恋に落ちた勇者 2
「急にどうした」
「いや、何もないんですけど……つい」
何もないのに、ついでに取る行動ではない。
「腹でも痛いのか……」
クラウディオが身を屈め、レオノールの顔を覗き込む。
そう言って、自然に手が伸びた。
額に触れれば、熱があるかどうかは分かる。
だが、その手は届く前に払われた。
――ぱしん、と乾いた音。
「えっ」
動揺の声を上げたのは、レオノールだった。
手を払ったのもレオノールだ。
レオノールが、息を詰めたようにクラウディオを見上げた。
まるで、自分のしたことに一番驚いているのが彼女自身のようだった。
「……ご、ごめんなさい! 反射的に……!」
慌てて立ち上がると、椅子の脚が音を立てて倒れる。
レオノールはブーツを片手に掴んだまま、ガラス扉へ駆け出した。
「待て!」
クラウディオも即座に立ち上がる。
呼び止めるがレオノールは振り返らない。
ホールにいる他の客や給仕の間を器用にすり抜け、そのまま建物の外へ出た。
「おい! 何故、逃げる?」
「えっと、なんて言うか……用事を? 思い出して!」
足は早いはずだが、クラウディオはブーツを履いている。
厩舎で馬を返却してもらうつもりだと分かって、裏道から回り込んだ。
「用事などないだろう。君は今日を楽しみにしていた。本当は何が原因だ」
「本当はって、嘘じゃ……私の、家……いや。王宮のーー」
口では必死に抵抗しながらも、レオノールの目が泳いでいる。
「責めてるんじゃない。俺が何か、気に障ることをしたか」
掴んだら、また振りほどかれる気がして、躊躇う。
だが、簡単にはすり抜けられないように、事務室の扉との間に位置を取る。
「そうじゃ、ないです。あの、クラウディオ様じゃなくて」
「君が帰りたいと言うなら止めないし、具合が悪いのなら馬車を用意する。だから、理由を聞かせてくれ」
珍しく、歯切れの悪い口調でもごもごと尻すぼみになって、レオノールは視線を落とした。
長い睫毛の隙間から覗く瞳は潤んでいるようで、やはり平常ではない。
「……ごめんなさい、どっちかというと私の問題っていうか」
レオノールは目を伏せ、迷うように口を開閉させた。
そしてとうとう、耐えきれなくなったようにしゃがみ込んだ。
「なんか私、ヘンなんです。クラウディオ様と一緒にいると」
クラウディオの息が止まった。
意味を汲み損ねて、しばし言葉を探す。
「……俺と一緒にいると? 不愉快ということか」
「違う。嫌な感じじゃないんですけど、なんか……その」
レオノールは自分の両手を握りしめたまま、唇を尖らせる。
「顔を見たら胸を引き絞られるというか……」
唐突にクラウディオを拒絶した理由。
どんな事実がもたらされても真摯に受け止めて対処するしかない。
この外見をレオノールは好んでいるとばかり思っていたが、気に入らなくなったのか。
理由の冒頭がこれでは、続きを聞くのが怖い。
だが逃げられるよりはマシだと、緊張の面持ちで次の言葉を待つ。




