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20/24

Duh

エミは妊娠したことがわかってからは高校を中退することも考えていたが、日本女性の生涯平均賃金を調べてことをきっかけに、今の自分が子供を産むことで失う未来の大きさを知ってしまった。


今のエミが高校生としてはかなり実社会の深いところに意識が向いているのには訳があった。


現代の統計では、日本女性が40年から50年程働くとした生涯賃金の総計は学歴別に、一番長い期間働くことになる中卒の場合が1億3,760万円、高卒が1億4,640万円、大卒・大学院卒が2億1,670万円となっていた。


この中で特に差が大きいのが中卒と大卒で、成功した芸能人やYouTuberは別として日本人の2人に1人が大学に進むことを普通に捉えている家庭に生まれた限りは、そのまま大学に入る方が将来の賃金や選択肢は多くなるはずだと思った。


一度きりの人生には転生も無いし、異世界も存在しないのだ。


もし将来、後悔するようなことばかりになっても、現実逃避して向精神薬やドラッグ浸けになったあげく自死に向かうというような人生を送りたくはない。


今苦手な数式や古文や化学式などは結局生きていく上では使わないものだが、取り組んだという経験が必要なのだと思えるし、同じ年齢の中では偏差値が高い方が選択肢の数も幅も大きくなり、嫌でも付き合うことになる人間たちの層や仕事の面白さが深く自由になると思えるのだ。


高校生が子どもを育てるために全てを放棄することがどれだけ残念で恐ろしいことかを理解したエミは、今回流産してしまったことはこれまでの甘えてばかりで楽なことに流されていた自分への神から与えられた教えのようなものだったと考えることにした。


エミにはタチバナに会って相談する事はもうほとんど無かったし、今さら彼に会っても以前のように眩しい大人の男だと見ることはないと思うのだが、このまま流産してしまったことを知らせずに転校して、もう生涯会うこともメールすることさえないというのも、やはり気がかりだった。


エミが退院した日から2週間ほどして、母の実家から近い富山にある私立の全寮制女子高校への転校が決まった。


富山に行きたくないが、大学に入るまであと1年と数ヶ月だけなので友だちをつくる必要もないし、毎日受験勉強をしていれば良いのだと割りきって考えることにした。


エミは先週くらいから留守のままのタチバナのマンションには時間があってもほとんど寄らなくなってしまっていたのだが、自分の転校先の学校が決まったことは知らせておきたいと思い、久しぶりに合鍵を持って彼の部屋を訪れた。


鍵を開けてすぐ、部屋の中から人の気配がした。


’エミちゃんかい?’

’居たんだ?!‘

‘ごめんよ、長いこと会えなくて…’

’何処いってたのよ?!‘

‘赤ちゃんは、大丈夫か?’

’なによ、何にも知らないんだから!’

‘ごめん、ごめんね…’

’どっか行っちゃって、帰ってこないかと思った…‘

‘そのつもりだったんだけどね…、ごめんよ、もう何処へも行かない’

’ばか!‘

‘ちゃんとするよ、ご両親にも会うし、結婚しよう!’

’赤ちゃん…‘

‘泣かないで、これからは、エミと子どものためにだけ生きるよ、神様に誓う’

’赤ちゃんは…‘

‘3人で幸せになろう、学校も変わるからエミが気まずい思いをしなくて良いんだ、高校は1年でも2年でも留年してから卒業すれば良いんだよ’

’勝手に決めないでよ…‘

‘僕が責任もってエミと子どもを守るから、信じて欲しい…’

’もういいの…‘

‘あと数ヶ月でエミは18歳だ、結婚も出来るし選挙権も与えられる、日本社会では立派な大人なんだから…’

’そんなこと、決めないでよ…‘

‘泣かないで。驚いたかもしれないけど、大切な僕たちの子どもの生命がここにいるんだから…’

’…‘

‘エミのこと、大切にするよ。家族が出来るんだと思ってからは覚悟も出来てきてる、大丈夫だよ!’

’なんで…‘

‘遊びのつもりなんか無かった。でも、急に家族が出来るなんて思わなくてさ…、エミ、ホントに居なくなったりして、ごめんよ…’

’今さらなによ…‘

‘もう僕はどこへも行かない、エミとずっと一緒だよ!’

’…‘

‘泣きたいだけ泣いて良いよ、これからはずっと一緒だから’


抱き締められるたびに心があたたかくなって、胸がいっぱいになったりドキドキしたり熱くなっていた以前と違って、一方的にタチバナに抱き締められたエミにしてみれば、

急に激しく揺れた満員電車で倒れかけたところを知らない男に抱き寄せられてしまったかのような、ありがたいようなキモいような感覚しか持てなかった。







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