不本意な賭け 1
”もてなし”をする当事者はレオノールだ。
「当然です。私はただ、共に馬で森の散策などしてお話しできれば、と思って提案しました。一刻……いえ、一時間、十五分でも、お許しいただける限りで構いません。王城でさぞ窮屈な思いをしていらっしゃるでしょうから、僅かでも息抜きをさせて差し上げたいのです」
(何それ、アルヴァロ王子、めっちゃいい奴じゃん!)
レオノールは思わず、はうっと口元を押さえた。
アルヴァロの予想は大正解だ。
レオノールはここ一ヶ月以上、室内に閉じこもって淑女教育を受けていた。
狩猟にも参加できず欲求不満が溜まっているから、乗馬での散策なら喜んで付き合いたい。
ーーそれでも、応援対象はあくまでクラウディオだ。
乗馬のためにアルヴァロ側についたらいけないと、刹那に感じた興奮を押し隠す。
しかし、内心がそのまま表情に出がちなレオノールが無意識に示した感情を、見逃すクラウディオではない。
アルヴァロもまたしかりで、自分の提案に喜ぶレオノールに対し、満足そうに微笑んだ。
「狩猟の成果によって上位者には褒賞を用意していると伺いました。副賞とお考え下されば」
「褒賞か……。誰も彼も、褒賞と」
国使団の前では常に外交用の顔を保ち続けていたクラウディオだったが、この時ばかりは様相を変えた。
”褒賞”
その呟きに、この言葉がどれだけクラウディオの心に遺恨を残しているのかを垣間見る。
これは相当、根深い文言のようだ。
「そうですよねー……こんな、賭博みたいな行為は、クラウディオ様は」
レオノールはわざと気づかぬふりをして、はぐらかそうと試みた。
けれどクラウディオは間を置かずして、「構わない」と言い切った。
「いいでしょう。しかし、その条件だけでは私に利がない。私が勝ったら明日予定している国内視察への、レオノールの同行を取り止めますがよろしいですか」
賭けに新たな条件が加われば、次に狼狽するのは、レオノールだ。
「勝負を受けるんですか? でもその条件じゃ」
「良かった。お受けいただけるのですね。勝負は頭数? それとも目方(おもさ)でしたでしょうか?」
「当然、目方です。開始はこの後8時から、正午まで。それまでに持ち帰った獲物の重さで勝敗を決めましょう」
クラウディオとアルヴァロはどんどんと話を進める。
「わかりました。では、後ほどお会いしましょう。妃殿下、獲物を楽しみにお待ちください」
話がまとまるとアルヴァロは手を上げて、颯爽と去って行く。
クラウディオもまた、レオノールの動揺に構うこともなく参加者の輪へ向かおうとした。
「待って……! そんな賭けじゃ、私、クラウディオ様の勝利を願えないじゃないですか」
レオノールにとってはあんまりな条件だ。
追い縋って袖を引けば、クラウディオは鼻で軽く笑った。
「そうだろうな、お前は」
向き直ったクラウディオは、目に見えて不機嫌だった。
「そんなに乗馬がしたいなら、大人しくアルヴァロ王子の勝利を祈っていればいい」
当てつけるような口調は、褒賞に対する遺恨がどうとかではない。
明らかにレオノールに対して腹を立てている様子だ。
「そんな。私は形ばかりとは言え、貴方の妻ですよ? よその男性を応援するわけには」
妻として、普通の貴族女性と比べれば至らないところも多くあるだろう。
そう思って、精一杯努力したし、今日だってこれでも最低限の気は使った。
明日の国内視察はレオノールが楽しみにしていた、外出のイベントだ。
せっかくの機会を理不尽に奪われてどんな気持ちになるかくらい、聡明なクラウディオなら簡単に想像できるだろう。
というか、気づいていてわざと、提案したに決まっている。
普段は呑気なレオノールでも、嫌味を含んだ発言と遠回しな意地悪にムッとくる。




