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第22話 新たなる出発

 修行を終え倒れるように寝て、あくる朝。


「さっさと起きる!」


 イトナの怒声によって、俺の夢の中の大冒険は中断された。

 現実でも大冒険、夢の中でも大冒険。

 俺って、そんな冒険家気質だったっけか?

 夢の中くらい、少しゆっくりしたかった。


 と、軽く現実逃避したうえで朝。


 あの後、温泉でふやけるほどにリラックスできたのもあって、ぐっすり眠れた。

 そのおかげか、疲労しきった体はある程度回復していた。


「ほら、先行ってるわよ。さっさと準備して」


 見ればイトナはすでに着替えて準備万端といった様子。


 俺も着替え――さすがにボロボロだったので、女神が用意してくれた。新品同様の制服とシャツだ。後で料金請求が怖い――をして、外に出る。


「……っ!」


 東の空から差し込む日光と、木々のさざめきが耳に心地いい。

 森の動物たちも、まだ寝ているのか声は聞こえない。

 思いがけない森林浴に、体だけでなく心もリフレッシュした思いだ。


 自然、大あくびが出る。


「ふぁあ……」


「なにしまらない顔してんのよ。ほら、行くわよ」


「おい、そんな急ぐなよ。まだ誰も起きてないじゃないか。モイラだっていないぞ」


「あんなやつどうだっていいのよ。見送りがいないと寂しい?」


「べ、別にそういうわけじゃない!」


 なんだか嘲笑されたようで、俺は必至に反論した。


「そ、じゃあ行くわよ」


 イトナはそう言ってさっさと歩き出す。

 場所は昨日見たから分かっているのだろう。


 数分歩いて、ゲートのところにたどり着いたところで――


「ふぁーーーーあ。朝っぱらから元気なこって」


 モイラが現れた。

 ファッションはいつも通りだが、どこか着崩れしてるし、なぜか右肩にぴょん吉を乗せている。眠っているが。

 何より寝ぐせがひどい。

 これで女神っていうんだからもう……。


「何しに来たのよ」


 イトナが敵視するようにモイラに噛みつく。

 やっぱり仲悪い?


「そうそう、せっかくのパーティの出発なのに。見送りなしって寂しいでしょ」


「別に、要らないわよ」


「はいはい、言ってることとは裏腹に、心の中では泣くほど感動しちゃってるくせに」


「してない!」


 うーん。

 どちらかというとおちょくるモイラに対し、一方的にイトナが嫌ってるって感じか。


「ま、それは冗談として。レオ」


 と、俺の名前を呼びやると、ポイっと何かを放り投げた。

 それを俺はなんとかキャッチ。


「それなしでどうやって『境界渡り』するつもり?」


「あ」


 俺のスマホだ。

 そう言えばこれがないと向こうの世界に行けないって言われてたな。


「フル充電に加えて、ちょっとカスタマイズしといたから。ワンタップでスキルの付け外しできるようになってる」


「おお、すげ。助かった、ありがとう」


「べ、別に。ただ仕事なだけだし。オリハルコンを持ってくる取引だし」


 あ、デレた。

 なんか新鮮。


「ま、なんての? ちょっと強くなったからって、あんま調子乗らないこと。向こうの平均レベルは30はあるから。下手こいて殺されてもしらないからね」


「はいはい」


 これも仕事といいつつ、なんだかんだ心配しているんだなぁ、という気がすると可愛く見えるのだから不思議だ。


「じゃあ、それはそれとして――」


 流れでそんな感じになっていたけど、一応、ちゃんと確認しておかないと。


「本当についてくるのか?」


 イトナに問いかける。

 言ってしまえば、これからのことは彼女とは無関係だ。


 俺が帰れるようになっても、彼女に得はない。

 だからそう思って聞いたのだが、


「は? 舐めてる? 当然でしょ。あんたが変なところで野垂れ死なないよう、しっかり監視してるんだから」


 相変わらずそれか。

 この誤解もいつか解けると良いなぁ。


「ほーほー、お熱いこと。いいなー、わたしもそんな燃えるような恋がしたいなー」


「だから違うっての!」


 てか昨日から思ったけど、なんかモイラってそういう色恋沙汰にぐいぐい来るよな。

 もしかしてそういうの好きなのか?


 ま、今度聞いてみよう。


「あ、そうそう。これ、忘れ物」


「ぐひゃ! あー……ん? 朝?」


 モイラが肩に担いだぴょん吉を、その場で地面に放り投げた。ひでぇ。


「連れてきなさい。ナビゲーションは必要でしょ。これで一応、色々仕込んでるから便利よ」


 うるさいから要らない、とは言えなかった。

 確かにぴょん吉がいるといないじゃ大違いだ。

 最後の最後にやらかしたのはあるけど。


「えぇー、モイラ様。また俺様ですか!?」


「あんたくらいしかいないのよ。それとも、スペシャルコース、どっちがいい?」


「全力でこいつらをこき使わせていただきます!」


 なんだか哀れな気もしてきたな、こいつ。


「はぁ、しかたねー。俺様もついていってやるよ。感謝しやがれ、人間」


「ああ、頼りにしてる」


「ばっ……てめぇ! 俺様を舐めてんのか!」


 毛におおわれているためあまり分からなかったが、顔を真っ赤にして怒鳴りながらぴょんぴょん跳ねるぴょん吉。


「んじゃ、もういい? 行くわよ」


 イトナが飽きた様子でぞんざいに言う。


「ああ、待たせた」


 俺はイトナの横に行って、測量鋲を前にする。

 その俺の体を伝って、肩にぴょん吉が乗った。


 振り返る。

 そこにはモイラ――だけでなく、いつの間にか現れたのか、森の仲間が大集合していた。


「それじゃ、行ってきます」


「ふぁ……はいはい、行ってらっしゃい」


 あくびをかみ殺すこともなく大きな口を開けながらも、手を振るモイラ。

 その背後で、リスが、キツネが、タヌキが、クマが、俺たちに手を振る。


 なんだか見送られるっていいことだ。

 また帰ってこようって気になる。


 帰ってこよう。

 行きて。

 そして、元の世界に戻るために。


 だから俺はゲートである測量鋲をゆっくりと、確実に踏み抜いた。


 そして再び、世界が変わった。

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