第9話 敵襲
ミケルのサインを受けて俺は武器を構え、戦闘服を着こんで外に飛び出す。
ミケルは先行して敵の方向を教えてくれているので双眼鏡で状況を確認する。
刈り取られた森部分でカイルが何かと戦っている。
「……虫……か? それに……犬?」
カイルがかばう様に立ち回っている先にはおびただしい出血をした犬の姿があった。
まだ堀の外だが、今のカイルに敵を打ち倒す力はない。
カイルの敵、ムカデのような……認めたくはないがテラバグに近い化け物を倒す必要がある。
考えるよりも動かなければ、カイルは子犬の姿で敵を翻弄してくれているが、急がなければいけない。
「出来れば、作った武器で倒してみよう」
携帯している銃で戦ってもよいが、この先のことを考えればこの星で自作した武器で倒したい。
俺は覚悟を決めて家から飛び降りて現場へと走り出す。
「まずは鉄剣!! おらああああ!!!」
木柵を踏み台に大きく跳躍し、大ムカデに斬りつける。
ベキッグチュッ……刃物で切ったというよりは、重量で叩き潰したように節の一つを砕いた。
「グギャギュギャギャ!!」
聞くに堪えない気持ちの悪い声なのか何なのかを上げながらのたうち回る大ムカデ、しかし、俺の知るテラバグたちはとにかくしつこい。
体を半分にされても襲い掛かってくるので油断は出来ない。
慎重に鉄剣を用いて各所を砕いていく。
俺の力と鉄剣の重量で大ムカデの外殻は破壊可能、途中武器を鈍器に変えたが、そちらの方が潰しやすかった。節と節の間を狙うならば鉄剣の方が優れている。
いろいろと研究も兼ねて大ムカデを破壊していくと、流石に動かぬ死体へと変わっていた。
「そういえば犬の方は?」
カイルとミケルは血だらけの犬を見守るように座っていたが、すでに2匹の犬によく似た動物は息絶えてようとしていた……茶色い毛色のよく似た二匹は血によって真っ赤に染まっている。
「駄目か……」
傷などを確認すると、とても治療できるものではない、内臓からの出血、引き裂かれた腹壁からの出血量、どれもが逃れられぬ死を表していた。
俺がせめて楽にしてやろうと近づくと、ミケルが尻尾を巻き付けてくる。
「なにか……いる?」
耳を澄ますと、
「ミューミュー……」
二匹の間に小さく動く塊がもぞもぞと動いていた。
その数4。
「そうか、この子達を守っていたんだな……」
今にも途切れんばかりの意識で母親は子供たちに最後の乳を吸わせていた。
「偽善かもしれんが、出来る限りのことはしてやるから、ゆっくりお休み……」
気がつけば目から涙がこぼれていた。
子供たちが乳に満足して寝息を立てるのとほぼ同時に、二匹は息を引き取った。
それから俺は大急ぎで子犬を育てるための準備をしていく。
生後間もない子供たちのために小屋づくり、温度管理をしっかりして凍死させないようにしなければいけない。わずかに歯が見える程度の乳飲み子に与える乳は自分用の粉末状の物があった。
ついでに俺は牛乳が苦手なので、所謂乳糖が入っていないタイプを持っていたことは幸運だった。
哺乳瓶は作りようがなかったが、皿に作ったミルクを4匹は必死に飲んでくれていた。
下の世話も少し手伝う必要があった。その結果4匹は♂が3匹、♀が1匹なことが分かった。
基本的に子犬たちはミルクを飲んで、おしっこウンチをして、寝て過ごしてくれた。
俺はその合間にこの拠点での作業をすることが日課になっていった。
あの二匹が見守ってくれたおかげか、4匹はすくすくと成長して、今では俺が狩りをした肉と少量の野菜で調理したフードをガツガツと食べている。
すでにトイレは専用の場所を作ってきちっと自分でそこへ行って排泄するようになっている。
カイルはまるで兄のように世話を手伝ってくれた。
ミケルも4匹のいい遊び相手になっていた。凄く迷惑そうに……
こうして、俺にはまた仲間が増えた。
家畜としての鳥と豚、それに犬。
鳥も何羽か孵化してくれたし、豚もどうやら妊娠してくれているようだ。
いいことだけではなかった。あの巨大虫、テラバグとにた存在と時々遭遇するようになった。
形態は様々だが、どうやら動く者はとりあえず敵視して襲ってくる。
拠点の防衛を一段と強化する必要が出てきていた。
「とりあえず柵から壁にして、上部を移動できるようにして、堀も深くしたし、各所に高台をつけて固定式の弓も作った。投石器も置いたし、以前よりはだいぶ形になったな」
実は高所に監視塔を作ったことで、光発電システムが効率化され拠点のエネルギー事情が改善している。同様に風力発電も粗末ながら起動しており、使用する電力が少ないこともあってホープへの電気エネルギーの融通が可能になっている。ホープ自身が蓄電能力を持っているので、比較的安定して電気を使えるようになった。
最も、ホープの修復は相変わらず遅々として進んでいない。
それでも鉄資源や銅資源の一部も融通できており、可能であればカイルとミケルの分体が補修している部分を置換して二人が元の姿を取り戻していってほしいのだが、なかなか先が長い話になりそうだ。
「よし、狩りに出るぞー」
俺が声をかけると4匹の塊が小屋から飛び出してくる。
アイン、ツヴェイ、トライ、カエデだ。
みんなそっくりで茶色の毛並みだが、アインは背中、ツヴェイは前胸、トライは右目の毛が白い。
カエデは全身白っぽいクリーム色と簡単に見分けられる。
この星で出会った仲間はとても賢く、俺の狩りを助けてくれている。
「というか、楽すぎるな……」
男三人衆が獲物を俺の目の前におびき出してくれて、それを俺が撃つだけだ。
森の中にはたくさんの野生動物がいた。
ウサギ、シカ、イノシシ、キジ、ドバトなどなど、どれもそれっぽいんだが、ほぼ俺の知っているそれだ。
持ち込んだ野菜たちも畑で無事に育ってくれている。
イモ類はすでに食卓に上がっているが、森の中でも様々な物が手に入った。
「……サバイバルなんて言ったら怒られるなやっぱり……」
俺の生活は、完全に余暇のそれと化していた。
たまに虫が襲ってくるが、宇宙で戦った強大で強靭な虫程でもなく、いまのところ用意した鈍器で潰されるだけになっていた……
緩みきっていた自覚はあったが、罰が当たることになるのは、少し肌寒い風が吹いたころだった。