たれた世界。かつての平穏を失い、魔物が蔓延った世界でその生を貪られるばかりだった人間たちの元に、彼、もしくは彼女は突如空から降ってきたという。

勇者の名は、残っていない。それのことを知る者はもうこの世界にはいないし、勇者のことを記した歴史書も大方が人同士の戦乱によって散り散りになってしまった。

ある書物には、絶世の美青年だったとも。ある書物には、短気で粗暴、だがその腕力だけは世界一だったとも。

真実などどこかに消えてしまった。

空から降ってきた、異世界人。それがどうして勇者と言われるに至ったのか。

それを正しく知る者は、ここにはもういない。

「なぁ、お前覚えてる?」

「覚えてない」

ビール樽を片手に酒臭い息を吐きながら絡むレインにキュロスは近い、と体を遠ざけながら話す気はないとばかりに目の前の野菜に手をつける。そんな態度に短くも長い旅の中で慣れっこになっているレインは、キュロスの肩を掴んで自分の方に引き寄せると、赤らんだ頬を歪め、言葉を続けた。

「いいからいいから。ほら、この国にはどの母親も夜寝る前に子供に歌う子守唄があるだろ」

「俺に母はいない。」

「おっと失礼。だが、知ってんだろ?真っ赤なドラゴンを倒す英雄の歌だよ」

キュロスはレインの言葉に眉を顰めてため息をつく。

それを肯定と受け取ったレインは自身の癖のある金髪を指で引っ張りながら、声を低めた。

「あれは伝説の勇者の話を元に作られた歌だっていうがよ、お前どう思う?」

「…何が」

「一人でドラゴンを倒し、海を渡り、魔物を全滅させ、あまつさえ数多の民族に分かれていたこの国を統一までしてみせた。そんなにすごい人なのに、名前どころか像の一つも残っちゃいない。本当に、勇者はいたと思うか?」

くだらない話だった。

キュロスは時間の無駄だとばかりに果実酒の入ったグラスを傾ける。レインは興味のなさそうなキュロスの様子に軽く笑うと、話はこれからだろ、と酒のおかわりを大きな声で注文して頬杖をついた。

キュロスはレインのどことなく真剣な様子から手にしていたカトラリーを皿に置いて、視線を合わせる。レインはに、と口角を上げると話を続けた。

「まぁ勇者がいたかどうかなんてどうでもいいんだ。俺が話したいのは子守唄の内容。この世界には魔法使いはいないことになってるのに、子守唄には確かに魔法の言葉が出てくるんだよな」

「…だから?」

「勇者は、魔法使いだったんじゃないか。って話だ。だとしたらとんだ話だよな。魔法使いの奴らが消えたせいでこの国はしっちゃかめっちゃかだってのに、そいつらのせいで助かって、最終的にはそいつがてっぺんとったんだから」

グラスが割れる。

レインは目を丸くしてキュロスの方を見やったが、そのグラスはキュロスの隣のテーブルの人間のもので、キュロスはそれを呆然と見やったままレインの言葉を噛み締めるようにして視線を逸らした。

レインはいつもとは違うキュロスの反応に片眉を上げると首を傾げる。

「どうした?俺の話に何か思うところでもあったか」

「…いいや。」

レインの追及を逃れるようにしてキュロスは手元のグラスを持ち上げ、喉の奥に流し込む。

レインはふぅん、と気の抜けた返事をすると頬杖をついた。

「勇者はこの国を統一した後、忽然と姿を消した。その頃を覚えている人間はほとんどいないし、姿形もはっきりとしない。光る魔導書を持っていたともいうが、どこまでが真実やら。」

「はっきりしていることはある」

キュロスの言葉にレインは目を瞬かせる。

レインの話にはなぁなぁに付き合うのが常だというのに、ちゃんと言葉を返したキュロスにレインはニヤリと笑うと、何が、と言葉を促した。

キュロスは手の甲に刻まれた紋章を片手で撫でながら、唇を舌で濡らす。そうして息を漏らすようにして笑うと、言葉を紡いだ。

「勇者は半端な奴だった。魔物を全滅させながら、その統領である魔王は殺せなかった」

「…」

「そいつが後の世に名も姿も残らなかったのは、それが理由の1つだろう」

キュロスの淡々とした物言いに、レインは喉の奥を鳴らす。

すっかり酒の抜けた瞳を伏せると、そうかもな、と呟いた。

「だが、それでも後世の人間たちはそいつを勇者と称えることはやめなかった。」

 レインの言葉に、キュロスはもう言葉を返すことはせず止まっていた手を動かし口の中に目の前の食事を流し込む。

 レインは勇者ね、ともう一度呟くと注文した酒がテーブルの上に置かれるのをボォと眺めて、物思いにふけった。


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