勇者の条件!2
―ルチル教、それはこのルフェル大陸全土で信仰されている唯一の宗教と言っても過言ではない。
かつて、このルフェル大陸は悪しき魔王に支配されていた。人々は絶望に染まり、日々多くの血と涙が流れるばかり。魔王の力は強大で、人々は戦おうにもその術を持たなかった。
そのことを深く憂いたとある大国の王女ルチルは、日々敬虔に天に祈りを捧げ、その敬虔さに心を打たれた神により特別な力を授けられた。
けれど、人々は魔王に逆らうなど恐ろしいことはできない、と誰もルチルの手をとろうとはしない。
神から与えられた力はルチル自身が使うことは決してできないものだった。
『まだきっとどこかに希望は残っているはず』ルチルは世界中を旅して最後の希望を見つけることにする。
その旅はひどく苦しいものであったが、最後に立ち寄った辺境の小さな村で、ある青年がルチルの手をとった。そして、青年はルチルの力を元に魔王を退治したのだ。
だが、悲しいことに魔王は退治されたものの、光たる神の影であるがために、決して消えることはなく、時とともに復活してしまうという事実をルチルは知る。
ならば、とルチルはいつからか深く愛していた青年に別れを告げ、自らが希望の光となり世界に降り注いだ。
希望の光を浴びた人々は、ルチルのおかげで希望を胸に宿すことができるようになり、残されたルチルの力を元に魔王と戦うこととなった。
その希望に満ちる者を勇者といい、ルチルを慕う人々により建立されたルチル教会は勇者の保護・支援を第一に活動しているのだが…。
「マリアベル・フィア・アルメッティ・グラディウス。まず、ルチル教会が勇者認定するにあたり、最低限の条件として、神剣の所持が求められます。ですが、貴女は神剣の所持をしておりません。よって勇者としては登録されえないのです」
ルチル教の経典を開きながら、目の前の神官もといシスティシャさんが丁寧に説明をしてくれる。
きっちりと整えられた薄水色の髪に、銀縁眼鏡。身に纏うのは神官の証でもある、染み一つない純白の衣。まさに神経質です、というのを体現している。
知らなかった。確かにルチル教会で勇者になります!と宣言すれば勇者になれる、というのはおかしかったかもしれない。条件がまるでないというのなら、勇者になる人だらけだと思う。それにしても、こんなことならクロヴィスから神剣を奪い取っておけば…!
だが、そんな私の考えを読み取ったかのように、システィシャさんは呆れたような溜息を吐く。
「既に所有者が定まっている神剣を強奪したとしても、神剣の所持は認められません。神剣が認めていなければ意味がないのですから。…いいですか、マリアベル・フィア・アルメッティ・グラディウス、貴女はそもそも知識が足りなさすぎます。まあ、勇者関連のことについては、ルチル教会でも特に極秘の情報として、外部公開は殆んどされていませんが、それにしても貴女は」
確かに、この3週間程必死になって王立図書館で勇者の情報を手当たり次第調べていたときも、殆んど情報らしい情報は何もなかった。
『ルチル教会で勇者として認められたら、勇者登録されます』
結局は、この情報しか無かったようなものだ。どこにも条件などの詳しいことは書かれていなかった。
おそらく、もしも私が何かのきっかけで勇者のことを知ってしまったとしても、実際に行動に移れないようにするためだったのかもしれない。
なんたって、相手は王家と、公爵家なのだ。
本当無駄なところで権力を使うというか…!
とはいえ、勇者の条件が神剣ならば、剣を侮り魔法を至高とするフェルトリーリエの国民には、元から勇者になろうとかいう人はほとんどいなかったのかもしれないけれど。
(結局、一番勇者に詳しそうなヴァレント教官には、あれから何も聞くことができなかったし)
思えば、殆んど何も知らないような状態でよく他国にまで行くという暴挙が出来たものだ、と我ながら感心する。
…それだけ、必死だったということなんだよね。
だが、今はもう情報を聞いたからといって、ルイ様や家族にばれて困るということは何もない。
目の前には私の知らないことをいくつも知っている神官がいるのだ。
(ここまできて諦める、なんてことはできないですからね!)
