第42話 戦闘開始
ぴょん吉の姿が変化した。
前に見た、完璧なスタイルのバニーガール。
同時にシーラさんの体が消えた。
どこに、と探す暇もない。
それより先に俺のわき腹を衝撃が襲った。
痛い。だが破滅的な痛みではない。
「ボケっとしてんな!」
ぴょん吉の長い脚から繰り出された蹴りが俺のわき腹をとらえ、吹き飛ばしたのだ。
そのことによってできた間隙。
そこを疾風のごとく質量をもったものが通り抜ける。
「ふんっ」
シーラさんだ。
ぴょん吉に蹴り飛ばされなければ、今頃どうなっていたかを考えると恐ろしい。
「出てきたか! 女!」
シーラさんが吼えるように、歓喜の声を上げる。
「ご挨拶だな、いきなりよ!」
原っぱをガリガリと削りながらブレーキをかけるシーラさんに、ぴょん吉が挑みかかる。
ぴょん吉の右こぶしが伸びる。それをシーラさんはなんなく受け流し、逆に蹴りを見舞う。停止の反動を活かした体重の乗った蹴り。それをぴょん吉はとんでもない跳躍でかわした。ウサギのごとく――いや、ウサギか。
シーラさんの身長ほども飛び上がったぴょん吉は、そこから長い脚を大きく旋回させて空中で右の回し蹴りを放つ。それを腕で受け止めるシーラさん。そのまま前に。ぴょん吉の足を伝って懐に。対してぴょん吉はひっこめていた左足を突き出す。変則の二段蹴りというものか。
だがその奇襲の蹴りも、獣のような反射神経でシーラさんにはかわされてしまう。
「ちっ、今の避けるかよ」
「ふははっ、やるっ!」
距離を取った2人。
だがぴょん吉は忌々しそうに顔をしかめ、シーラさんは笑みを浮かべて余裕そうだ。
「てめぇ、突っ立ってねぇで援護しやがれ! 時間ねぇだろ!」
ぴょん吉に言われハッとした。
今の一瞬の攻防。
そこに介入する余地なんて俺にはない。
だが、今の俺には飛び道具がある。
それはつまり、シーラさんに密接しなくても戦えるということ。
レベルが上がったとはいえ、今日はそれなりに使ったから残り10発かそこら。
こうなったらすべてのスキルを動員してぴょん吉を援護するしかない。
「援護する、飛び込め!」
「偉そうに命令すんな!」
俺はシーラさんに向かってレッドなんとかファイアを発射する。
燃える火の玉だが、それほど早いわけでもない。
シーラさんにとっては避けることなど造作もないこと。
だが避けた方向にぴょん吉が待ち構えていればそれは別の話。
シーラさんは先手を取れずに、受けに回らざるを得ない。
さらに俺は瞬間移動によるフェイントを入れてみた。
今までとは全く異なった方向から攻撃が来るのだ。
それがシーラさんには予想外らしく、笑みが少し消えたような気がする。
2対1。
卑怯とは言わせない。
そもそもレベル差が違い過ぎるんだから。
それに魔王ってなら、勇者のパーティに倒されるものだし。
「ちっ!」
シーラさんの顔から余裕が消える。
それを決定的にしたのは、シーラさんが標的をまとわりつくぴょん吉から、外でうるさく動き回る俺に狙いを定めた時。
急にシーラさんがこちらに、無表情で――だがその底意には膨れ上がった害意をもってこちらに向かってきたときには、それこそ本当に驚いた。
瞬間移動を使った直後のことだから、再び瞬間移動するにはクールダウンが足りない。
知っていたわけではないだろうが、シーラさんはそこを狙い撃ったわけだ。底知れないバトルセンス。
だがドレッドノートのスキルは脳をも活性化させるらしい。
恐怖を押し込め、瞬時にそれに対する最適解をはじき出す。
「ぬ!」
向かって来るシーラさん。
俺は左右に逃げるか、後ろに引くか――ではなく、前に出た。
それは少なからずシーラさんの意表を突いたらしい。
これまでの魔法を使ってきた連中は、そんなことをする前に打ち倒されていたのだろうから。
その虚を突いた俺の動き。
シーラさんの懐に入り込むようにして、左足を踏み込む。
その動きにシーラさんは即応した。
俺の首を刈り取るように、左右の死角から伸びる両腕。
それを避けることができたのは偶然だった。
というよりここまでの、そしてこれからの攻撃が自動で繰り出されるスキルの一連の流れとなっていたから。
踏み込んだ左足。そこからさらに膝を曲げて沈み込む。
同時、左手の甲の上に右手のひらを重ね、手を前に伸ばす。
お互いの距離は1メートルもない。
俺の手のひらがシーラさんの腹部に当たる。
それだけではただシーラさんのお腹を触るだけの、ちょっと変態ちっくな行為でしかない。
だがそれこそが俺の攻撃となる。
残した右足が地面を蹴り、曲げた左ひざを一気に上へと押し上げる。
それは足から胴体、そして腕、手のひらへと勢いが伝わっていく。
それによって起こるのは、爆発的な前への力を持った掌打。
双掌衝と呼ばれたスキル。
まさかここで役に立つとは思わなかった。
「ぐっ!」
シーラさんが苦悶の吐息を漏らして後ろへ飛ぶ。
そこをぴょん吉が狙い撃つ。かろうじてぴょん吉の攻撃から身を逃がしたシーラさんだが、態勢が大いに崩れている。
「やれ!」
ぴょん吉が叫ぶ。
俺にとどめをさせというのだろう。
だがもちろんそんな気はさらさらない。
というよりそんなことはレベル差から言って不可能。
だが打つ手がないわけではない。
シーラさんは言った。
魔法使いは弱い、と。
詠唱している間に懐に飛び込めば、圧倒的に勝つからだ。
だがそれはそれは別に魔法を受けたうえでの言葉ではない。
魔法を打ち消したり、無効化したりしたうえでの結果ではないのだ。
ただ単に、魔法が出る前に潰した。それだけ。
それはつまり、いかに魔法使いに対して強いと言っても、魔法に対して強いわけではないということ。
だから選ぶ。
この場での最適解。
ファイアを撃ったところでシーラさんを戦闘不能に陥らせる火力はない。
なら使うのはもう1つの方。
サンダーボルト。
威力が小さかろうが、電気の抵抗がある人間などそういない。
体が脳からの電気信号で動く以上、何かしらの影響が起きうるわけで。
だから使うのはサンダーボルト。
それもシーラさんから攻撃の出だしが読まれないよう、瞬間移動してからの。
「これで――終わりです!」
手のひらの先。
そこに怒る電気の動き。
それを思いっきりシーラさんに向けてたたきつけた。
雷光がきらめく。
直撃。
「やった……」
落雷の衝撃で土煙が舞う。
そこにいるのは体のしびれたシーラさんのはず。
念のためもう一発食らわせようか、などと呑気なことを考えていると、
「あぶねぇ!」
ぴょん吉にタックルをされた。
その直後、空間を薙ぎ払う鉄の塊。
剣による斬撃だと知覚したのは、ぴょん吉に押し倒されてからだった。
まさか、電撃が聞かなかったのか?
それともあの状況で避けた?
いや、それにしてはシーラさんは剣なんて持っていなかった。はず、なのに。
だがその答えはすぐに判明した。
「貴様ら……シーラ様に、何をするか!」
シーラさんの前に立つ男。
剣を抜いたトウガと呼ばれていた男が、無傷で俺たちの前に立ちふさがっていた。




