Ep.19 ヒロインが地雷を踏みまくってます
更新が遅くなりまして、すみません┏○))ペコッ
アイリス嬢は話し掛けてきたのが、私のお母様だと気付いていないようだ。
それは仕方がないかもしれない。
何故なら私の容姿はどちらかと言えば父方のお祖母様に似ていて、この髪の色もアッシュローズ公爵家の色だ。
お母様譲りのところなんて、せいぜいこのライラックの瞳くらいである。
その点、お兄様の顔は『社交界の薔薇』と呼ばれているお母様にそっくりで、髪の色も青みの強い紫のウィスタリアカラー。
私の青みがかった黒髪は前世なら『まあ、いなくはないよね?』という範囲だけれど──。
お兄様の地毛の藤色は、さすが異世界としか言いようがない。
そんなわけで、アイリス嬢はお母様を『いい人』認定したようで、喜々として話し掛けている…………。
「私、今日はとても緊張していたんです。その、平民として育ちましたし、お母さんが亡くなってからは教会で暮らしていて……。お父様が迎えに来てくれなかったら、きっと今でも教会で暮らしていて、こんな素敵なお茶会にも参加出来なかったと思うんです」
このアイリス嬢の言葉に、その場が凍りついたのが分かった。
王妃殿下はもちろん、この場にいるのは高位貴族だけだ。
表情管理は完璧なので、当然誰も顔には出していない……。
けれど、確実にシュプリーム子爵夫人から冷気のようなものが漏れ出ているような気がしてならない。
…………いや、確実に漏れてるでしょ!!
そりゃあそうだ。何せ王妃殿下ばかりか、筆頭公爵夫人であるお母様、私、そしてシュバルト公爵母娘と──王族+高位貴族が勢揃いしている席で『お父様が迎えに来てくれた』と言い出した。
もちろん事実だし、何なら皆アイリス嬢が庶子だということも知っている……………そう、知っているのだ──。
シュプリーム子爵夫人が、アイリス嬢を諸手を挙げて家に入れたわけではないことも…………。
そして──妊娠中だったアイリス嬢のお母様を追い出したことも……。
つまりアイリス嬢は今、「お父様は、浮気相手の子である私を大切にしてくれているの! キャハッ!!」と無遠慮に口にしたことになる。
シュプリーム子爵夫人を貶める為ではないことは理解出来ても、夫人としては自分の夫が浮気の末に妊娠させた女が許せなくて追い出したわけだ。
まあ、それだけじゃなくて自分の息子たちに悪影響があったら嫌だ──ということもあったかもしれないけれど……。
それを『聖女だったから』と連れてきて子爵家の籍に入れ、更に『聖女』という称号を掲げて身の程も弁えずに振る舞うのが心配で、付いてきている。
……にも拘わらず、隣に座る夫人の立場や気持ちも考えずに、無邪気に『お父様のおかげ』でこの場に出席出来たという…………。
いや! 今日出席出来たのは『聖女』だったからで、決して子爵のおかげではない!!
「シュ、シュプリーム子爵夫人、今日の紅茶のお味はいかがですか?」
とにかく、この凍えそうな空気をどうにかしたい!!
その一心で私の口から出た言葉は『紅茶の味』…………。
お母様の二番煎じだけれど、今はそれどころじゃない!
王妃殿下とお母様は微笑みを崩していないけれど、シュバルト公爵夫人は目元にだけ笑みを残しながら、扇子を開いて目元から下を覆っている。
しかし、明らかに『不愉快だ』と言わんばかりに視線は冷ややかで……同じようにシュバルト公爵令嬢も能面のような笑みを浮かべているし……。
話を逸らそうとした私の意図を悟ったシュプリーム子爵夫人は、張り付けた笑みのまま「ええ、とても美味しゅうございますわ」と答えた上で、更に言葉を継いだ。
「こちらの茶菓子に使われているジャムは、我がシュプリーム領の物ですわね。お気遣い頂きありがとうございます」
その言葉にアイリス嬢は「えっ?」と驚きで目を見開きながら、隣の夫人に顔を向けている。
──そう、今日用意した茶菓子の一つに『アプリコット』を使用した物がある。
高位貴族たちの中にぽーんと放り込まれても、下位貴族であるシュプリーム子爵夫人やアイリス嬢が話題に入れるかは微妙だった。
そこで茶菓子の一つに、シュプリーム領の特産品であるアプリコットを使用したジャムを取り入れてみたのだ。
取っ掛かりさえあればどうにかなるんじゃない? という思い付きだったけれど、これを取り入れようと考えたあの時の私、ナイス!!
