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第9話 魔法勝負本番

 なんでこうなったんだろう。

 そう思うことって多々あると思うんだ。


 いつの間にか、自分の意志とか思惑に反して物事が坂道を転がる石のように走り出す。

 それを人は運命とか呼ぶんだろうけど、要はそれってすべて諦めた感じだよな。


 為せば成るが信条になりつつある俺だから、そうやってすべて諦めて運命のせいにするのはいただけないけど。


「では、改めて勝負方法説明しよう。スタートと同時に詠唱をはじめ……」


 この状況。

 この流れ。


 本当に運命のせいにしたいというのはすごく分かる。


 広場の中央。

 そこにいるアモスに向かい合っているのは、なんと俺だ。

 衆人環視の中、なぜか挑戦者になっているのは、なんと俺だ。


 悪い夢なら覚めてくれ。


 ぴょん吉は我知らずを決め込み、俺が引っ張り出されるのと同時に逃げ出していた。

 あいつ……覚えてろよ。


「おい、聞いているのか!?」


 いつの間にか説明が終わっていたらしい。

 アモスが苛立たし気にこちらに向かって吠える。


「ふん、つくづく舐めたやつだな。まぁいいだろう。それもあと少しの辛抱だ。ふふ、少し火力を上げて、お前の顔を丸焼きにしてやろう」


 何が火力がない、だよ。

 ばっちり調整可能じゃねぇか。

 三段ギアじゃねぇか。


「んん? どうした? さっきまでの覇気は? さっきウサギを連れていたな。はっ、ペットは飼い主に似るというが本当だな。びくびくして怯えるさま、ウサギみたいな小動物にそっくりだ!」


 周囲から嘲笑が沸き起こる。


 くそ、なんでこんな目に。

 それもこれもぴょん吉のせいだ。


『普通にやれ。お前なら勝てるぞ。当てられれば、な』


 あいつ、俺が連れ出される間際に耳打ちしてきたけど、なにが普通だよ。

 俺にこんな勝負ができる実力があるわけないだろ。


 普通って何さ……普通って?


「よし、では始めるか。今回ハンデはなしだ。全力で潰させてもらう」


 普通。

 俺の普通。


 ただの高校生で学力は中の下、運動神経は中くらい。

 容姿も普通。家庭も普通。


 そんな普通ばかりの俺が、こいつに勝てる?


「では、スタート! 天空の雷神――」


 いや、待て。

 それがぴょん吉の知っている俺か?


 俺は、俺が普通だということを知ってるけど、まだ出会って1日のぴょん吉に俺の普通を知っているのか?

