全てはそう、あいつのせいなんです。
思えばここまで長かった。
今までずっとどこか諦めて生きてきた。
『運命は変えることなどできないのだ』と。
何もできない私は、周りの望まれるまま“幸せ”になるしかないのだと。
けれど、実際はそんなことなかった。
私がただ臆病なだけだったのだ。踏み出す一歩は重く、されど大きい。
なんだか世界が輝いて見える。
いや、実際砂漠国家であるアリスティシャ帝国の太陽は、フェルトリーリエ王国よりもかなり眩しいんですけども。さらに言えば、私たちはたった今薄暗い洞窟から地上に出た訳で。
「眩しすぎるわ」
「ほんとねぇ、やだ、日焼け止めもう一度塗った方がいいかしら」
生粋の、夜を愛する魔女であるアスコットがうんざりした顔をしたかと思うと、ルティウスさんがどっかの乙女のように日焼けを気にしだす。
システィシャさんは、というと…途中あまりにも興奮しすぎて煩いとか、諸事情により、半ば強制的に眠っていただき、今はルティウスさんの肩に担がれている。
あの時のアスコットとルティウスさんの流れるような連携プレー…この2人って案外相性がいいのかもしれない。
帰りは行きと違い、驚くほどあっさりと戻ることが出来た。なんだか拍子抜けするほどに。
気絶する前、神剣のご加護のおかげです、とかなんとかシスティシャさんが叫んでいたような気がするけど。
「ご主人様」
「ん?なんですか」
ちょいちょい、と服の裾を引かれてみれば、神剣マルグリット―マルくんがきょとんとした顔でこちらを見上げていた。
マルくんは、人型の方がたくさん喋れるから嬉しい!とかなんとかで、基本的には人型をとることにしたようだ。最初は、うっ、キラキラ族、と思ったものの、弟のユーベも小さい頃こんくらいの美少年だったなぁ、と懐かしくなり、今では姉のような気持ちでマルくんと接している。
「ご主人様、なんだかよくない感じします」
そう言って、マル君が迷宮入口を見つめる。
そういえば、あれだけ多かった人がいない。
まるで嘘のように、迷宮前は静まり返っていた。どう考えてもおかしい。
横を見れば、アスコットも、ルティウスさんも険しい顔をしてある一点を見つめていた。
「あーあ、楽させてくれないのね」
「いやんなっちゃうわぁ、まぁ簡単すぎるのもつまらねーからな」
私も、いつでも戦えるように背負ったフロランスに手を伸ばす。
マルくんはどこか不服そうな顔だけれども、神剣バージョンはなんだか折れてしまいそうですからね。不安で使えませんよ。
もしもポッキリと折れちゃって、勇者資格剥奪とかになったりしたら。
うう、なんか今微笑むルイ様が浮かびました。いつになくいい顔してやがりましたよ、あいつ!
勿論、人型のマルくんは使えるはずもないというのは言うまでもない。
「なぁんじゃ。単なる馬鹿という訳でもないのかのぉ」
それは唐突に聞こえた。心底つまらなさそうな、人を馬鹿にした声。
誰もいなかった迷宮前の砂の広場は、一陣の風の後、多くの兵士でひしめき合っていた。
各々、手に持った武器の矛先は…勿論こちらを向いている。
「…よくある姿くらましの魔法ね。まあ、規模が大きいからそれなりの魔力を使ったでしょうけど」
たいしたことじゃない、とアスコットがニヤリと笑う。
ちょ、ちょ、アスコットさん!下手な刺激はしない方が!
おろおろする私に、アスコットが大丈夫、と目で合図する。
見れば、ルティウスさんも口元が笑っていた。
「他国の人なら驚くかもしれない。でも、うちの国じゃ見慣れたものだわ。下位の魔女・魔法使いでも20人、中位ならば10人から5人。上位ならば1人でもこなせる。けど、そうね。力のある魔女・魔法使いの少ないこの国では…貴重な魔石を幾つお使いになったのかしら?」
さすがは学院でも優秀だったアスコットだ。
魔力の無い私には感じられないけれど、おそらくアスコットには誰がこの魔法を使ったのか分かっているに違いない。
優秀な魔女・魔法使いの溢れたフェルトリーリエ王国では、魔石を使うことは殆どないが、他国では魔法を使うために魔石の使用が一般的だ。魔石には、人為的に生み出したものと、自然にとれるものの2種類があり、どちらも貴重な品となっている。より高純度の魔石は、その重さの倍の金を積んでさえ求められるのだ。
アスコットの指摘に、兵士たちの中心にいた人物が一瞬不快そうに眉を顰める。
燃えるような、赤い髪をした美少女だった。ええ、また美少女…キラキラ族かよ、という突っ込みはもはや不毛なのでしないでおきます。
こう、どうして私の周りには美形が溢れてるんですかね。嫌味なんですか。
「わらわ自ら、ここまで足を運んでやったというのに…礼儀を知らぬ奴め」
「…礼儀知らずなのはそっちもでしょ。わざわざ人払いまでして待ち伏せなんて」
「ふん、小娘。何かいったかえ?次にわらわを不快にさせたら命は無いと思えよ」
「あら、それはそれは申し訳ありませんわ…ミレア女帝」
ボソリと毒を吐いたアスコットに目敏く反応する美少女。
恐ろしいほどの緊張感がその場を満たしている。
それよりも今、アスコットはなんて言った?確かに、アリスティシャ帝国は代々女帝が治めているけれども。
思わず目を丸くして、前方の美少女を見つめる。
砂漠の民らしく、艶やかな褐色の肌に、鮮やかな色をした衣装。陽を避けるためか、刺繍の施された長い布を頭から被り、身体に巻きつけている。装飾品は数多く、彼女が動くたびに光を受けて輝いていた。
気の強そうな釣り目に、長い睫がまるで猫のようだ。支配することに慣れきった佇まい。そのミレア女帝の瞳が、鋭くこちらを睨んでいた。
なんだか嫌な予感がして、マル君をそっと背に庇う。
「わらわのことを知っておるとはのぉ。ふふふ、そうじゃ。わらわはこのアリスティシャ帝国の支配者。」
周りに薄絹を垂らした豪奢な輿の中から、愉快そうにこれまた派手な扇子を口元にあて笑う。
ルティウスさんは、目を細め前を見据える。その目はミレア女帝の真意を探っているようだった。
「その支配者様が、一介の勇者とその仲間たち風情になんの御用かしら」
「ふふ、あのアズベラからついに勇者が誕生したと聞いてのぉ。祝ってやらねば、と思うたまでよ」
あははははは!と高笑いする声だけが、静かな砂漠に響き渡る。言葉とは裏腹に、ミレア女帝の目は全く笑っていない。
「さぁ!わらわの宮殿に招待してやろうぞ」
そして、その言葉とともに、周りの兵士が一歩ずつ距離を詰めてくる。
こんなときに一番役立ちそうなシスティシャさんは、相変わらずピクリともせず夢の中。まあ、私たちが悪いのですが。こんなことになると知ってたら、あの時全力で2人を止めましたよ、ええ。
…だいたい、私たちが何をしたっていうんですかね、不可解です。
勇者になった途端、その国の最高権力者に睨まれる覚えなんて全くありません。
ああ、世の中は理不尽なことで溢れてる!