自分で自分を称えながら、夫人に気付いて貰えてほっとした……のも、束の間────。
「そうなのですか? 私、知らなくて……。家のことなのに、誰も教えてくれなかったので…………」
おーーい!! せっかく、場が持ち直せそうだったのに!!
自領の特産品などを覚えるのは、貴族として基本中の基本なのだ。
自分の家が何で収入を得ているかを知らないなど、下手したら領民を軽んじていると思われても仕方がないことである。
幼い頃なら、親の方から教えてくれるかもしれない。
けれど、ある程度成長したら家の事業を知りたいなら自分で調べるか、親に聞くのが当然と考えられている。
令嬢の中には「家の事業など知らなくても、嫁いでしまえば関係ない」と考えている人も稀にいるけれど、社交に力を入れている人やより良い嫁ぎ先を求めているような人は家の事業の把握はもちろん、何なら近隣の領地のことや家の事業と関係しそうな家門のことまで覚えている人もいるくらいだ。
なので、人前で『自領のことを知らない』ということは恥なのである。
「まあ……。シュプリーム子爵令嬢は、ご自分の領地のことを何もご存知ありませんの?」
「はい……。私は教会で『聖女』としてのお務めもありますし、お父様も特に何も仰らないので…………」
シュバルト公爵令嬢の言葉の意訳はこうだ。
『貴女、自領のことなのに何も知らないの? 自分でも知ろうとしないなんて信じられないわ』
と、いったところだろう。
アイリス嬢はそんな裏の意味を汲み取ることもなく、しゅんと肩を落としてしまっているけれど……。
おーーい!! パート2ーー!!
今、さくっと『聖女の仕事があるから、そんなこと私が知るわけないしぃー。お父様も何も言ってこないから、別にいいと思ってたしぃー』と言ったよね!?
いや! 本人はそんなつもりはないのだろう! 分かる、分かっているけれども!!
そう取られても仕方がないような言葉選びだし、しかもその言い方だと、まるで夫人がわざと教えていないように聞こえるじゃないか!!
せっかく冷えた空気を変えたのに!私のチキンハートの頑張りをどうしてくれる!!
「──アイリスさん、自領のことは貴族なら誰かから教えられずとも自分で調べるものですわ」
「えっ…………」
ついに我慢の限界を迎えたであろうシュプリーム子爵夫人が、冷えた声でアイリス嬢を窘めた。
「自分の生活を支えてくれている領地のことです。『通常であれば』、何に自分が支えられているのか──貴族なら知っていて当然のことです。幼子ではないのですし、秘匿されるような内容でもありませんわ。調べようと思えば、すぐに調べられますもの」
淡々と紡がれる夫人の言葉に、アイリス嬢は顔を青ざめさせながら俯いてしまった。
夫人の話していることは至極当然のことで、フォローしようにもしようがない。
それを分かっているからこそ王妃殿下も、お母様たちも口を開かないのだろう。
『平民だったから』──けれど、子爵家に引き取られて既に三年近く経っている。
それ故、そんな言い訳は通用しない。
『意地悪されているから』──少なくとも学園に通っているのだから、図書館で調べようと思えば調べられる話だ。
おまけに普通の貴族家なら図書室があるはず。
ないにしても自領のことなのだから、子爵に聞けば隠すことでもないから、きっと話してくれただろう。
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