セルフ·ビリーフ
エミはベッドに横たわりながら手足も普通に動くし頭もスッキリしているのを確認して自分の心がかなり落ち着いてきているのが分かったが、一方では、身体の中心部を掻き回されて空っぽになったあとに中綿をめいっぱい詰められたぬいぐるみのような妙な感覚を常に感じ、痛くもないのにとても恐くて、お腹周りの筋肉だけは使わないように力を抜きながら足や腕で支えてお尻を浮かすように下身体を動かしていた。
若いエミの身体は、一日中眠って次の朝病院のベッドで目が覚めるたびに元通りの健康な状態に戻っていくのを実感させてくれた。
病室に付き添ってくれている母は、毎日機会をみては何度もエミを妊娠させた相手が誰なのかを聞いてくるが、エミが数分間黙ってうつむいていると、もう辛いことは思い出さなくてもいいのかもね、と言ってすぐに話題を変えてくれる。
この母が生涯このままタチバナのことを聞かずに済ませてくれるとは思えないが、いま両親が全てを知ってタチバナのマンションに乗り込んで大騒ぎになるのは絶対に避けたいので、自分がタチバナに会うのは両親に話すより前でなければと思い、エミはなんとか頑張って黙秘を貫いていた。
エミの母は、
もし我が子がレイプされて望まぬ妊娠をしたのなら忘れるしかないけれど、関係を持つような付き合いをしていたあげく流産したのに相手の男だけ知らん顔しているなら絶対に許すことは出来ない、と考えていた。
また、噂が日に日に膨らんでいるPTAには二度と顔は出せないけれど、レイプ事件として警察の取り調べを受けたり世間に知らせるのはエミ本人だけでなく家族のためにも絶対にNGだし、もし付き合っている男が学内の生徒なら、保護者として相手の両親とも話しをしなければならない。
いずれにしてもエミからは出来れば早めに、あるいは退院してからすぐにでも転校する前に事実を聞き出さなければならないと思っていた。
世の中では良いことも悪いことも目立っては大損なのだと中学生のころから周りを見て知っている。
変わったことをすると、みんなから影でバッシングされて暗黙知ではじき出される‘水に浮かぶ油’になるのだ。水でいればおかしなことや悪いことをしても無責任で済むし正義になるのが社会なのだ。
エミのことを油にしないようにしなければまずい…。
エミの父は高校生になるまでなにかと父親に暴力を振るわれていた。
中学生になると本当に歯向かえば自分の方が父親より力もあるし倒せるだろうとわかっていたが、可哀想なので黙って殴られていた。
しかしその度に母親は家を飛び出してコンビニに行ったりお風呂に入ったりして父親が殴ることに満足して冷静になるまでの半時間を避けて過ごして、自分をかばってくれることは無かった。
父は自分のティーンエイジャーの頃大人になって家を出る日を待ち望んで過ごしたので子供とはそういうものだと思っている。
娘二人には手を上げたりしないが、必要以上にお金を渡すこともないし遊園地や旅行や遊びに連れていくこともないし外食もしない。
家庭にはたいして期待がなく世間並に自分の職場と趣味が守れるように生きていられれば満足だった。
高校生の娘から一方的に自分の平穏な暮らしに傷をつけられるのは絶対に許せないと思っている。
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タチバナは入院していてしばらくマンションに帰っていなかったが、退院したもののしばらく学校にはいかなくて良いエミが一人で部屋に来ていた。
この部屋に人が暮らしている気配がないことはエミにもわかり、メールもLINEも電話も繋がらないタチバナに何かあったのかとまた不安になっていた。
今のエミが頼りになるのはあのサイトしかない。
「守破離」から的確な添付小説つきのアドバイス返信が来るように、自分の現状を詳細に整理して書いてみた。
エミは書き出した自分の出来事を客観的に読んで、この女子高生は全部の経験を生かしてやり直さなければならない、と確信した。