 だとすると、あいつの言う普通とは。


「おいおい、どうした? 勝負を諦めたのか? 我が呼びかけに答えよ。ほら、もう1節が終わったぞ。あと2節だ」


 あいつと出会ってから、俺は普通じゃなくなった。

 女神とかいうのに色々いじられて、なんかスキルとかを体得した。

 あの巨大な化け物みたいなオオカミとも戦えた。


 スキル。

 そう、スキルだ。


 あれは俺にとって異常。

 だが、ぴょん吉にとってはこの上なく普通なのだ。


 そしてスキル。

 それはこの世界においては魔法。


「怖れよ恐れよ。天の裁き。風の怒り。地の嘆き。すべては我が力に帰するものなり! さぁ2節が終わるぞ? これでとどめだ!」


「なぁ」


「あん?」


「もう撃っていいか?」


「は?」


 えっと、なんだっけ。

 確か――


「レッド、メリクリ……なんとかファイア」


 俺がそう言って指さすと、指先から飛び出した炎が、一直線にアモスに向かって飛ぶ。


「え?」


 アモスが間の抜けた顔でそれを眺める。

 そして――


「ぐぎゃあ!」


 無事、直撃した。


 ……アモスの顔面に。


「ぎゃああああ!」


「み、水! 誰か!」


 アモスの悲鳴にハッとして周囲に水を探す。

 あった。というかこれ以上ない水だ。


「ちょっと失礼」


 暴れるアモスを思いっきり引っ張って、広場の中央――噴水のところに行くと、


「せーの!」


 思い切りぶちこんだ。


 じゅっと鎮火する音が鳴り、バタバタと暴れていたアモスは、やがておとなしくなった。


 ほっ……。あやうく焼殺するところだった。


 と、またアモスが暴れ始めた。

 あーもう。暴れるなよ。水がかかるじゃないか。


「そ、それ死んじゃうんじゃ……」


 あ。


 観客の1人に言われて、あわてて手を放す。

 すると、ばね仕掛けの人形みたいにアモスの体が跳ねるように噴水から飛び出した。


「ごほっ……ごほっ……こ、殺す気か!?」


「いや、ごめんなさい。悪気はないんです」


「殺す気はあったんだな!?」


 むぅ、ああ言えばこう言う。

 こんなことで怒るなんて男らしくないぞ……っても、まぁこんなことされたら普通怒るか。


 と、そんなひと騒動も終えた時だ。


「あれ、結局勝負どうなったの?」「いや、あの少年の勝ち、じゃないか? 早かったし」「え、アモスさん負けたの?」「ぷっ、てか顔面直撃して、ぐぎゃだって……ださっ」


 観客がざわざわと騒ぎ始める。

 アモスにも聞こえていたのだろう。顔が硬直して、歯に圧力がかかっているのが分かる。

 なんか嫌な感じだ。


 さっきまですごいすごいともてはやしていたのに、この手のひらクルーズ。

 本当に、どの世界でもそんなものだ。


 それが、なんとも歯がゆい。


 だって、この男はすごかった。

 さっきに勝負で俺は少し感動した。


 だって、為して成したのだ。


 あれだけエリートとか自分アゲしていたのだから、敗ければすべてを失うのは知っていたはず。

 それを承知の上で、彼は11人もの挑戦者に勝ってきたのだ。


 何も為さない群衆に、それを非難するいわれは、ない。


『黙ってろ! この人みたいに表舞台に立って戦える人間がいるのか? いないだろ!? だったら黙ってろ! 挑戦する勇気が、為そうとする意志がないものが、この人をなじるな!』


 とか言えたら格好いいんだけど。

 異世界に世間体とか何もないんだけど、まぁそこら辺を気にしてしまう現代っ子ということで。


 ま、しょうがないな。

 10万は諦めよう。


「いやー、ごめんなさい。早さを優先してまとが外れちゃったみたいで。それにしてもすごい。もちろん的に当たらないギリギリと見切って“わざと”顔で受けたんですよね? だって、避けないって言っちゃってましたから。いやいや、有言実行。素晴らしいですね」


「え?」


 急に言われたアモスがきょとんとする。

 それに避けない、なんて言ってないし。

 けど言ってないなんて誰にも証明できないわけだから、とりあえず押し通す。


「それに僕の魔法を受けてもちょっと焦げただけでなんともない。これも防御力に自信があるってことですよね。いやー、さすが都会から来た魔法使いさんだ。敵わないなー」


 棒読み? 知るか。

 俺に演劇の経験なんてない。期待するな。


 けど、あの陽明を相手にしてればこれくらいの屁理屈、戯言、口先三寸はお手の物。

 とりあえずこの場は誰も傷つけずに収めるのが最上だ。


「というわけで勝負は引き分けですね。いや、僕の敗けかなー。だってアモスさんはまだ攻撃してないですものねー。はい、というわけでなんか色々言っちゃったけど、すみませんでした。あれは本心じゃなくて、本気のアモスさんと勝負してみたかっただけなんです。ごめんなさい」


「…………」


 まだ茫然とした様子のアモスに、俺は何度かウインクで意志を伝えようとする。

 ここまでお膳立てしたんだ。あとはお得意の自分アゲでなんとかしろ、と。


 アモスは何か複雑な表情を浮かべたのちに、ようやく何かに思い当たったかのように、はっと顔を輝かせると、


「ふふふ、そういうことだ、少年! まだまだ精進が足りないな。今回はその姿勢に免じて許してやろう! この勝負、引き分けにする!」


 と、尊大な振る舞いでまるであたかもその通りだったかのように事実を作り上げてしまう。


 それを見る群衆も、当事者がそういうならそういうことだろう、と判断を放り投げて目の前の事実に飛びつく。

 やがて拍手が巻き起こり、それをアモスが得意そうにそれを受ける。


 はぁ、やれやれ。

 結局賞金のパァ。

 なんというか、骨折り損というか。


「てめぇ、なにイイ感じに終わらそうとしてんだよ! 賞金がねぇじゃねぇか、このボケ!」


 と、いつの間に戻ってきたのか、ぴょん吉が俺の脛にラビットキック。


 それに対して俺はしゃがんで、ぐっと頭を押さえつけてやると、


「お前な……肝心な時にどこ行ってたんだよ」


「そ、それはな……ニンジンの匂いが忘れられなくて嗅ぎに行ったのだ」


 どうでもいい言い訳を……。


 けど、確かにお腹が減った。

 さっきの怒りも、あるいはお腹が減ったせいかもしれない。


「ったく、こうなったらあのインチキ魔法使い野郎をぶちのめしてやろうぜ。賞金は持ってるはずだろ」


 ほんとこいつ。なんて物騒な。


 けど確かにこの空腹はいかんともしがたい。


 ……いや、待てよ。

 そうか、そのやり方はありかもな。


 思ったが吉日。

 帰り支度をしているアモスの横に立つと、


「アモス先輩。俺、ちょっと、お腹減っちゃったなーっと」


 俺もあのモイラを笑えない。

 自分で煽って自分で鎮火して、こうして報酬を得ようとするのだから。


 いいじゃん。

 だって、お腹が空いたらなりふり構ってられないんだから。

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