第15話 一時休息
「くそ、なんなんだあの連中は!」
外に出ても怒りが収まらない。
自分らだけ楽しんで、辛いことはユノに押し付けるあの神経。
理解も納得も共感もできない。
俺は前を歩くユノにその思いを吐露する。
「ユノも怒るべきだ。あんな理不尽、突っぱねてやればいい!」
「いえ、そんなことはできません」
「なんで!」
「私が手伝うと、いっぱい失敗しちゃうので。だから簡単な仕事を、やらせてもらってるんです」
「簡単とか。そうじゃないだろ! あんな無理したところで、無駄なだけだ。あいつら、ユノをいじめてからかってるんだって分かってるだろ!? それなら――」
「リオくん」
「なんだよ、アモス」
言葉の最中にアモスが割り込んできて、そちらに怒りの矛先が向いた。
けどアモスはやんわりとした口調で、
「あまり知りもしないで、そうやって意見を押し付けるのはよくない」
「それは……」
「ボクも馬鹿じゃない。村の連中がユノくんをよく思ってないのは分かるよ。けど、ユノくんの立場に立った時、どうだい? もしそんなことを言えば、もうこの村には住んでられない。先ほど聞いたよね。ここには彼女のお母さんのお墓があるんだ」
そんなもの捨ててどっかへ行けばいい。
そう言えればどれだけ楽か。
けどそれは、やっぱり俺が完全に部外者で。母親がまだ存命で。独りで生きていくことなど想像もつかない甘ちゃんだから言えることだ。
俺がいじめられてた時。
母さんの言葉に救われたけど、あの時の俺はやっぱり『人の気も知らないで勝手に言って』という気持ちはあった。
それと同じことを、俺はユノに言っていた。
さらに言えば、それは理不尽から逃げることを勧めているわけで。
何も罪もない善良な人間が、理不尽に屈して没落することを助けているわけで。
そんな最低な行為をしようとしている自分に、心底がっかりした。
何より、ユノを知らずに傷つけていたことが、本気で哀しかった。
「ごめん。部外者が勝手なことを言った」
「いえ。いいんです。心配してくれてありがとうございます」
礼儀正しく頭を下げるユノ。
俺の方こそ頭を下げるべきなのに。
彼女はどこまでも優しくて、純で、素直なんだろう。
何も言えなくなった俺は、黙ってユノのあとをついていく。
到着はすぐだった。
「あ、ここです」
「……え?」
と、示されたのは、一件の小屋。
と言えばログハウスのホテルみたいなイメージが沸くかもしれないけど、そんな上質なものじゃない。
広さはそれなりにあるものの、朽ちた板塀で作られ、突風でも吹けば倒れそうなほどボロボロの小屋だった。
ユノが扉を開く。
そこは6畳ほどの小さな部屋。
小さなランプで照らされたその室内には、薪やわらが積んであり、その横には農具らしき鍬やらスコップやバケツといったものが乱雑に置かれていた。
「これってもしかして……」
そうつぶやく俺の頬は引きつっていただろう。
うん、というかこういった建物を俺はこの言葉でしか表せない。
「物置、だね」
アモスがそれを口にした。
どうやらそう思ったのは俺だけじゃなかったようで一安心。
いや、納得はできないけど!
「だよなー! え、マジ? ユノ?」
「あ、あの。えっと、ごめんなさい。裏の建物ですから、ここしかなくて」
「うわ、あの爺さんすげぇ。ここまで徹底したいじめは初めてだ。こりゃ食事も期待できないぞ。毒でも入ってるんじゃないか?」
「いや、違う。これは村長さんが試しているんだ。このボクに真の大魔法使いの器量があるのかと。こんなもので怒っていては冷静な判断ができず、魔力も練れずに志半ばで果てるということを教えてくれたに違いない」
「いや、ねーから」
どんだけポジティブなんだよ、アモスは。
と言っても、どこの誰とも知れない相手に寝床を与えてくれていると考えれば、文句も言えない状況だ。
というよりこの数日で、俺もすっかり野宿に耐性ができてしまったらしい。
あの死の世界を思えば、はるかにマシだ。
それに、ここでごねてもユノを不安がらせるだけだし。
「あの、でしたら私の家にでも……」
「いやいや、レディの部屋にあがるなんて無粋はしないさ」
アモスが言ってくれたけど、その通りだ。
てか今日会ったばかりの男2人を入れようなんて、この子の慣性、大丈夫か?
