表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
70/79

閑話10 ある村の少女ユノ

「一目惚れだよ。ユノ、君が好きだ」


 そう言われた時、頭の中が真っ白になった。

 何を言われたのか、一瞬分からなかったから。


 好き。

 そんな言葉を聞いたのはどれくらいぶりだろう。


 お母さんが亡くなる前は、よく聞いた。

 お母さんにそう言われるのが、とても好きだったのを覚えている。


 さらに記憶を遡れば、もう顔もあまり思い出せないお父さんからも言われた気がする。


 ――けど、その2人以外からは言われたことがない。


 それにここ数年は、そんな言葉どころか、そういった好意というものすら与えてくれなかったわけで。


 だから本当に久しぶりに聞いたその言葉。

 聞き間違いじゃないかと記憶を反芻するほどに頭の回転が鈍っている。


「ふざけて、ないですよね?」


「ふざけてこんなこと言えないよ。本気も、本気だ」


 真っすぐ見てくる彼。

 そこに虚偽も騙しも上っ面すらもなく、心の底からそうだと言っているのが分かる。


 けど本当だろうか。


 理解ができない。

 気持ちが追い付かない。


 お母さんとお父さんの好き。

 それは親として、家族として、そういったものだとは理解している。


 なのにこの人は、私を――私なんかをそう言ってくれる。

 赤の他人で、出会ってまだ数日というだけなのに。

 酷いことも、したのに。


「なんで、ですか……?」


「なんでって……そりゃ……」


 彼は指でこめかみのあたりを掻く仕草をして少し視線をずらし、


「一目惚れに、理由なんてあるかよ」


 あぁ、本当に。

 この人は本当に。


 あるいは、自分が感じたこと。

 この人と初めて出会って、彼の寝顔を見ながら思ったこと。


 心地よい風。

 それを思わせる彼。


 あるいはその時。

 自分も彼に引かれていたのかもしれない。

 ただその感情に、どんな名前がつくのか分からないまま。


 それが今、名前ができた。


 そうなればわかる。

 何で彼を助けたのか。

 何で彼と一緒にいたのか。

 何で彼に危機を教えたのか。

 何で彼にとどめを刺さなかったのか。

 何で――


「何で……こんな酷いことをしたのに」


 すると彼は小さく笑い、


「ユノは今まで辛かったんだろ。ちょっとその気持ちを発散した。それだけだろ」


 それだけ。

 そういう風に言われると、自分が大したことをしていないような気分になる。

 あれだけ大それたことをしようとしたのに。

 皆を傷つけて、多くの人を殺そうとして、この人も消してしまおうと思ったのに。


「ま、その。なんだ。辛いこともあるだろうけどさ。結局、それでも生きていかなきゃならないわけで。その、俺も昔……そうだったし。その時も少しは救われたんだ。母親の言葉なんだけど。だから、なんていうのか。その、為せば成るというか。俺もユノを助けたいというか。あー、もう。何を言いたいのか分からなくなった……」


