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閑話7 ある村の少女ユノ

 目が覚めた。

 そして、体の痛みに小さく悲鳴が出る。


 痛い。


 あれから1日以上経ったというのに、この痛みは全くひかない。

 その性質上、『リヴァイヴァル』が自身に使えないのをこれほど恨めしく思ったことはない。


 痛い。


 体中が悲鳴を上げている。


 あれだけ鞭で殴られたのだ。当然だ。


 あれから――リオさんとアモスさんに逃げてと告げてから。

 村は騒然となっていた。


 松明を持ってリオさんたちがいる物置を囲んでいるのは、少し離れた家の窓からでも見えた。

 村の人が総出で囲んでいるようだけど、自分は呼ばれなかった。

 どんくさいし、いても役に立たないと思われたからだろう。


 別にそれは気にならない。

 それより、リオさんたちを苦しめることをせずに済んでホッとしていた。


 けど、それ起きたことは自分の想像をはるかに超えていた。


 物置が突然燃え始めた。

 まさか村の皆が火をつけたのか、と思ったけど違うようだった。


 それからさらに火があがり、何やら怒声やら悲鳴やらが響く恐慌とした様子になっていた。


 それがなんだか怖くなって、私は自分の部屋――屋根裏の物置で布団をかぶって、外界からの情報を遮断した。


 リオさんたちの無事を祈りながらも、それを直接見ることができない。

 なんて臆病で無責任なのだろう。

 そう自分を責めた。


 そんな自分を見つめるのが怖くて、リオさんたちの結末を聞くのが怖くて、そのまま寝てしまおう。

 そう思ったけど、ことはそう簡単にはいかなかった。


 荒々しく開いた玄関のドアの音。

 それから何やら怒鳴る声が聞こえ、それからドンドンと階段を上る音。

 直後には、雷でも落ちたかのように部屋の扉がガンガンと鳴り響く。


「開けろ! 開けるんだ、ユノ!」


 おじさんの声。

 その声色からしてひどく怒っているらしい。


 何に怒っているのか分からない。

 けど、自分に怒っていると考えると、恐怖が心臓をギュッと握られた気分だ。


「やめなよ、あんた。ドアが壊れるじゃないか。これで開けて……」


 やめて、開けないで。


 そう思ったけど声に出ない。体が動かない。


 ガチャリ


 扉が開いた。


 そしてドシドシと床を踏みつぶすような足音で近づいてくるおじさん。

 すぐ近くで足音が止まった。


 ちっ、と舌を鳴らす音。

 やめて。怖いの。だからそんなことはしないで。


「このっ!」


 抵抗むなしく布団が引っ剥がされる。

 ふと目を開けてみれば、扉から差し込む光以外はない薄暗い部屋に、鬼のような形相で立ち尽くすおじさんがいた。

 扉の近辺には、厳しい視線を向けてくるおばさんの姿。


「ユノ! お前、一体何をした!」


 言われ、何て答えたらいいか分からない。

 それ以上に、怖い。

 怖くて、口がうまく回らない。


「早く言え!」


「あ、そ、その……」


 早く答えないと拳が飛んでくる。

 だから答えたい。

 けど何を答えればいいか分からない。


 おじさんの怒りが頂点に達しようという時、おばさんが口をはさんできた。

 けどそれは、私を助けようとして言った言葉ではなかった。


「あんた。こんなところでしょうがないだろ。皆の前で言わせようじゃないか」


 え、何が?

 どういうこと?


「ふん、それもそうだ。立て!」


 いや、やめて。

 痛い。腕をつかまないで。引っ張らないで。


 寝間着のまま、裸足のまま外に出されて連れて来られたのは、食堂。

 そこには子供以外のこの村の全員が集まっているように見えた。


 村長さんが、威厳たっぷりの表情で聞いてきた。


「あの者たちに、何をした」


 それは敵意に満ちた問い。

 それを体現するかのように、その場にいるすべての大人たちが私にその視線を向けている。


 これほど人の視線を集めたことはなかったし、何よりこんなに敵意を向けられたこともない。

 今までは軽蔑とか嘲笑の視線だったけど、これほどのあからさまな敵意は初めて。


 だから胸の鼓動が激しくなり、ともすれば倒れてしまいそうなこの状況。


「わ、私は……」


 それでも声は出ない。


「お主も知っておるだろう。この村のことを」


「それは……はい」


 知っている。

 この村の罪。


 なんだかんだでこの村で育ったのだ。

 知らないわけがない。


「それを“みやこ”から来た連中に知られてはならんのだ。もし奴らがこのことを国王に報告すれば、我らは罪人として裁かれる。この村も王国直轄となり、誰もこれまでのように住めなくなる。お前はこの村を滅ぼす気か、ユノ!」


