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死生命あり。果てに愛あり。  作者: 瀬川香夜子
一章

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10/15

十話



 キウロスは仕事を途中で放り出してきたからと、首都にとんぼ返りする気だったようだ。

 

 それをルーチェとアザールがせめて一晩泊まっていくように引き留めたのだ。


 

 翌日の朝食をみんなでとり、少しばかり話をしてからキウロスは帰ることになった。


 

 玄関まで見送りに出たルーチェたちに挨拶をして馬車へ乗り込もうとしたキウロスは、不意に思い出したように振り返った。


 

「そういえば帰る前にアイオスさんたちの墓参りに行こうと思うんだ。お二人が眠ってる場所を聞いてもいいか?」


 

「兄貴たちの? 通例どおりなら領地内のコルガナ霊園のはずだ」


 

「……お前、知らないのか?」


 

「俺がろくに葬儀に出られてないの知ってるだろ? グンター、二人の墓地だが――」


 

 控えていたグンターに問いかけるアザールの横で、ルーチェとキウロスは計ったように顔を見合わせた。


 揃えたような深刻な顔の二人。


 迷子のようなキウロスに、ルーチェは唇を引き結ぶように笑い、頼りになる意志の強い表情でこくりと頷いた。


 

 ――任せて。


 

 そんな声もない言葉は無事にキウロスに伝わったようだ。


 ほっとしたキウロスは、小さく会釈をして馬車に乗り込んだ。

 グンターへの確認を終えたアザールが戻ってくる。


 

「キウロス、コルガナ霊園で大丈夫だ。兄貴もお前のことは知ってるから大丈夫だろう。すぐにピーピー喚くうるさいのがいるってよく話してたからな」


 

「お前、なんて紹介の仕方してるんだよ!」


 

「おっと。またやかましくなりそうだ。もう馬車を出していいぞ」


 御者に告げるアザールにキウロスは身を乗り出した。

 

「バカバカバカ! ちゃんと挨拶ぐらいさせろよ!」


 

「俺とお前でそんなたいしたものはいらないだろ」


 

「ばっかやろう! 誰がお前とだって言ったよ! ルーチェさんとだよ! あとアンブル! アンブル〜、もう俺のことを許しておくれ~」

 

 

 車窓から顔を出したキウロスは泣きそうな顔で弱っていた。


 ルーチェが近づくと、抱いていたアンブルは小さな唇をとがらせて不機嫌になってしまう。


 しまいにはそっぽをむいてルーチェの胸元に顔を隠してしまった。


 

「うう……まだ許してくれないのか……?」


 

「きっと何日かすれば怒ってたことも忘れちゃうと思うよ。――アンブル、キウロスさんがね、ごめんねだって」


 

 昨晩、キウロスとアザールは晩酌をしていたのだが、キウロスはどんどん杯をあけていてアザールが止めたときにはすっかりご機嫌だった。


 

 寝付けないアンブルを抱いて散歩していたルーチェはちょうどそんなときに部屋を通りかかったのだ。


 

 キウロスが「かわいいなあ~」なんてデレデレした顔でアンブルに近づき、ルーチェが止めるのも間に合わず小さな手のひらは思いっきりキウロスの顔面を叩いた。


 酔っ払って、しかも酒臭いのにルーチェやアンブルに近づいたので、アザールからも存分に叱られたようで朝食の場で会ったキウロスはしおれた花のようだった。


 

「うう~……やっ!」


 

 短くもハッキリした拒絶の声。


 まだまだ許してくれるまではかかりそうだ。


 

「うう、アンブル〜、今度はお前にお土産たくさん買ってくるからなあ。もちろんルーチェさんにも!」


 

「私のことは気にしないでいいよ」


 

「俺があなたに買ってきたいんです。それに今度は首都のほうにぜひ遊びに来てください。そのときは俺が案内を務めますから!」


 

「首都なら俺でも案内できる」


 

 少し拗ねた顔のアザールが割り込んだ。


 キウロスは「いいとこどりするなよ!」と怒っていたが、それも二人のいつものやりとりなのだろう。


 キウロスはこちらが見えなくなるまで車窓から身を乗り出して手を大きく振りながら帰って行った。


 そんな遠ざかる彼の姿に、アザールはずいぶん優しい顔で笑っていた。

 

 

「すまない。本当にうるさいやつだったろ?」


 

「ううん。賑やかで、とっても楽しかったよ」



 ◇


 

 その晩、寝支度を整えたルーチェは私室でアンブルの顔をそっと覗き込んでいた。


 

「ねえ、アンブル。今夜だけそばを離れてもいい?」


 

「うぅ~……?」


 

 不満そうに尖った唇をちょんとつついた。


 

「アザールとね、大事な話があるんだ。だから今日は乳母のミナと一緒にいてくれる?」


 

 渋るような気配に、ちょっぴり困った顔でルーチェは重ねた。


 

「なるべく早く……今じゃないと、だめだと思うの」


 

 だめかなあ、と囁くようなお願いに、アンブルはしばらくもごもごとむずがっていた。


 やがて、「ん」と力強い声が返ってきた。


 

「ありがとう、アンブル」


 

 ベビーベッドに寝かせてこめかみにキスを落とした。おやすみと感謝のキスだ。


 すると、ご満悦とばかりにアンブルはすやっと眠りに入ったのだった。


 ルーチェは扉の外で待っていたミナに声をかけ、そうして自分は入れ違いで部屋を出た。


 

 ◇


 

 アザールがベッド脇の椅子でぼんやりしていると、不意に来訪者を告げるノック音が届いた。


 てっきり用事を言いつけたレオラが戻ってきたのかと思えば、寝間着姿のルーチェだったので慌てて襟を正して招き入れた。


 

「アンブルはどうしたんだ?」


 

