Ep.12 人脈作りには向いていません
入学して一月過ぎた————。
その間、私はヒロインを警戒しつつ、屋敷ではルームウェア作りに勤しむ日々だった。
正直に言えば、学園の勉強は王太子・王太子妃教育を修めた私とクロード様には既に終わっている内容だ。
では、何故学園へ通うのか?
もちろん卒業しないと高位貴族の面子とか、王城に勤める者は卒業が条件なのに王族は卒業しないのかよ!?という問題もあるけれど、一番の目的は『人脈作り』だ。
前世一般ピーポーの私が人脈作り……。
無理ゲーもいいところだと思っていたけれど、それ以前の問題だった。
常にクロード様か側近三人衆が傍にいるので、初対面の人たちと一切交流が持てません。
私が入学した意味とは……。
「……クロード様?」
「ん?ベアトリス、どうかしたの?何か変なのに絡まれた?」
……変なのは貴方です、と言いたいがグッと我慢。
「わたくしたちの目的は人脈作りですわよね?クロード様たちとずっと行動を共にしておりますと、新しく知り合うことが出来ませんわ」
片手を頬に添えて、困ったように小首を傾げてみせたが……。
「ん?新しく知り合う?誰と知り合いたいのかな?」
笑顔なのに、クロード様の背後から黒い靄が漏れ出している気がする……。
周囲の温度も一気に下がったような……。
ぶるっと身震いすると、はっとしたように私の両手を握り「ごめんね、うっかり魔力が漏れちゃった」と眉尻を下げ、捨てられた子犬のような瞳で見つめられる。
やはり、魔力だったか……。
「……クロード様。わたくしは女性の友人が欲しいのですわ。いつも皆さまと一緒ですと、他のご令嬢が近寄り難いと思いますの……」
「うーん、でもね?何の柵もなくベアトリスと友好を結べる人は早々いないと思うんだ。君の足を引っ張ろうとする者だったり、私たちに近付こうとする者だったり……」
確かに言われてみれば、その通りだ。
純粋に私と友好関係を築こうと思える人は、果たしてどの程度いるのか……怪しすぎる。
そして、きっと私はその好意と悪意を見分けられない。
世界で平和な国と定評のある日本で、のほほんと生きてきた経験が裏工作を見抜けなくしているとは……!!
現実を知り、しょんぼり落ち込んでしまうと、クロード様は焦って取り繕おうと必死に何か話しているけれど、全く耳に入って来ない。
「あの……ベアトリス嬢。もしよければなのですが……私の婚約者と交流を持ってみませんか?」
「……え?」
自分の不甲斐なさに涙まで浮かんでいる私に提案してくれたのは、フィリップ様だった。
詳しく話を聞くと、フィリップ様の婚約者はクレスウェル侯爵家のエリーゼ嬢という方らしい。
エリーゼ様のお父様であるクレスウェル侯爵は財務大臣を務めている。
王城では『財務の死神』と呼ばれていて、侯爵に目を付けられると問題が解決するまで、例え何年掛かろうとも逃げられないという……。
何度かお会いしたことがあるけれど、私にとっては気のいい小父さんだ。
公務などで経費の申請を行う時、いつも私の申請書を見てにこにこしている。
……というか、この世界の書類の書式があまりにも分かりにくく、前世の社会人経験を活かして分かりやすく整えて提出したのだ。
そのまとまりに感動したようで、クレスウェル侯爵からの好感度はかなり高いらしい。
「まあ、よろしいのですか?」
「……うん。確かにエリーゼ嬢ならいいかもしれない」
先ほどまで泣きそうになっている私を必死に慰めていたクロード様は、フィリップ様の提案に腕を組んで片手を顎に当て、少し考えると納得したように頷いた。
「ではエリーゼに、近く席を設けるように伝えておきます」
「お願いします」と微笑みかけると、フィリップ様は一瞬微笑み返してくれたかと思いきや、すぐに顔が引き攣った。
チラッと隣にいるクロード様に視線を向けたけれど、いつも通りキラッキラな笑顔で「ベアトリス、良かったね」と喜んでいるようだった。
……うん、気付いていないふりをしよう。
スッと視線を逸した瞬間、教室にいた二人のクラスメイトの令嬢たちと視線がばっちり合う。
けれど何故か焦ったように二人はすぐに顔を背けて、教室から出て行ってしまった。
……何事?と、脳内にはてながたくさん浮かびつつ、不思議だと小首を傾げた。
その様子をクロード様と側近三人衆が見ていたことなど、全く気付いていなかった。
——————
「どうしましょう!!アッシュローズ公爵令嬢と目が合ってしまったわ!」
「……でも、アイリス様が仰っていたことは本当なのかしら?」
「そうね……けれど、それを確かめて不興を買ってしまったら彼女の二の舞になってしまいますわ」
教室から出た二人の令嬢は廊下の隅で、そんな会話を繰り広げていた。
彼女たちの家はアイリスと同じ『子爵家』だった。
「正直、アッシュローズ公爵令嬢がアイリス様の仰るように、理不尽に圧力を掛けるような方には見えないけれど……」
子爵家からしたら筆頭公爵家など王家と等しく雲の上の存在だ。
そんな家から圧力をかけられたら、彼女たちの家などひとたまりもない。
「あら、お二人ともどうなさったの?」
「アイリス様……」
二人の所へちょうど現れたのはアイリスだった。
貴族令嬢にしては少し短めなブラウンの髪に桃色の瞳、少し幼さの残る顔立ちが彼女を可愛らしく演出する。
「先ほど、教室で殿下たちとお話していらしたアッシュローズ公爵令嬢と目が合ってしまって……」
「何かされたわけではないのですが、焦って出て来てしまったのですわ」
自分たちの口から状況を話すと、ベアトリスには非がないのに失礼な態度だったかもしれない、と自己嫌悪に陥りそうになった。
「……まあ、怖かったでしょう?」
「え、怖い?」
アイリスは気の毒なものを見るように、眉尻を下げて片手を頬に添えた。
「私が聖女だからかもしれませんが……何だか、ベアトリス様を黒い影が囲んで見えますの……だから、傍にいる方にも影響があるのではないかと心配になって……」
『聖女だから』と言われてしまえば、それが本当のように思えてしまうから不思議だ。
確かに教会が認定するほどの『光属性魔法』が使えるアイリスにしか分からないことがあるのかもしれない————。
二人はそう思った。
「……でしたら、殿下方も危険なのではないかしら?」
「……ええ。だから初日にお伝えしたかったのだけれど……ベアトリス様に阻まれてしまったから……」
「まあ!何てこと!」
初日の騒動を遠目から見ていたものの、詳しいことまでは余程近くにいなければ把握している者は少なかった。
「どうにかして、殿下方に進言出来ないのかしら?」
「それが……ベアトリス様に圧力をかけられてしまったから……」
アイリスは悲痛な表情のまま俯く。
その姿に憐憫の目を向ける生徒たちが、ベアトリスの気付かないところで少しずつ増えていった————。