 ううん、分かるよ。

 言いたいことはなんとなく分かるよ。


 少し信じられないようなことを彼は言っている。


 だってそれだと私は――

 こんなことをして私は――


「生きて、いいんですか?」


 恐る恐る聞く。

 答えはなんとなく分かっていたけど。

 そうであってほしいと思いながら聞く。


 すると彼は。

 あの時、偶然にも出会って、身を挺して私を助けてくれた彼は――


「当然じゃないか」


 そう言って、柔らかく笑った。


 あぁ、許された。


 そう思うと力がふっと抜ける。

 体の奥底から沸き上がる黒い力が、水に溶けたように霧散していく。


 不意に風を感じた。

 これまでどこか濁ったような停滞した空気しかなかった中に吹く、一陣の風。


 気持ちい。

 あの時に感じた風と同じ。


 あるいはこの風はリオさんで。

 私はそれを求めていたのかもしれない。


 そんなことを思った。思ってしまった。


 視線があう。

 なぜか恥ずかしくて、視線をそらしたいけど心が反対する。

 もっと見ていたい。そんな気持ちが体を支配する。


「だからユノ――生きて――」


 その後は言葉にならなかった。

 リオさんの体がぐらりと揺れたと思ったら、糸が切れたようにその場に崩れ落ちた。


 え……。


 再び理解ができない。

 いや、理解はできる。

 その原因も分かる。


 けど、いきなりすぎて何が起きたか分からない。


 リオさんが倒れた。

 それは事実。結果。


 その原因。

 それは――間違いなく私。


 今、リオさんの皮膚はぶくぶくに膨れている。

 それ以上に目立つのは左腕の赤い――いや、もう服にしみこんで変色している――血の跡だ。


 あんなやり方で突破してくるとは思わなかった。

 けど、私のところに来るまで、ひたすらに痛みと出血と戦っていたのだ。

 そこにこの治癒の力と貧血が混ざり合って倒れたに違いない。


「ちょっと、リオ! リオ!」


 リオさんと一緒に来た女の人が駆け寄って、リオさんの頬を叩く。


 この人はすごい。

 私はまだ一歩も動けなかったのに、すぐに行動してリオさんを助けようとする。


 誰なんだろう。

 こんな状況であっても、そんなことを思った。


「息……してない」


 そん――な。


 慌てて駆け寄る。

 リオさん。リオさん。

 動かない。反応がない。


 呼吸がない。それは確か。

 鼓動も小さい。

 今にも消えそうなほどで、聞いていて不安になる。


 まさか……このまま……。


 そんなわけない。

 そんなのは嫌だ。


 だからって、座って待ってるだけなんて無理。


 だって、この人は。私のことを――


「あんた、何を――」


「私の魔法で治します!」


「そのマホーでこうなったんでしょ!」


「それは……」


 その通りだ。

 私の魔法と出血。

 どちらも私のせい。


「好きだって言ってくれたのに……それを、私は……」


「え、なんて?」


 私のせいだ。

 すべては。こうなったのも、村のことも、何もかも。


 私が弱かったせい。

 だから逃げようとした。

 すべてを捨てて、すべてを破壊して、すべてを消し去って。


 けどできなかった。

 それはリオさん。この人がいたから。

 私のことを、必要だと、生きてほしいと言われたから。


 けどもう駄目なんです。

 リオさん。貴方がいないと。

 私はもう、それこそ生きていても意味はない。


 だから――


「天にまします我らが神よ。地にあふれる母なる大地よ。風に従う秘なる聖霊よ。我が願いを聞き入れ、力を貸せ」


 もはやなりふり構っていられない。

 私の魔法。リヴァイヴァル。

 打撃力に比例して回復があがるというものだとはお母さんに教わった。


 けどそれはお母さんが解読して理解したリヴァイヴァルの1つの力でしかない。

 失われた魔法(ロストマジック)

 この力には、もっと別のものがある。

 それをなんとなく感じていたから、自然と言葉が出る。


 神、大地、精霊。

 それらの力を借りるのではなく使う。

 私を触媒として、すべての力を注ぎこむ。


「彼の者は死者なり。彼の者は生者なり。我は冥府の番人。我は裁く者、計る者、決める者。生死の挟間に揺れ動く、混沌の魂魄を今ここに呼びもどせ」


 死なせない。

 私を2度も救ってくれたこの人。

 死なせるものか。


 普段ならステッキによる打撃を行う。

 けど今、それはない。

 何より、それではダメだ。


 ならこの力。死を生に変える聖なる力。

 それをどう彼に渡すべきか。


 答えは、決まっていた。


 お母さんが、お父さんが私にしてくれたように。

 私もこの人へと行動で示す。

 親愛を、感謝を、慈しみを。


 眠るように意識の絶えたリオさんの顔。

 そこに顔を近づけ、その淡く、澄んだ唇に――


「――リヴァイヴァル」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