その頃のフェルトリーリエ王国
ちょっとシリアス風味です。
『ルイ、わたし、おおきくなったら、ルイとけっこん?するんだって!』
ニコニコと、目の前で無邪気に笑う少女に愛しさばかりが込み上げてくる。
あのね、と大人たちから聞いたばかりらしい結婚式の内容について、懸命に説明をするマリアベルに、ルイも持っている知識を総動員して、ああでもない、こうでもないと2人の結婚式について話し合った。
結婚、というのはなんて素晴らしいのだろう。
大好きなリアとずっと一緒にいられるのだから。
『リア、はやくけっこんしたいね』
魔道に関する知識や、政治経済については先生が教えてくれるけれど、結婚については教えて貰ったことがないから、今度教えて貰おう。
それで、リアの知らないことを教えてあげて、もっと笑顔にしてあげるんだ。
そっと、隣の小さな手を握り締めれば、マリアベルがそっと握り返してくる。
『あのね、ルイといるとね、だいすきってきもちがたくさん、たーくさんあふれそうになるの!』
ああ、この笑顔は。
この世界で唯一の真実だから。
「僕も、っ…」
夢とはなんと残酷なのだろう。
頭ではとっくにわかっているはずなのに、何度も期待させてはより深く突き落す。
幸せで、甘美な夢だったからこそ、余計に目覚めはひどく苦い。
見慣れたいつもの王城の自室。まだ夜は明けてはいないようで、部屋の中は薄暗い。
幸せな幼い日の夢は終わり、現実はリアが消えてから数日経ってしまった悪夢。
再び眠る気にはなれずに、気怠さが残る中無理やり身体を起こす。そういえば、今寝ていたのも、いい加減身体を壊す前に寝てくださいとアルフに強引に寝かしつけられたのだった。
眠る時間など惜しいのに、その間にリアはもっと遠くへ行ってしまうかもしれないのに。
(捕まえたらもう逃がすなんて馬鹿な真似はしないから)
身の内を焦がすような、激しい感情が湧き上がる。
いつだって、僕の感情を揺さぶるのはリア、彼女ただ一人だけだ。
けれど、とどこかで理性が警鐘を鳴らす。
再び、またあの悲劇を繰り返すことになったら。
(駄目だ、それだけは、けして)
2人の自分が激しく戦い続けている。昔も、そして今も。
リアさえいれば、世界がどうなろうと構わない。けれど、彼女は世界を愛している。
だからこそ彼女は、自ら記憶を封じて書き換えてしまったのだから。
そうして今度は、勇者になるといって、僕を置いて行ってしまった。
本当、いつだって背中を追いかけているのは僕の方だというのに。
膨大な魔力と、それに見合う高度な魔道知識を有しているルイにとって、思い通りにならないことなど本来はないはずなのだ。
それに、と身支度を整える傍ら鏡に映る自らの顔を見て自嘲する。
この世界で最も美しい、そう称されるこの顔は、ある意味で最大の武器だ。
人は皆、この上辺だけを見てうっとりと心酔する。中身すら見ずに。
…その上辺すら本当はきちんと見ることが出来ていないのだが。
この世界に生まれ落ちたその瞬間から、ルイの神々しいともいえる美しさは、人々に畏怖を与えた。
その結果として、ルイは誰からも崇められるとともに、命の危機に陥ったのだ。
侍女たちは口々に、『かようにお美しい御子様には恐れ多くてお触れすることができませぬ』と、崇めはするが世話をすることはせず、中にはその美しさに失神してしまう者までいた。
まるでおとぎ話のような現実味の無い話だが、事実そうだったのである。
そのため時の王は、当時最も優れた魔女であったマリアベルの母であるエリシャに頼み込んだのだ。
『どうか、息子に容姿をわかりにくくする幻術をかけて欲しい』と。
最高の魔女に、念入りに幻術をかけられてもなお、ルイは人並み外れて美しい存在だった。
人であるギリギリの容姿といえばよいのだろうか。様々な欲の入り混じった、人々の醜悪な視線が向けられる日々。
気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い。
自我を持つ頃にはもう、ルイは人を嫌いになっていた。
ルイの幼い精神は日々蝕まれるばかり。いくら稀代の魔法使いの素質があり、並外れた容姿をしていても、ただの幼子なのだ。
このままでは、ルイがどうかしてしまうかもしれない。
そう危惧した彼の両親、王と王妃はリズベリー女公爵エリシャにルイを預けることとした。
エリシャ自身、信頼が出来る実力者であり、何よりエリシャのいるグラディウス家には、ルイの愛しい『運命の赤い糸』がいるのだから。
マリアベルは、生まれ落ちたその瞬間より、出来る限りの時をルイと過ごしてきた。
だが、その間一度とて、ルイの美貌を恐れたことはなかった。その瞳にルイの真の姿を映していたにも関わらず。
いつだって、その純真な瞳に一杯ルイを映しては、嬉しそうに微笑むのだ。
