閑話9 シーラ
「ふぅ、肩が凝った」
一息ついたところで首を鳴らしながら、村から離れることにした。
目を覚まし始めた村人たちもいたし、そうなると面倒なことになりそうだった。
あれだけ暴れたのは久しぶりだし、相手の命を奪わなかったのも久しぶりだ。
思えば“この世界”に来てからだいぶ丸くなったと思う。
自分が元いた世界。
そこは飢餓と貧困にあふれ、暴力と権謀術数にまみれた最悪の世界だった。
強き者は弱き者より搾取してより強くなり、弱き者は搾取されて続け……死ぬ。
では強き者は安泰かといえばそうではなく、より強き者に叩き潰されるわけで。
その強き者を倒しても、より強き者が出てくる、終わりのない無間地獄といった世界。
その中で、比較的強い立場に生まれたのは幸福だったのだろう。
そして強者を滅ぼすことができるほどの強さを持ったのは、幸福であり――そして何より不幸だった。
強者を叩き潰し、ひねり潰し、しらみ潰しにしたその世界に、次の敵はいなかった。
代わりに得たのは天下を統一したという名声と、弱き者たちの歓呼の声。
政治というものに興味はなかったから、人任せで適当にやっていたらそうなっていただけなのに。
敵がいなくなり、退屈で、退屈で、退屈で退屈で退屈で退屈で退屈で退屈で退屈で退屈で退屈で退屈で退屈で退屈で仕方なかった時に。
この世界への扉を開いた。
見知らぬ地。
見知らぬ空。
見知らぬ力。
そのすべてが自分を圧倒してきた。
特に驚いたのが魔法と、モンスターと呼ばれる異物。
自分の知らなかった存在が、自分の前に立ちふさがる。
そのことが何よりも嬉しくて、そして我は再び幸福の日々を過ごした。
やはり戦いはいい。
自分が生きている。
それを証明できる。
ただ、それは最初だけだった。
魔法というものは、最初は面を食らったが弱点があからさますぎる。
詠唱、というらしい工程を踏まなければ威力を発揮しないのだ。
だからその間に近づいてはたけば、それで終わった。
モンスターというのも、所詮は獣。
集団で行動し、一糸乱れぬ槍衾を繰り出す人間の方が百倍強力だ。
だから降り立った場所で一番の実力者と呼ばれる“魔王”を倒したら、それだけでほかに敵はいなくなった。
逆に、再び領民たちに新たな魔王として歓迎されたくらいだ。
退屈が嫌で新しい場所に来たのに、その場所も再び退屈になった。
だから外に出た。
そうすれば、また別の世界に行けるかと思ったからだ。
だがそれは起きなかった。
街を出て、川を越え、山を越えたにも関わらず。
何も起こらなかった。
西と同じ、退屈で、つまらない世界。
あるいは東では魔王軍と人間が戦っているというから、そちらに行ってみよう。
そう思ったが躊躇った。
怖かったのだ。
何千もの兵が槍衾を作って向かって来るのも怖くないが、それは怖かった。
もし、東に行って、そこでも自分の退屈を紛らわせることができなかったら。
その時は、その時こそ、自分は果てしない絶望を味わうのではないか。
そう思ってしまったのだ。
だがその心配は杞憂に終わる。
東に行くまでもない。
出会ったのだ。
我のペット、クワイデント・ウルフ。
それなりに凶暴で、西では敵う者はいないほどの力を持つのだが、それが劣勢になった。
2人がかりではあるが、使っているのは体術だけではなく、魔法も使うようだった。
前の世界にも、この世界にもいなかった、魔法と体術を合わせた力。
すぎに興味が沸き、そしてコンタクトを取り、そして機を見て収穫するつもりだった。
なかなかよい少年だ。
だからこそ、1回で終わらせるのはもったいない。
そう思って機を待っていたら、彼は消えた。
肩透かし、いや、これ以上ない不満を抱いた。
豪華な食事を出されたものの、見せるだけで取り上げられてしまったような気分だ。
だからその気分を紛らわすために、花嫁の候補を奪おうと思ったわけだが。
まぁ、そういうわけであのユノという少女は完全に趣味だ。
そんな趣味に興じていると、獲物があちらからやってきたというわけだ。
そして準備運動が終わり、ようやくメインディッシュにありつける。
あの花嫁候補も、未知の力を持っているようで、かなり興味が沸く。
だから早く向かいたいのだが……。
「遅い」
イライラしながら待つ。
すると、北から馬のいななきが聞こえてきた。
馬車だ。
2頭立ての馬車は、ものすごい勢いでこちらに迫ってきたかと思うと、我の目のまえで急停車した。
そしてその馬を操っていた男――トウガが飛び降りて跪く。
「遅い、呼んだら3秒で来いと言った」
「も、申し訳ありません! お、お仕置きで!?」
「いらん。時間の無駄だ。それより馬車を出せ。我の花嫁を奪いに行く」
「はぁ……」
地面に座りながらあからさまにため息をつくトウガ。
その態度にイラっときて、ブーツのかかとで膝をぐりぐりとしてやった。
「いいから早くしろ」
「はぃぃぃぃ! ありがとうございます!」
よく分からない奇声をあげて立ち上がって馬車へ向かうトウガ。
その顔面には喜色を浮かべていて、なんだか気味が悪かった。
まぁ、いい。
これから始まるメインディッシュに比べれば、捨て置いても問題ない些事。
さぁ、彼は、彼女らは、どうしているかな。
今、我が向かうぞ。




