不本意な賭け 3
この国では身分制度が確立している。
上位の者から下位の者へ声をかけるのが礼儀だ。
「初めまして。大変ご挨拶が遅れまして申し訳ございません。ノーキエ王国のアルマ・バレンシアと申します。英雄たるレオノール妃にお声がけ頂き、光栄の至りにございます」
初めに挨拶を交わしたのは、ノーキエ王国からやってきた一行の一人、アルマだった。
健康的な小麦色の肌に、陽に透けて明るく見える黒髪を高めの位置で纏めている。
身長は150cmちょっとと小柄で幼く見えるが、意外にも既婚者で二児の母でもあった。
語学の堪能さを買われて、使節団の一人に任命されたらしい。
「私のほうこそ、お会いできて光栄です。我が国の水はお身体に合いますか? ご不便があれば仰ってください」
「全く問題ありませんわ。今朝は肌つやが良いくらいです。お気遣い痛み入ります」
レオノールの問いにアルマは一瞬驚きを見せたものの、感謝とともに笑顔を返してくれた。
「恐れ入りますが妃殿下、この者もご挨拶を差し上げてよろしいでしょうか?」
アルマの紹介で、次々とノーキエの来賓が挨拶に訪れる。
その中に使節団の補助役として雇われた少年もいた。
ルイス・アンジェロスと名乗るその少年は、まだ14歳だった。
「僕はまだ成人しておりませんが、アルヴァロ殿下のお口添えで同行が許されました。学びと共にこうして王家の方々にお会いできて、この上ない幸せでございます。大陸の母なる赤獅子の王太子妃殿下様、先日は世界をお救いいただきありがとうございました」
礼儀正しく腰を折るルイスは、目元まで伸びた前髪が長い以外は、普通の少年といった風貌をしている。
しかしその瞳の奥にはギラギラと野心的な光があった。
「大陸の母とはまた、随分と大仰な……。ありがとうございます」
(いいね、この子。ギラギラして。ただの補助役じゃないかも。なんか油断できない気配がある)
「こうしてお近くで拝見すると、昇り立つようなオーラがおありですね。不躾ですが握手をお願いしても?」
レオノールがルイスの危険性を測っていると、ルイスはすかさず手を差し出して握手を求めた。
行儀作法でいえばアウトなのだろうが、断るほどでもない。
「すごい、迸るほどのマナを感じます! やはり、尋常ではない」
「へえ、アンジェロス卿はマナが測れるのですか?」
マナは大気や大地、生物に宿る“精気”のようなもので、レオノールは生まれついてその器がバカでかい。
常人が生きるために必要なマナが夜に灯すランプの油くらいの量だとすれば、レオノールは月光を落とし込んだサルビアの泉くらいある。
だから、戦闘時に疲弊はしても、力尽きたことがない。
「はい! まだまだ学びの最中ですが……ああ、なんたる生命力! 全人類の憧れですね」
何だか言い回しがアルヴァロに似ているような気がして、レオノールは苦笑した。
アルヴァロに目をかけてもらっているようだが、そんなところまで似なくても良いのでは。
手を離し、見送ろうとしたところで、おもむろに懐に手を突っ込んだ。
「恐れ入ります。最後にもう一つだけ……」
何事かと身構えれば、取り出したのはペンだった。
レオノールからのサインを強請っている。
勢いには気後れしたけれども、サインくらい大した手間でもない。
「ありがとうございます! 大切に致します」
マントの背にサインを書き終えると、ルイスは大げさなほどの喜びを見せて去っていった。
それを聞きつけた後続の面々からも同様の頼みが相次いで、謎のレオノールのサイン会が始まる。
並んでいたのは使節団の文官やご婦人たちばかりで、皆サインを持ち帰り自慢をすると、嬉々として礼を述べては去って行った。
ノーキエの使者は概ね朗らかで気さくな気性をしている。
それに落ち着いた壮年の男性ばかりでなく、男女比は同じくらいだ。
年齢層はむしろ若い。
アルヴァロは積極的に多様な人材を登用しているらしい。
四半刻もすると列が消え、来賓の方々との挨拶は概ね消化したと思われた。
だがしかし、ふと感じる視線をたどれば、年若い令嬢たちの集まりが西方の東屋で固まり、こちらを見ている。
中央の人物が時折チラリ、と意味深な視線を投げるが、その場を動く気配はなかった。
服装を見るところ、エルグランの貴族令嬢のようだ。