それは、世界で唯一といってもいい。ルイにとっての真実であり、幸せでもあった。
感傷に浸っていたのもつかの間、荒々しいノック音とともに意識は現実へと引き戻された。
入室を許可すれば、そこには案の定焦燥したような顔をしたアルフがいた。
ルイの私室に入室する直前、一瞬なんともいえないような顔をしたのを見なかったことにして、ルイはアルフの報告を待つ。
おそらく、良い報告ではないに違いない。
知れず、震えそうになる手をぎゅっと握りしめ、落ち着いた様子のふりをする。
「…閉鎖中の西の国境を、先ほど一人通過したそうです」
「…まさか」
この国の結界の大半に関与しているのは自分だ。その自分が、“誰かが結界を通り抜けたこと”に気が付かないはずはない。
ただ一人の例外を除いて。
「ルイ様もご存じの通り、西はアリスティシャ帝国との関係悪化により数日前我が国だけでなく、あちら側からも国境封鎖されています。当然、一般人の通行は不可能となっていましたが…管理者によると、魔剣士見習いの格好をした少年は、ベルデウス帝国の…皇太子紋を所持していたらしく、それも何やら訳ありの様子だったので、通してしまった、と」
報告をするアルフ自身、信じられないといった様子だ。
それもそのはずだろう。事実は間違いなくマリアベルが国境を通った、ということを表してはいるが、マリアベルがどうやってベルデウス帝国の皇太子紋を手に入れたのか見当もつかないのだ。
さらに、マリアベルが西を選んだ、という事実にも衝撃を受けているのだろう。
けして選ぶはずのない選択肢、そう思ったからこそ、最低限の対策しかせず、北と東に全力を注いでいたのだ。
「私のせいです。私が西はありえない、と。ルイ様は、ベルは西にいると、そうおっしゃっていたのに」
真っ青な顔をしたアルフが、深々と頭を下げる。
確かに、西を、といったルイに対し、再三西はありえない、といったのはアルフだ。
だが、ルイ自身、マリアベルが本当に西にいる確証は得られなかったし、最終的には西ではなく、北か東に違いないと考えていた。
(まさか、本当に西だったとはね。…リア、僕らの間にも、ちゃんと絆があるんだよ)
目に見えない、マリアベルとの絆を感じ、胸が温かくなる。
けれど、状況は喜んでいる場合などではない。
アルフに、最終的な判断を下したのは自分だから、と頭を上げさせて、今後どうするべきかを考える。
「やっかい…だね」
思っていた以上に、いや、僕が知らなかっただけなのかもしれない。
マリアベルの成長に気が付きもせず、ただただ守ることだけを考えていたから。
彼女は、庇護されるべき弱い存在ではないのだ、という現実を思いっきり突きつけられた。
魔力がなくとも、そんなこと関係なしに、彼女はあのグラディウス家の娘なのだ。
どんなことがあっても生き抜けるだろう知恵と気概を持ち合わせている。
そう、僕らは油断していた。今回のことは、完全にマリアベルの勝利だ。
だが、勝負というのは最後までわからないもの。
「…アルフ、アリスティシャのミレア女帝に鏡の使用を。ベルデウスには、まあ…はぐらかされるだろうけど、一応の問い合わせを」
「わかりました。ミレア女帝にはなんと?」
「…西の魔石なんかじゃなく、貴女が本当に欲しい物について話しましょう、と」
「ルイ様、顔が怖いですよ」
「ふふ、そうかな?」
はぁ、とため息を吐いたアルフは、いや、いいです…と小さく零すと、ミレア女帝との通信準備のため急ぎ足で部屋を後にした。
普通ならば、書簡のやり取りもなしに、国を代表する立場の女帝と王子が鏡を使用した魔道通信を行うことなどはありえない。
だが、こちらとしては急を要することであるし、何よりアリスティシャ帝国に対しては切り札がある。
アリスティシャの方は、このままいけばすぐさま問題解決するはずだ。そうすれば、リアを迎えにいくこともできる。
問題は…ベルデウスの皇太子。おそらくは何かのきっかけで、マリアベルと偶然知り合うことになったのだろう。それも、自らの皇太子紋を使わせるほどだ。相当気に入っているに違いない。
せっかく、悪い虫が付かないよう社交界にも殆ど関わらせないようにしていたのに。
数えるほどしか、ベルデウスの皇太子にはあったことがなかったが、獰猛な獣のようでいて、その実相当な策謀家でもあり、要は読めない男だった気がする。
(まあ、リアは渡さないけどね)
決意も新たに、持てる力全てを使ってマリアベルをきっちりと捕まえようと心に誓う。
今度こそ、もう間違えたりはしない。
ルイ様についてはマリアベルちゃんへの重い愛とか書きたいのですが…、今回は書けそうになかったので、次に持ちこそうと思います。
グラディウス家とかも書きたいんですがね。
次回は明るくマリアベルに頑張って貰いたいと思います。




