第20話 修行する?
「ふーん、本気なんだ」
モイラが眠そうな目でこちらに視線を送ってくる。
そこに少しの迫力があって、俺は少したじろぐ。
けど、覚悟はした。
だから頷く。
「うん」
「そ。じゃあしょうがないか。少しこっちがたきつけた感じもあるし。これが姉さまなら、笑って滝つぼに叩き込む修行とかし始めるだろうけど」
最低だな。
人間じゃねえ。
いや、人間じゃないのか?
「じゃあついてきて」
モイラはそっけなく答えると、俺の返事を待たずに歩き出す。
慌てて追った先は、ぴょん吉と模擬戦を行った広場。
「んじゃ、ちょっと下がって。ハイハイ」
パンパン、とモイラが両手を鳴らすと、次の瞬間、その横に煙と共に1つの物体が現れた。
どこかアンティークさを兼ね備えた扉だ。
「これが修行の場所へと続く扉。どこでも精神ときどき力の部屋、よ」
「なにその色々アウトな名前」
「あぁ、知ってる? なんか姉さまが漫画を読んで思いついたんだって」
「パクリじゃねぇか!」
「全然違うって。オリジナルと違って時間という概念がないから、ずっといてもここでは時間が経たないって優れもの」
「オリジナルって言ってる時点でアウトだからな!」
「まー、まー、いいから入った入った」
「いや、俺はまだやるとは。てか修行って……俺は何が嫌いって修行とか努力とかなんだけど? いや、強くしてとは言ったけどさ。もっとこう、簡単にポンっとレベルあがったりしない?」
なんかこうも修行と言われるとしり込みしてしまうチキンがいた。俺だった。
「うわー、レオの評価駄々さがりだわ。あれだけ意気込んでめんどくさいって」
「いや、決してめんどくさいわけじゃなくてさ。そんな地道にやるより、一気にほら、 スタートダッシュキャンペーン的な?」
「もういいから入れ!」
蹴られた。
その勢いで、ドアに激突したかと思ったら、そのまま扉が奥へと開いた。
倒れこむように入ったその場所は、真っ白なタイルが敷き詰められた広大な空間。
地平線が見える。
だが何もない。
本当に、俺以外のものがない。
真っ白な地面と灰色の空が永遠と続くだけ。
こんなところで閉じ込められたら、数日としないうちに発狂しそうだ。
「ここは……」
「だから言ったじゃん。修行するんでしょ」
後ろからモイラが扉をくぐってやって来た。
その背後には夜の森がうつっているから、本当に別空間にどこでも跳ぶオーパーツ的な扉だ。
「いや、俺は修行するとは言ってないけど……」
「はいはい、そういう言い訳いいから。えっと、たしかこれって……」
モイラはどこからか取り出した本と格闘しているらしい。
なんだろうと思って見てみれば、
「説明書かよ! しかも紙!」
「しょうがないじゃん。あんま使ったことないし。えっと、これをここで操作して。えっと、レベルはデス級で地獄の超特訓-粉砕・天災・大満載-24時間コースでいいよね。はい、じゃあはじめ」
「おい、ちょっと今、聞き捨てならない単語が出たんだが!?」
文句を言う間にも、景色が変わる。
外と同じ森。
いや、それよりもっと激しい。俺の倍はあるだろう巨大な木々が林立し、遥か向こうには高くそびえる巨大な山岳が見える。
太陽は中天にあって、ギラギラと容赦なく熱線を浴びせてくる。
ズシンズシン
何か巨大なものがやってくる音がした。
もうすべからく嫌な予感しかしない。
『ギャァーーース!』
耳をつんざく大音声。
何が、と思う間にも、それは木々を薙ぎ払いながらも姿を現す。
ゆうに俺の3倍以上はある巨大な体は、くすんだ色の鋼のような皮膚を持ち、その凶暴な歯はすべてを貫くドリルのように鋭い。
立派な体躯に反して、その両手はとってつけたおもちゃのように小さいが、それが逆にその物体の異様さを語っている。
俺はその存在を知っている。
だが当然のごとく、見たことはない。
図鑑とか、映画とか、そういうので見たことのある存在。
ティラノサウルスだ。
「はぁ!?」
しかもその奥には巨大な山のようなステゴサウルスに、空を飛ぶプテラノドンも見える。
あと名前は知らないけど首の長い巨大なものも。
まだこっちには気づいていないが、こんなところにいたら確実に殺されるのは間違いない。
「じゃあ、頑張って生き延びてねー。ばーい」
呆気にとられる俺の後ろで、軽口を叩きながら扉から出ようとするモイラ。
「ちょ、ちょっと待て! 死ぬだろ! これ!」
「大丈夫大丈夫。君ならなんとかなるから」
「そういう問題じゃ――」
「ま、大変だろうけど。ガチャチケットをちょっと送っといたから。それでなんとかしてよ。24時間後にまた来るから」
俺の制止もなんのその。
モイラは俺の目のまえで扉を思いっきり閉めた。
そして次の瞬間には、すっとそこに何もなかったかのように扉がフェードアウトして消えてしまった。
帰れない。
その事実が思いっきり心にのしかかってくる。
確かに強くしてくれとは言ったけど、こんなハードでスパルタなものは望んでないんだよ。
てか何が姉さまよりマシだよ。
これなら滝つぼに叩き落された方がなんぼかマシだ。
てか絶対死ぬ。
為せば成るとかそういう次元を超えてる。
恐竜の咆哮。
こんなところで1日過ごすとか……。
「う、嘘だろ……」