諦めてすごすご国に帰った瞬間即結婚は目に見えている。そして、おそらくこんな馬鹿なことはしないようにと家族による監禁監視コース間違いなし。考えただけでゾッとしますよ。
知らないなら知ればいい。少なくとも、勇者になっている人は確かにいるんだから、私がなれないはずはない!はず。
それでは、と去りかけたシスティシャさんの肩をがっしりと掴んで、逃がさないようにがっしりホールドした。
ふふふ、もがくといい!力で私に敵うはずありませんからね。
とか、まるでどっかの三流悪役みたいな台詞が頭に浮かぶのを、いやいや乙女として!などと脳内突っ込みいれたのもつかの間、軽く抵抗していたシスティシャさんが諦めたように眼鏡をクイッと持ち上げ、溜息を吐いた。
「なんですか、マリアベル・フィア・アルメッティ・グラディウス」
「あの、神剣を手に入れるにはどうしたらいいんですか!?」
「はぁ?!私に…それを聞くのですか」
「はい、だってどうしても勇者になりたいんです」
どうしても、勇者になりたい!そう熱く宣言すると、ふいにシスティシャさんが真剣な目をする。
「…そうですね。そこまでいうのならば、仮登録を出してあげないこともありません。ああ、仮登録というのは、ルチル経典第十二章に出てくる勇者マディスティアの話で、マディスティアは現在でいうところの、ロクサン山脈の奥地の出身で、それは貧しい生まれだったそうです。当時は迷宮の管轄が教会とその所在地の国に半分ずつありましてね、迷宮に入るにはそれなりの地位と身分とお金が必要になった訳です。現在は300年程前に、42代教皇女アメリア様の働きかけにより、事前に教会に登録さえすれば身分を問わずに、無料で入ることができますがね。それで、話は戻しますが―…聞いてますか?マリアベル・フィア・アルメッティ・グラディウス」
「は、はい!ちゃんと聞いてます!要するに、仮登録も出来ますよ、って話ですよね」
「…ずいぶんと話を省略したようですが、まあそういうことです」
「で、仮登録とは…」
「…仮登録は、試練を与えるにふさわしいと認められたものが、限られた期間で試練をクリアするまでの間、勇者に準ずる扱いを認められることです」
勇者に準ずる?!ということは、まさか!
完全に安心をすることはできないが、これでルイ様や家族に出会っても強制送還監禁コースは避けられるということで!
いよっしゃあああ!と公爵令嬢とは到底思えない雄叫びをついうっかりしそうになったところで、今日一番ともいえシスティシャさんの溜息が聞こえた。というか、そんな溜息ばっかり吐いてたら幸せが逃げちゃいますよシスティシャさん。
「マリアベル・フィア・アルメッティ・グラディウス。貴女はどうやら浮かれきっているようですが…本当に馬鹿なんですか。期間内に試練に受からなければ永久に勇者になる資格を剥奪されてしまうのですが」
「ええ?!そんな!というか、システィシャさん。毎回フルネームで呼ぶのは大変じゃありませんか?ベルと呼んでください」
「…貴女は脳まで筋肉になってしまったんじゃないですか。それと、そろそろ離していただきたいのですが」
言われて、自分が今までシスティシャさんを羽交い絞めしていたという事実に気が付く。通りで周りがざわざわしていると思いましたよ。
あの時は本当に夢中で、なんとかしなきゃ、と。
意識した途端、急になんだか恥ずかしさが込み上げてきた。
「す、すみません!!わ、私ったら」
そろそろマリアベルがいなくなったフェルトリーリエの様子を書こうかと思ったのですが…次回持越しになりそうです。
システィシャさんとの話も今回できっちり終わらせるつもりが…はい、伸びました。
早くいちゃらぶなどなど書きたいですね。