家庭教師 4
正直なところ、レオノールは「お勉強」が苦手だ。
地元に幼子が集まって算術などを学ぶ寺子屋もあったが、サボることもしばしばだった。
座って学ばなくとも、勇者に与えられた数々の加護によりレオノールは生きる上で必要な知識を大抵本能的に習得できてしまうのだ。
だから苦手な部分は避けて来た。
問題もなかった。
「クラウディオ様が、夫人に依頼したんですか?」
「お立場は妃殿下が上になりますが、教師の役目をまっとうしている最中は私が師です。公式な場で困らないように、しっかり基礎から学んで参りましょう。もう一度、言い直してください。”クラウディオ様が夫人に依頼をされたのですか?”」
レオノールが恐る恐る尋ねれば、夫人はきちっ、きちっと一言ずつ、区切りながら噛んで含めるように説明する。
何とも生真面目で融通が効かなさそうな女性だ。
この師匠にして、あの生徒ありと言ったところか。
(どうしよ、これ。逃げたい……けど、逃げたらまずい?)
できることなら面倒は、避けたい。
リュシエンナの外見は、一般的な壮年期の貴婦人と言ったところで、俊敏性に優れた気配はない。
レオノールのフットワークならきっと逃げられる。
けれど、逃げたらもっと面倒な展開になる気もする。
レオノールは目前に迫った試練に戦慄しつつも、何事もないような顔でリュシエンナの言葉を復唱した。
リュシエンナは満足そうに頷く。
「左様でございます。殿下は幼き頃より乳母として仕えていた私を信頼して、役目をお授けになられました。クラウディオ殿下より全権を委任されておりますので、この場に於いては私の言葉に従っていただきます。よろしいですね?」
レオノールは両手を肩の位置まで上げて、笑顔を作り、全面降伏の意を表しつつ尋ねる。
「全権っていうと、具体的にはどういうことをするつもりなんです? ……なんでしょうか」
「まずは言葉遣いと仕草の矯正から始めます。午前の時間を活用して教養、そして午後からは歩き方やダンス。最低限の所作を覚え次第、社交場への同行など公務を勤めていただきます。今のままの妃殿下が人前に出ることは許可できませんので」
「そっかぁ。……そっかァ」
レオノールは天井を仰いで嘆息した。
「では。そこの貴女、ティーセットを持って来てちょうだい。まずは妃殿下のお人柄や技能を理解したいので、面談の時間を設けさせていただきます」
「私が、ですか?」
「貴女以外に誰がいるの。妃殿下付きの侍女なのに、妃殿下の客人にお茶も出せないのですか。それとも私が先触れを出さないから、用意の一つもないと言うのですか。貴女、お名前はなんと仰るの?」
「……シャヘルでございます。勿論お茶の用意はございます。かしこまりました、ベーレンドルフ夫人」
シャヘルは命じられた瞬間こそ、不服そうに唇を歪めた。
だが、すぐに蒼白になって部屋を出て行った。