 村長さんがここまで怒ったのを見たのは初めてだ。

 その気迫、聞いているだけで体が縮こまる。


「答えんか。それとも、あの者たちと共に逃げる取引でもしていたか? 所詮お前はよそ者。こんな村などなくなっても良いと考えておるのだろう」


「それは! 違い、ます……」


 だって、私とお母さんを受け入れてくれたから。

 ここまで育ててくれたから。


 その恩を、忘れたわけがない。


「お主、睡眠魔法の入ったスープを出さなかったのか?」


「いえ! ちゃんとお料理は出しました! それに……そんな魔法があったなんて……知らなかった、です」


「口ではなんとでも言えるぞ!」「証拠は全部燃えちまったからな!」「そうか、証拠隠滅も兼ねてあの物置を燃やしたのか!」


 不意に周囲から怒声が響く。


 違う。

 そんなことはしてない。


 けど、それを言ってもかき消されるだけで、誰も私の話を聞こうとしない。


 あぁ、そうか。

 これはそういう場だ。


 話からしてリオさんたちは無事逃げれたみたい。

 それは嬉しいこと。


 けど、それを自分が手引きしたと勘違いされているのだ。

 いや、でもそれに近いことはした。

 早く逃げてとは言った。

 けどそれだけ。

 スープは出したし、逃げる手助けなんて、してない。


「さらに工房から一番上質のオリハルコンが盗まれたという報告もあった。あれを売れば半年は遊んで暮らせる金が手に入る。ふん、荷物運びとして侵入して、そこでオリハルコンを盗み逃げる。さらに都に報告して出世しようという腹か」


「ち、違います!」


「ならなぜあの者たちを引き入れた? いつもはお主1人で運んでくる荷物を、どうしてあの者たちに手伝わせた!」


「そ、それは……彼らの、親切で……」


「親切? はっ、この世で聞きなれない単語だ。もうこの際、お主が引き入れたのか、利用されたのかはどうでもいい。お主はこの村を滅ぼしかねない失態を犯した。その罪は償ってもらわなければならぬ」


「え……」


「牢に入れよ。そしてあの者たちとの関係を聞き出せ。何をしても、死ななければ良い」


「そ、そんな!」


「ユノ。これは少なくとも同じ村で過ごしてきたものへの温情だ。本来なら何も聞かずに殺すという案も出た。だがそれは見送った。お前はこの村の一員だからだからな」


 村の一員。

 普通の時にそう言われれば、私は飛び上がるほど喜んだかもしれない。


 けど今は。この状況では。

 素直に喜べない言葉となっていまっていた。


 この村の一員。

 だから同じ罪を背負っている。

 だから裏切ることなんてするな。


 そう村長さんの裏の声が聞こえたようで、私は少なからずゾッとした。


「だから殺しはしない。が、しっかり真実は吐いてもらうぞ」


「し、真実です! 私は、何もしてません……。お料理を運んだ、だけ――」


 でも、そういうことなの?


 お料理は運んだ。

 その後のこと。


 彼らに逃げるように言った。


 それは、まごうことなく、裏切り行為だ。


 彼らは本当に都から来たのだろうか。

 そんな感じはしなかった。


 リオさんは風変わりな服装をして、どこか優し気な雰囲気で、心の中に一本、折れない芯みたいなものがあるような人。

 アモスさんは、なんだか自信満々で、夢を持っていて、ちゃんと生きてる人。


 あの2人が、村を破滅させようとかそんな思いでいただなんて信じられない。


 けどそれ以上に、そんなことを村の人たちは信じようとしない。


 だから私の声は届かず、村の外れにある土牢に入れられて、それから鞭で殴られた。

 食事も1日2回。水も泥みたいなものでひどにおい。


 それで時々大人がやってきて、リオさんたちの関係を迫り、鞭で殴るのだ。


 もう十分に痛い思いはしたから、慣れてもいいはずだけど、痛みは全然慣れない。

 毎回、新鮮な痛みを届けてくる。


 もう、このまま死ぬのかな。

 そう思うと涙が出てきた。


 何も、できなかった。


 お父さんに、お母さんに助けてもらった命。

 なのにこうして無為に死ぬ。


 あぁ、私はここで、何も成せぬまま死ぬんだ。


 涙と共に、その確信が私の心を包み込む。


 けどもし。

 万が一もし。

 この声を聞き届けてくれる人がいるなら。


 1つだけお願いしたい。

 心の底から懇願したい。


 こんなことになるために生きてきたわけじゃなかった。

 こんなことで終わるためにリオさんを助けたわけじゃなかった。


 だから。

 だから。


 誰か――――助けて。

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