それだけ優しいと思えばいいのかもしれないけど。ちょっとズレてる気がする。
「ま、いきなりだったし。ただ、明日はちゃんと宿を探そうぜ。今日はもう疲れた……」
「そうだね、そうしようか」
俺の提案にアモスが何度もうなずく。
「では、私はこれで。もう少ししたら、ご飯をお持ちしますので」
と言いながら、女中さんのように頭を下げて、静かに出ていったユノ。
彼女の姿が見えなくなって十数秒。
緊張の糸が解け、疲労もあって俺はその場にへたり込んだ。
「はぁ……疲れた」
ユノの前でこれ以上無様な姿は見せたくなかったから、なんとか立っていたけどそれも限界だった。
「ふっ、だらしがないな、君は。これくらいで悲鳴を上げてては、今後の戦いに生き残れないぞ」
「いや、お前もちゃっかりくつろぎモードじゃないか」
置いてあったわらに、どかりと腰を落としてそのまま寝そべるアモス。
中央に置かれたランプは、部屋の隅までは照らしてくれない。
この物置然とした部屋で、それはなかなか恐怖を掻き立てるようなシチュエーションだ。
気にしてもしょうがないんだけど、疲労した体と何もすることないこの暇な時間にはなかなか耐えがたい。
とはいえ寝るにしても、何かをお腹に入れないとまともに寝れない感じがする。
それからは空腹との戦いだった。
すでに疲れ切った俺たちは、ごろんとわらの上に寝転がり、何をするわけでもなくただぼうっと過ごす。
どれくらい時間が経っただろうか。
「お待たせしましたー」
ノックの音とユノの声に、ハッと目が覚めた。
またも寝ていた――というより意識を失っていたようだ。
ドアが開き、ユノがトレイを持って、のそりと起き上がった俺たちの間にそれを置いた。
そこにはパンが4切れと、肉のかけら、そしてスープらしきものが入ったカップが2つ。
しかも冷めているのか、湯気も出ていない。
「これだけ……?」
「えっと、ごめんなさい」
「あ、いや。ユノを責めてるわけじゃなくてね」
そう、ユノを責めてもしょうがない。
とはいえ育ちざかりの俺だ。足りるかな。
ま、すぐ寝れば空腹も紛れる。はず。
「ありがとう、遠慮なくいただくよ」
「はい!」
ユノがこれ以上ないくらいの笑顔でうなずく。
うわー、可愛いぞ。
ヤバい。直視すると顔がにやける。
こんな可愛い子とお近づきになれるだけで、なんかもう幸せだ。
美月もイトナも美人だけど、色々と性格がなぁ……。
どっかでデレてくれればいいんだけど。
「食べ終わったのは、ここに置いておいてください。明日、回収しますので。それでは、今日はありがとうございました。おやすみなさい」
おやすみの挨拶までして、ユノは出ていった。
惜しい気がしたけど、この時間だ。仕方ない。
それにまだ時間もある。
焦らずに距離を縮められたらいいなぁ。
ピロン
不意に端末が鳴った。
見れば、例の『女神デバイス』のプッシュ通知。
電源をつけると、起動しっぱなしだったからか、すぐに開く。
そして、画面に表示される「クエストクリア」の文字。
そっか、そういえばそんなのがあったな。
疲労ですっかり忘れていた。
報酬は確かワンコインと、ガチャチケットだったか。
せっかくだし引いてみるか。
直付与されているらしく、ガチャ画面に飛んだ。
「ん、食べないのかい?」
スマホをいじくっている俺に興味を抱いたのか、アモスがパンとスープを片手に問いかけてくる。
「ん、ちょっと確認を。あ、残しておいてくれよ」
「はいはい。取らないよ」
うん、やっぱりこれはご飯を後回しにしてでも先に回さないと、気になるからな。
そしてガチャの結果は――
「なんだ……アビリティ? 『危険察知』?」
スキルでなくアビリティ。
発動させるものではなく、自動発動のスキルか。
しかし危険察知とは。
使えそうだけど地味、だよなぁ。
まぁ最初のクエストだし、こんなものか。
妥当っちゃ妥当だけど、なんだか自分のガチャ運が信じられなくなってきた。
というわけでガチャもし終わって、ようやく俺も食事に入れると思い、スープを口につけた途端――
『アビリティ発動。危険察知』
「え?」
何が起きたか分からない。
ただ頭に警報のような声が響いただけ。
アビリティの危険察知って……今手に入れた奴か?
