美しき砂漠の国で
多勢に無勢。だが強行突破は出来ないこともない、と何やら不穏な言葉をアスコットとルティウスさんが言っていたのを聞かなかったことにして。
ひとまず、何が起こっているのか知るため、様子を見ることにしました。
本当、訳わからないですからね!私が何したって言うんですか。家出くらいしかしてない…はず。
それに、まだまだ勇者としては駆け出しの身の上。国家権力に喧嘩売るのは避けておいた方が良いとの結論から、大人しくミレア女帝についていくことにした…訳なのだけれど。
アズベラ迷宮よりさほど遠くない、アリスティシャ帝国帝都カラカサの中央にその宮殿はあった。
フェルトリーリエ王国の王城とは違い、どこまでも開放的に見える左右対称の造り。
庭には南国の花が咲き乱れ、貴重なはずの水をふんだんに使った大きな噴水がある。
幾何学模様を駆使したガラス飾りがあちらこちらに飾られ、幻想的な雰囲気だ。
そう、ここはまさしく女帝が住むに相応しい宮殿。どこまでも華やかで優美。
その宮殿に相応しく、女官や侍従たちの装いも鮮やかだった。溢れる色、色、色!
驚きとともに、宮殿を眺めていると、輿の上からミレア女帝がひょっこりと顔を出す。
「どうじゃ?わらわの宮殿は。美しいであろ。ここには美しいモノしかない」
うっとりと、陶然とした顔をしたミレア女帝に、なんだか寂しさを感じてしまう。
確かに美しい。けれど、大切なのは美しさだけではないはずだ。
なんとも言えない気持ちになりながら、宮殿の謁見の間へと通される。
もちろん、周りには蟻一匹逃がさないとでもいいたげな兵士たち。
システィシャさんはいまだに目覚めない。まあ、まる1日は目覚めないとかルティウスさん言ってたし…。後で起きた時に絶対すごく怒るだろうなぁ。今から謝罪の言葉を用意しておこう、そうしよう。
「ね、ここなんかおかしくない?」
「おかしい、って?」
「なんだか綺麗すぎるのよ。あ、見た目ってだけじゃないわ。魔力の流れというか…」
こっそりと、アスコットが小さな声で、周囲を探るように見渡しながら囁く。
「人の持つ魔力はそれぞれ波長が異なるわ。だから普通なら、どこかで魔力同士が反発しあったりしているはずなんだけど」
「ご主人様、気を付けてください。きっと…」
何かを言いかけてマル君がぎゅっと私の手を握りしめる。マル君は元は剣だから、その手は少しヒンヤリとしていた。
その手をそっと握り返しながら、自分自身に落ち着け、と呼びかける。
相手の空気に呑まれてはだめだ。いつだって、冷静に、目を逸らしたら負け。
シャーナ姉様やアルフ兄様に幾度となく教わったことを思い出す。
どこかに突破口はあるはずだ。
「まあいいわ。魔女を身の内に入れたのが運の尽きよ」
さりげなく、アスコットが自身の髪の毛を1本引き抜き床へと落とした。
アスコットのアプリコット色の髪が真っ白に磨き上げられた床の上でくるりとまるまる。
怪訝そうな顔をしたルティウスさんに、不敵にアスコットが笑った。
「これで、少なくとも宮殿の謎は解けるはずよ。まずは敵の正体を知らないとね?さ、マリアベル。あんたは一応学院にいたんだから、勿論答えはわかるわよね」
…いや、わからないです。とか答えたら、アスコットにぶん殴られそうなので、神妙な顔して頷く。
魔力の反発が無い、綺麗な魔力の流れ。その事実が指し示すのは何か。
苦手な魔法理論の授業を思い出して頭が痛い。
人同士の魔力反発はどうしても起こる。
魔力反発を抑えることが出来るなら、我が国の『運命の赤い糸』なんてとうに廃止されているはずだ。魔力反発があるからこそ、出来るだけ魔力反発の少ない、相性のいい魔力を持つもの同士を選び出す訳で。
では、これは一体どういうことなのだろう。
―実際には人がおらず、全てが魔力で操られているとしたら。
