家庭教師 2
だから孤児だったレオノールでも、大した不自由をせず過ごしていた。
しかし、西方の国境付近は魔物が頻出しており被害が拡大し、ついには国中に魔王討伐の英雄を求める御触れが出された。
折しも、時はレオノールの気力・体力共に成熟する16歳。
討伐に名乗りをあげてもしばらくは周囲の反対にあったが、結局は周りが折れた。
セレスが仲間に加わり、その他の戦力を求めて討伐の旅へ赴くこととなる。
……結果的にはパーティのメンバーがすんなり集まらなかったり、途中の難易度が思ったよりも高かったりと苦労したけれども。
最後には魔王を倒すことができた。
その、もう一つの人生の記憶、なるものについてはお酒馴染みのセレスを除いて他言したことはない。
ほとんどの行動を共にしていたセレスに話しても理解されなかったし、自分でも上手く説明できなかったからだ。
そんな特殊な生い立ちも手伝って、今こうしてここにいる。
「……では、ご用がおありの際はお呼び下さい。騒ぎを起こさぬようにと、クラウディオ殿下から厳しく言いつかっておりますので、無用な外出は避け、お部屋で過ごされますようお願い申し上げます」
朝食後はシャヘルの先導で部屋に直行する。
慇懃無礼ながら、相変わらずどこか見下したような口調で告げるとシャヘルはわざとらしく深く一礼をし、退出しようとした。
しかし、ドアノブに手をかけたところで動きを止める。
廊下での異変に気付いたようだ。
「何の声、かしら……」
レオノールはおおよその展開を把握しているため、驚きはしない。
割と聴覚が優れているため、扉が閉まっていても半径10メートルくらいの音は容易に拾える。
無闇に噂話を耳にしても益がないので、普段は敢えて聞かないように努めていた。
先ほどから階下が騒がしい。
聞き慣れない女性の声と、複数の足音がそれを止めようと一塊になって階段を上がって来る。
それらが間近まで迫ったと思うと、キレの良い強めのノックが室内に響き渡った。
コンコン、コンコン!
「お妃様の御前に――失礼いたします」
落ち着いた低めの声が、廊下の向こうから続く。
有無を言わせぬ強い口調に、シャヘルは怪訝な目を扉に向けた。
「開けてあげてよ」
「いったい、どなたです。ここは恐れ多くも王太子妃殿下の居室です。先触れもなく無作法ではありませんか」
レオノールが促すと、シャヘルはツンと澄ました様子で不服を唱えながら扉を開けた。
王太子妃に対する無礼な人物としては自分が筆頭のくせに、よく言うものだ。
扉が開くと、廊下に佇んでいた人物は静かに室内に歩み入る。
現れたのは、漆黒の髪をきっちりと結い上げた中年の女性。
深い青のドレスは余計な装飾を排し、かえって着る者の威厳を際立たせている。
背筋は真っすぐ、歩みは静かで、けれど一歩ごとに空気を引き締めるような力を帯びていた。
シャヘルはあっさりと、その迫力に呑まれ、動けなくなった。




