第12話 再来
翌朝、車中の人となった俺たちは、ファットシさんの運転するジープに連れられて荒野を走っていた。
といっても、天井のないタイプなので、風をもろに食らっている形になるけれど。
それでもこの何もない荒野をひたすらに歩くことに比べれば、天と地ほども違う。
さらに食料と水も完備されているから、干からびるということもない。
俺にとってはそれなりに快適なドライブだったわけだが――
「うぅー、まだだるいー」
イトナは横で寝そべっている。
出発して数時間。ずっとこんな感じだ。
しょうがないとはいえ、どこかしっくりこない。
これがあの夢の中で出てきた、反政府組織の一員と同一人物なのかと。
凛として、格好よく、ある意味憧れた彼女と。
「おいイトナ」
自分の幻想だと分かっているものの、もう少しちゃんとしてほしい。
だからちょっと注意しようと思ってそちらを見ると、
「――――っ!」
寝転がるイトナは、熱いのかジャケットを脱いで丸めて枕にしている。
それによって露わになる。
ノースリーブのインナーからはみ出る肩は健康的でつややか。
そしてそれ以上に角度的に、その、なんというか、上からのぞき込む形になるから……あぁ、要は胸元が見えそうだ。
さらにこちらに頭を向けているため、うなじがよく見える。
普段見えない方向の彼女の姿に、どぎまぎしてしまうのは俺が童貞だからではないはずだ。
とはいえ正直、目のやり場に困る。
「なによ」
「え、あ、いや! なんでも、ないぞ?」
「なんで疑問形?」
「えっと、それはだな……」
「なんか怪しい」
むくりと起き上がる気配。
俺は窓の外に視線を移していたから、その顔を見てはいないがすごい目で睨みつけてきているに違いない。
「吐きなさい。あんたがそう口ごもるのは、ろくなこと考えてないとき。リオも一緒だったわ」
「そ、そんなこと言ってもよ」
「ほら、吐きなさい。さもないと、あたしのレイレイで穴だらけにしてあげようか?」
「え、エネルギー切れだろ?」
「知らないの? エネルギーがなくても最低出力で数発は撃てるのよ。もちろんアーマーなんかは貫通できないけど、その貧弱な肉なら5、6個は開けられるんじゃない?」
「こえぇよ!」
「あっはっは! 仲がよかね。おめたち」
不意に、笑いがはじけた。
前で運転しているファットシさんだ。
「いや、ファットシさん。これは仇敵です」
「いんや、俺には分かる。おめたちはいいコンビだ。巫女様のもとで、すんげぇ活躍するにちげぇね」
「な、なんでこんな奴と!」
「ああ、俺も願い下げだよ。こんな暴力女」
これなら毒舌属性の伊代の方がまだ百倍マシだ。
「何が暴力女よ! この貧弱盗人役立たず男!」
「あー、やっぱり暴力女だ。肉体だけじゃなく、精神まで殴りかかってきたー」
「ぐ、ぐぐぐ! 生意気よ! リオのくせに!」
いや、なんのくせにだよ。
それがどういう意味を持つのか、さっぱり分からんぞ。
イトナはしばらく俺を睨んでいると、ふいにプイっとそっぽを向いてしまった。
はぁやれやれ。
なんでこんな奴とこんな場所でこんな風になっちゃったのかなぁ。
早く元の世界に戻りたい。
そしてこんな世界のことは忘れたい。
「ん?」
と、ため息をつきながら窓の外を眺めていると。
視界の隅に何かを見つけた。
それがよく分からなかったのは、遠くで黒い点でしかなかったから。
それでも、今日もまた澄み渡る青空の中で、黒い点――しかもゴマのようにばらばらと散らばっているから、その異常がよく分かった。
そういえば、昨日もそんな感じで異常だったよな。
確かあの時は――
「まさか……」
「ん、どうかしただ?」
「ファットシさん、右のあれって……」
「ん…………」
運転席から窓を乗り出し、外を見るファットシさん。
危険だけど、こんな車一台も信号一基もない状況で事故もなにもないだろう。
だが、それ以上に危険なものを、俺は見つけてしまったらしい。
ファットシさんは、彼方を睨みつけるようにしていると、やがて――
「て、天死だ!」
そう、叫んだ。
天使。
いや、天死。
それは昨日見た、あの機械仕掛けの死神。
あれが来ると言うのか。
「まさか!?」
「なに!? ちょっとどきなさい!」
イトナが俺を押しのけるようにして、窓にへばりつく。
手じゃなくて体で押しのけるようにするから……その、なんだ。
胸が当たる……こんな時に至福。
「まさか、あの黒いの全部……?」
「逃げるべ!」
「振り切れるんですか!?」
「祈っててくれい!」
つまり危ういということだ。
ファットシさんは、ハンドルを切ると、ギアを入れ替え、天死たちとは逆の方向へと猛進する。
「きゃ!」
窓に張り付いていたイトナが、バランスを崩して俺の方へと突っ込んできた。
イトナの熱を持った体が密着してくる。
再び至福の時来たり、と思ったが、
ガンッ
激しい痛みが顔面を襲った。
というかヘッドバッドされた。
おでことおでこがこっつんこ、というか頭蓋骨が割れそうな勢いだった。
「っつー!」
「痛いわね! あんた邪魔!」
そんな殺生な。
けどそんな理不尽なイトナに文句を言っている暇はない。
それ以上の理不尽が、後方より猛スピードで迫ってくるのだ。
「ファットシさん、奴ら来る!」
「おうおう! つかまっちょれよ!」
さらにアクセルを踏む。
だが後ろからの距離は離れない。むしろドンドン迫ってくる。速い。
「だ、ダメだ……追いつかれる」
「そんな! どうすれば……」
イトナが絶望の声を上げる。
俺もイトナがそうしてなければ叫んでいただろう。
昨日、ファットシさんは言っていた。
この車に武器は積んでいないということ。
そして全速力で追われれば、天死に車は勝てないということ。
なら頼みの綱はイトナのレーザー銃だが、それは俺が昨日使い切った。
あとは…………そうだ、スキル!
端末にダウンロードしていた『女神デバイス』とかいう謎のアプリ。
そこで俺はスキルというものを得ていた。
それもレアリティSSRだからそれなりの強さなはずだ――が。
「あ……」
そうだ。コスト制。
見ればレベルが上がっていた。
1から2に。
昨日、天死を倒したおかげだろう。
だがそれでもコストは2メガバイトになっただけ。
相変わらずスキルをセットできる容量じゃない。
終わった。
進退窮まった。
それは絶望するのに十分な戦力差。
だからどうしようもない時間が流れ、そして前の座席にいるファットシさんがこう俺たちに言った。
「……おめたち。降りろ」