「今日はミナと一緒。……離れてもいいよって言ってくれたけど、明日はいっぱい遊んであげて」

 

 

 ベッド横の一人がけソファまでエスコートしたとき、今度こそレオラが戻ってきた。持っていた小さなトレイの上には、グラスと重厚なガラス造りの酒瓶が載っている。


 

「おや。奥様もご一緒だったんですか。グラスを一つ追加でお持ちしますね」


 

「彼女にはティーカップにしてくれ。あと紅茶の用意も」


 

「かしこまりました」


 

 追加でティーセットを持ってきたレオラはすぐに退室した。


 座って不思議そうにこちらを見ているルーチェに、アザールは両手で持ったトレイを一度持ち上げて見せる。


 

「寝酒でもしようと思ってたんだ。慣れてないきみは寝れなくなるといけないから紅茶にしよう」


 

 追加のティーセットは、酒を飲み慣れていないルーチェを思ってのことだった。


 アザールが手早く紅茶の支度をする姿を、ルーチェは物珍しくしげしげと眺めていた。

 

 その姿が好奇心の強い子どもみたいでなんだかおかしかった。


 

「いつもこうして自分で淹れてるの?」


 

「ああ。さすがにこんな夜中に仕事を任せて付き合わせるのも可哀想だろう? だから、寝る前は用意だけしてもらって自分で作るんだ」


 

 湯気の立つ綺麗な赤みの水面に、アザールは半ば無意識に添えてあったミルクを注いでいた。


 

「――あっ」


 

「どうしたの?」


 

「すまない。つい癖でミルクをいれてしまった……ミルクティーでもいいか?」


 

「ええ。私ミルクティーも好き」


 

「それなら良かった」


 

 ルーチェはミルクティーを、アザールはウィスキーのお湯割りで夜の静かな時間にそっと耽った。


 しばらくは二人とも身体の中を通り過ぎる温かさに酔いしれていたのだが、ふいにアザールが呟いた。


 

「そういえば、キウロスから親父のこと聞いたんだろ? あいつに昨日謝られた。勝手に話してごめんて」


 

「……私のほうこそ知らないところで勝手に聞いちゃった。ごめんなさい」


 

「いいんだ。もともと家族とのことはいつか話そうと思ってたんだ。遅くなってすまない。……親父は兄貴が死んだショックのせいかちょっとおかしくなってて、今は領地からは少し離れた別荘に住んでるんだ」


 

「そうだったの」


 

 こくり、とどちらからともなく喉を潤した。


 ルーチェの手元のミルクティーを眺めているうちに、アザールの胸に感傷が浮かび上がってくる。


 

「親父は兄貴のことは可愛がってたんだ。だから嫌いな俺が兄貴に近づくのも嫌がってた」


 

 そのため一緒に住んでいた幼少期だって、昼間は人目を気にして兄アイオスとはほとんどすれ違うような生活しか送っていなかった。


 

(……そもそも俺は別邸にいたし、すれ違うこともほとんどなかったな)


 

 父は不思議なほどアザールを毛嫌いしていて、同じ屋敷に住むことも嫌がるほどだった。

 

 そのため、アザールは別邸が生活拠点だった。


 

 兄が死んで当主になってから本邸の方に部屋を構えたのだ。


 

 家具たちは一新したが、配置などは全て親しんだ別邸の頃のままだ。


 このベッド脇に並ぶ一人がけの二つのソファもそうだ。


 アイオスは夜中になるとこっそりアーチトンネルを抜けて別邸まで遊びに来てくれた。


 そうして部屋のソファに向かい合って座り、二人は気兼ねなく話をすることが出来たのだ。


 当時すでに見習いとして屋敷にいたレオラが、二人に飲み物を持ってきてくれたりもした。


 

(それで二人で夜更かしして話をしたなあ)


 

 そう。まさに今のように――。


 

「俺とは違って人の良さそうな、優雅に紅茶でも飲んでそうな顔なんだけど、苦味が苦手でさ。いつもミルクをたっぷりいれたミルクティーしか飲めないんだ」


 

 懐かしさについつい口が軽くなる。


 無邪気に笑っている自覚があっただけに、ルーチェの見守るような視線が恥ずかしく、誤魔化すように「今は知らないけどな」と付け加えた。


 

「そんなふうに過ごしてたのも俺が学校に入るまでの間だったし……十年は前のことだ。もしかしたら大人になってから飲めるようになってるかもしれないな」


 

 卒業してからたまに会ってはいたが、二人とも大人になったからと酒の席が多かった。


 

 こんなふうに誰かにアイオスの話をするのは学生時代にキウロスに話したっきりだ。

 

 ルーチェは自分のことのように嬉しそうにニコニコと聞いてくれるからついつい話過ぎてしまう。


 

 しばらくの間、アザールは子供のように軽やかに語り続けていた。


 

 昔を思い返す滑らかな語り口。


 アザールの心は生ぬるく心地よい郷愁に包まれていた。


 だが、そのうちどこか不穏な影が垣間見えた。


 

 兄のことを思い返すほどに、どこか切羽詰まったような焦りが生まれてくるのだ。


 

 自分の本能が生む警告。けれど、アザールは無自覚だった。気づきたくなかったとも言う。


 兄のことを語るたびにほんの少し鼓動が速くなって不穏になるのは、アルコールのせいだと決めつけていた。


 やがて語り口の勢いも落ち、グラスに残っていたぬるくなったウィスキーを一息で飲み下した。


 そうしてアザールがひと段落つくのを待っていたように、ルーチェは柔らかく、しかし切なさの滲んだ眼差しと声でアザールを見たのだ。


 

「ねえ、アザール。あなたお兄さんたちがまだ生きてるみたいな話し方をするんだね」


 

 

 


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