それが発動するとか。
でもなんで?
今俺がやろうとしたことは、スープを飲もうとしただけで――
『アビリティ発動。危険察知』
これだ。
スープを飲もうとするとアビリティが発動する。
それはつまり、このスープが危険ということ?
けどなんで?
嫌な予感。
それは理屈じゃなく、完全に感覚によるもの。
このスープは、ダメだ。
いや、俺だけのものじゃないはず。
だったら――
「飲むな!」
「え?」
俺が突然声を張ったせいか、アモスがきょとんとしている。
だがスープはすでにほぼ飲み終わっている。
「おいおい、どうしたんだい。いきなり大声出して。飲むな? このスープのことかい? それがどうしたのさ?」
「いや、その……」
とはいえ、どう説明したらいいものか。
俺だってこのスープが危険なものだとは思っていない。
けどアビリティ。
これがどうも嫌な予感を俺に押し付けてくる。
このスープは危険だと。
試しにパンを食べてみる。
何も起こらない。
やはりスープだ。
「このスープ。何かが入ってる。よくないもの。だから、飲まない方がいい……ような気がする」
「そう言われてもなぁ。特に何もなかったよ? てかもう飲んだ後だし」
「ん……けど」
「もしかしてあの村長さんたちがボクたちに毒を? そんなことして何も意味があるのさ?」
それは確かにそうだ。
あの村長さんたちが、俺たちをどうこうする理由がない。
だって今日、つい先ほど会ったばかり。
しかもアモスの都会っぷりに感服したような感じだったわけで。
「気の、せいか」
「そうそう。君の気にしすぎだよ。明日になれば何もないって分かるさ。それより今日はもう寝よう。さすがに疲れたからね」
ふわぁと大きく口を開けてあくびをしたアモスは、質素な食事を終えて、ごろんとその場で横になった。
「じゃあ、おやすみー」
食べてすぐ寝るとか。牛になるぞ。
まぁ、俗説だろうけど。
ま、それもそうか。
俺が気にしすぎなのかもしれない。
でも自分はこのスープは口をつけないでおこう。
幸い、まだ水はある。
だからそちらで代用して食事を終えた。
すでにアモスは寝息を立てて熟睡している。
「ま、疲れたもんな……」
俺はどうしよう。
といってもやることもないし、少しでも腹が膨れれば、その後に来るのは眠気。
ぴょん吉が帰ってこないのは気になるけど、まぁあいつも野生に帰りたい時もあるんだろう。
あぁ、思考が鈍っていく。まぶたが落ちる。
「ふぁぁ、俺も寝るか」
そう思ってランプを消し、アモスから少し離れたところでゴロンと寝ころんだところで、
「リオさん、アモスさん! 大変です! 開けてください!」
扉をドンドン叩く、ユノの声が響いた。