閑話6 イトナ(星間世界)
不意に目が覚めた。
暑いわけでもないのに喉がカラカラだ。
「水……」
確か寝室にはウォーターサーバーがあったはずだ。
それで一気に気分をリフレッシュしようとして、それがないことに気づく。
「そうか、ここって……」
ここは自分の部屋ではなかった。
どこか、地上の小屋の中。
体が重い、重力のある世界。
ということは、ウォーターサーバーはすぐそこにはないということ。
確かあのモイラに水の場所は教えてもらった。
外の小川の水はきれいだから、と言われて、殺菌処分されていない水をそのまま飲むのかとかなり驚いた。
けど、恐る恐る飲んでみたそれは、確かにおいしかった。
あたしたちがいつも飲んでいるものは、水ではないと言われても納得してしまうほどのさわやかさ。
その時、あたしは初めて『自然』という言葉を認識したような気がする。
あの死の空間では味わうことができなかった、生きている世界。
停止しているのではなく、進んでいると実感するこの世界が、なんとなく気に入ってきた。
ただ、気に食わない点もある。
水を飲むのにも外に出ないといけないこと。
何より、この世界に来た原因というのが、あのリオだということ。
彼が出て行って、無事戻って来た時は心底ほっとした。
それは単純に彼の無事を安堵しているのだが、もう一方では、彼が自分のいないところで死ななかったことを安堵していた。
あれほどの裏切りをしたのだ。
その罪は償うべきで、あたしの前以外でリオが死ぬことはあってはならないと思っている。
わがままだと思っている。
けど、それがリオに対しての、あたしの家族を、家を奪ったあの男に対しての復讐になるというのだから。
ただ……最近とみに思う。
あれは本当にリオなのか。
本人は否定している。
けど、見た目はリオ以外の何物でもない。
だから彼はリオだ。
けどどこか違うという気もする。
そこが分からない。
分からないから、明日からはべったりくっついてあいつの本性を暴いてやろうと思う。
「そういえば、寝てるのよね……」
木材で作ったバリケードの奥。
その狭い区画に、今、彼が寝ている。
それを思うと、一時期の距離の近さを思えば、少し胸が高鳴る。
今までも同じ艦の中で暮らしていたけど、同じ部屋で寝るのは初めてだ。
それがなんとも背徳的で、なんとも言い難い高揚感がある。
そう考えると、彼の寝顔というものは見たことがないから、この際だから見てしまおうといういたずら心が出てくるわけで。
それは彼に対する恩讐の念とはまた別のところにあるわけで。
「おっとー、ふらついちゃった。あー、バリケードも少し倒しちゃったなー」
よし、言い訳も完ぺき。
だから彼の寝顔をじっくり観察してやろうと思い――
「あれ?」
いない。
彼が寝ているべきところに、彼はいない。
なんで?
分からない。
確かなのは、彼はここにいないこと。
考えられる原因は、あたしみたいに喉が渇いて外に飲みに行ったとか、寝相が悪くて外に出てしまったとかそんなところか。
あるいは――
「あたしと寝るのが、そんなに嫌か!」
訳の分からない苛立ちが全身を支配する。
そう考えると、もういてもたってもいられなかった。
のどの渇きも忘れた。
だからそのままけ破るように、ドアを開けると外へ。
外は真っ暗、というほどではない。
空に浮かぶ月が大地を照らす。
月なんてものは、ただのいち小惑星でしかなかったのだけど、こうやって地上から見るのはまた何か違って神秘的。
そんなノスタルジックな感傷を抱きながらも、リオを探す。
水飲み場にはいない。
ならどこだろう。
そう思って、1つの可能性を導き出した。
モイラ。
あの女のところにいったのではないか。
あたしがいるのに、なんであんな女のところに行くのか。
そう思うといてもたってもいられない。
暗がりの中を探す。探す。探す。
リオは見つからない。
けど、もう一人の探し人は見つかった。
「あれ、なにしてんの……?」
相変わらず眠そうでやる気の感じられない声。
モイラが立っていた。
「リオはどこ?」
そう詰め寄ると、最初は不思議そうな顔をしていたモイラが、あー、と何かに納得した様子で、
「そういうことね。大丈夫だって。別にとって食いやしねーって。あんなの対象外すぎでしょ」
「べ、別にそういう意味じゃ……」
「違うの? あーん、あたしの大事なレオがー、とかって考えちゃったんじゃないの? ははっ、純粋というか、夢見る乙女は違うねぇ」
「だからそういうのじゃないの! あいつは、その……あたしが殺すまで生きててもらわなきゃいけないの!」
「はぁ、そういうのヤンデレって言うんだって。姉さまが言ってた。そいつらは愛する者のためなら、誰が傷ついてもいいって思考してるって。自分も含めてね。つまりたいがい、頭のネジが1本か2本ぶっ飛んでるから気をつけろって。確かに分かるなー」
「だから違うっての!」
本当、こいつと喋ってるとイライラしかしない。
一時、打ち解けそうになったけど、やっぱダメ。
「そんな雑談どうでもいいの。リオはどこ?」
「はいはい、そうがっつくなって。すぐそこにいるからさ」
「すぐそこ? いないじゃない」
遊んでるのか?
イライラが倍増した。
「あぁ、今のイトナには見えない。そういう風になってるから」
意味が分からなかった。
「じゃあイトナにも見えるよう可視化しようか。ほら、ここに愛しの彼がいるんだよ」
そう言って、モイラはパンパンと手を叩く。
すると、今まで何もなかった空間に、突如として扉が現れた。
早業? それともマジック?
分からなかったけど、そこにリオがいるってこと?
「ま、百聞は一見に如かずということで、さっそくご案内ー」
モイラがその閉じた扉を開く。
するとその奥から、1つの影が姿を現す。
それは――
「んぁ? あれ、なんでいるの?」
ボロボロの服にやつれた顔。
ところどころ赤くなっているのは血か。
リオがそこにいた。