だが、そんなことは可能、なのだろうか。
大きな魔力を持つものがいれば不可能ではないかもしれない。
けれど、それがどれ程のものなのか難しさなのか、魔力の無い私にはわからない。
(…ルイ様…奴なら軽く出来ちゃいそうですけども)
あらためて、奴の恐ろしさを感じながら、もう一度考えを纏める。
魔女や魔法使い―魔力の扱いに長けた人は、魔力の流れを読むことができる。特にアスコットは繊細な魔力の扱いを必要とする召喚術に長けた、魔力の扱いが得意な魔女だ。
そして意図して切り離された身体の一部は他の魔力に反応するようになる。
もし、予想通りに大きな魔力の持ち主がいるならば、アスコットの髪の毛が示す先に、この宮殿の謎の答えがある訳で。
私の考えていることなんてお見通しなのだろうか、アスコットは上出来よ、とでも言うように軽くウィンクをした。
「それにしても、あたしの知る限りじゃ数年前までおかしな噂はなかったはずよ」
ルティウスさんが眉間に皺を寄せつつ、そう言ったのとほぼ変わりなく。涼しい鐘の音が謁見の間全体に響き渡る。
それとともに、玉座の裏、幾重にも薄絹の垂らされた奥から、先程よりもさらに豪奢に着飾ったミレア女帝が姿を現した。ミレア女帝が歩く度に、シャランシャランと軽やかな金属の音がする。
あんなにも装飾品を付けて重くないのですかね。素直に感心してしまう。
ミレア女帝のすぐ後ろには、端正な顔立ちの、けれどもどこか薄気味悪い顔をした男が一人付き従っていた。
その男が、こちらを見て、ニタニタと嫌な笑顔を浮かべたような気がした。
目が合った瞬間、ゾクリとする。まるで心臓が掴まれたかのような。マル君が、私に抱き着く。大丈夫だよ、とでも言うように。途端に、不思議と安堵した。
「皆のもの、またせたのぉ」
そう思うならば、長々と衣装替えなどしていないで欲しい。
とは、思っていてもいえないもので。
女帝の登場に、一斉に皆頭を下げ、礼をする。
フェルトリーリエ王国式の礼だが、シャーナ姉様直伝の作法だ。形だけは完璧なはず。
「ふむ、勇者になりたがった愚かな小娘は…いや、もう勇者になったのであったのぉ、マリアベル」
まるで射るかのような強いミレア女帝の眼差しを感じる。
しかし、どう考えても、そんな視線を受ける理由がわからない。私はミレア女帝と面識すらない訳だし。
フェルトリーリエ王国にいた頃は、王太子であるルイ様の許嫁だった私ですけれども、ルイ様の意向で国外の王侯貴族とはほとんど繋がりを持つことはなかった。
こんな恥さらしの許嫁を、他国に知られる訳にはいかないから…って、少し前までは思っていたけど。
うん、深く考えてはいけない気がする。と、今はそれどころじゃない。
そもそも、夜会ですらまともに出ていなかったから、国内の貴族すらも名前は知っていても殆ど面識が無い人ばかりだ。
本当こんな私が王妃とか無理すぎましたよ、うん。
「…畏れ多くも、アリスティシャ帝国の輝く華であられるミレア女帝にお声をかけていただき、身に余る幸福にございます。おっしゃる通り、私マリアベルは勇者となりました。これから世界のために、微力ながら尽くしていく所存であります」
なんとか噛まずに言い切った!思いっきり自分を褒めたい。
切り返しとしては、大分無難だとは思うけれど…私には、上手く挑発を織り込むとか高度な芸当はできない。残念ながらこれが精一杯だ。
「ふん、つまらんな。まあ、いいわ。あのルイの許嫁がこうしてわらわの前で頭を垂れているというだけで、愉快である」
ミレア女帝の至極愉快そうな高笑いがその場に響く。
けれど、その前に聞き逃してはいけない単語を聞いた気がする。
…あのルイの許嫁?
そして、ふと思い出す。ルイがどうやって、私を見つけたのか、という事を。
もはやひたすら嫌な予感しかしないんですけど!




