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地下水脈のアクア・ルート。あるいは、水軍ハムスターの包囲網

母胎アラクネ(アザゼル)が放つ、精神を汚染する無数のすすり泣き――その不気味な歌声(超音波)が脳髄をかき回す中、俺たちはハヤテの案内で、凍りついた地下海洋の直下を走る暗黒の裂け目へと滑り込んだ。

そこは、パノラマ・アビスの最底流を網の目のように流れる、極寒の『地下水脈アクア・ルート』だ。

「ヒャハッ! 冷てえ、けどここはあのクソ忌々しい歌声が響かねえな!」

俺の毛皮(ハック済みの耐酸・消音仕様)の後ろに隠れて正気を取り戻したギルバートが、安堵したように結晶の針をガチガチと鳴らす。

だが、高気圧と高酸素によってサイズが完全にバグったこの第2層では、地下水脈のスケールも異常だった。天井からせり出した分厚い氷と岩の隙間を、激しい濁流がごうごうと音を立てて流れている。さらに最悪なのは、アラクネの放つ「鋼鉄より硬い蜘蛛糸」の末端が、この狭い水路にまで電線網のように張り巡らされており、水面を塞ぐ青白いトラップとなって蠢いている点だ。

「ボス、前方から……何か泳いでくるよ! それも、すごい数だ!」

ミニ・ラプトルの背にしがみついたマヌケが、水面を指さして短い悲鳴を上げた。

ザパァァァンッ!!

激しい水しぶきを上げて水面から躍り出たのは、俺たちの倍近い体躯を持ち、手足に立派な「水かき」を備えたもふもふの集団――この水路のインフラをナワバリにする、水生武闘種【アクア・キャンベル(水軍ハムスター)】の兵隊たちだった。

だが、彼らの様子は明らかに異常だった。

その丸い眼は血走って濁り、頭部にはアラクネの『屍の蜘蛛糸』が、まるで脳の神経に直接プラグを差し込まれたかのように、グサリと突き刺さっている。

「キギ、ギギギギ……ッ! 侵入者……『母なる個体システム』のために……排除……!」

「ちっ、完全にアラクネの群体ネットワークにインフラを乗っ取られてやがるな」

ハヤテが空中から旋回しながら必死に叫ぶ。

「覇王、ダメだ! あいつらは水の中では無敵の速度を誇る軍隊だ! 脳を操られて恐怖を忘れたアクア・キャンベルに囲まれたら、この狭い水路では一瞬で細切れにされるぞ!」

水中から次々と飛び出してくる水軍ハムスターどもは、手にした骨のもりを構え、統率された見事な連携で、俺たちの退路を断つように包囲網を狭めてくる。前世の東京の地下道で、人間サマの駆除チームが無線でリアルタイムに連絡を取り合いながら、俺の群れを袋小路に追い詰めてきたあの完璧なフォーメーションそのものだ。

「知性を持った連携プレーか。……だがよ、有線(糸)で繋がって命令を共有してるってことは、その『メインサーバー(アラクネ)』からの電気信号を、俺が途中で別のコマンドに書き換えてやりゃあ、全員まとめてバグるってことだろ?」

俺はダイヤの牙をニィッと剥き出し、あえて水際へと一歩進み出た。

「ギルバート、ラプトル! 3秒だけ、あいつらの銛を正面から受け止めろ!」

「御意ッ! 我が絶対の盾を見よ!」

ギルバートが最大硬度で丸まり、水軍ハムスターの放った銛の雨をガギィィィンと弾き返す。

その隙に、俺は水面を這うように伸びていた『アラクネの蜘蛛糸(電線)』の束に向けて、自らのダイヤの牙をガチリと噛みつかせた。

(――アラクネのクソ野郎、この糸を通じて脳ミソに直接、精神汚染の超音波を流し込んでやがるな。最悪の有線ネットワークだ)

噛みついた牙から伝わる不快な振動の周波数を、俺は脳内で冷静に逆算する。

前世の東京の地下道で、高圧の配電盤をショートさせた時の感覚が、そのまま俺の体内で蘇る。人間サマの通信ケーブルだって、大元に強烈なノイズ(逆流電流)を流し込んでやりゃあ、末端の端末はすべて過電流でフリーズするんだ。

俺は胃袋の奥底で、さっきハックしたばかりの「精神汚染を打ち消すバイオ抗体」を猛烈に増殖させ、それを自らの唾液と魔力のパルスに乗せて、噛みついた蜘蛛の糸へと一気にぶち込んだ。

ドブネズミ流、インフラ逆流ノイズ。

俺の牙から放たれた青白い電気信号と強力な抗体が、アラクネの糸の伝導性を逆に利用し、水軍ハムスターたちの脳へと一瞬で逆流していった。

「ガ、ギギッ……!? お、俺たちは……一体……?」

有線ネットワークに強烈なエラーコードを流し込まれた水軍ハムスターたちは、一斉に動きを止め、頭を抱えて激しく悶絶し始めた。そして、彼らの脳に突き刺さっていたアラクネの糸が、許容量を超えた負荷によってパチン、パチンと音を立てて焼き切れていく。

アラクネの精神支配からの、強制的な回線切断だ。

「ふぅ……。おい、水軍の兄弟たち。正気に戻ったか?」

俺は牙から煙を吐きながら、水面でパチクリと目を丸くしているアクア・キャンベルの隊長格を見下ろした。

隊長は、自分の脳を縛っていた最悪の呪縛インフラを解いてくれたのが、目の前の小さな、だが規格外の威圧感を放つジャンガリアンハムスターであることを理解し、水面から上がって俺の前に深く跪いた。

「我らを……あの『人間の形をした化け物』の精神汚染から救ってくれたのか……! 感謝する、地上の覇王よ。我が名は【激流のタイガ】。水軍ハムスターを率いる者だ。この恩、我らの命と、この地下水脈のインフラすべてを貴殿に捧げて返そう!」

「よし、交渉成立だ」

これで、空軍ハヤテに続き、水中の絶対的な機動インフラである『水軍タイガ』が俺の軍勢に組み込まれた。

だが、アラクネのシステムもマヌケじゃねえ。

末端の端末(水軍ハムスター)が強制切断されたことを検知したメインサーバーが、即座に次の防衛プログラムを起動した。

頭上の氷壁から、ドロドロとした不気味な肉塊がいくつも剥がれ落ちてくる。

それは、アラクネの体表面を構成していた、蜘蛛の足が生えた異形の人型モンスター――『アラクネの群体レギオン』の尖兵どもだった。

「キィィ……ハオウ……ハイジョ……」

知性を持った化け物の群れが、水路の出口を塞ぐように、ぞろぞろと武器を構えて迫ってくる。

前世のトラウマを呼び起こす人間の形をした影。だが、今の俺には頼れる軍勢がいる。

「タイガ! 正気に戻ったお前らの水軍の力、見せてもらおうか!」

「おうともさ、ボス! 野郎ども、アラクネのクソ野郎に一泡吹かせてやるぞ! 激流陣を展開しろ!」

タイガの鋭い号令とともに、水軍ハムスターたちが一斉に冷たい濁流へと飛び込み、水流をハックした新たなる知略戦が始まろうとしていた。

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