王都直前 3
「……随分と、安く見てくれてんのね。……この勇者を……!」
「おや、何を怒る? 其方と同じだ」
言葉の意味はよく理解していたつもりだ。
「其方も同じようにクラウディオに婚姻を求めたろう」
王妃を始め、レオノールの婚姻を認めた誰もが、それを望んでいた。
レオノールが王子クラウディオの子をその胎に宿すことを。
だがいざ、その指摘を正面から受けると、レオノールの胸はザックリ、音を立てて抉られた。
自分がアルヴァロに抱いた嫌悪が、そのままそっくり返って突き刺さる。
クラウディオの嫌悪をまざまざと知って、レオノールは青ざめた。
あの日レオノールを拒絶したクラウディオの、苦々しい表情が浮かび上がる。
『……俺に愛まで望むとは、強欲な女め』
(ちがう、……そんなことを強要したんじゃない)
「同じだろう。耳障り良く、言葉をすり替えれば満足するのか? ならば望むようにしてやろう。私は其方を愛している、だから我が妻となれ、レオノール」
アルヴァロは微塵も揺るがず、むしろ笑みを深めながら立ち上がった。
レオノールの手を取ろうと、再び右手を伸ばす。
アルヴァロの主張は詭弁だと感じる。
なのにレオノールはどこかでその主張を信じ始めていた。
レオノールの行動は、言葉と本心を美しく飾っただけで、アルヴァロと同質なのだろうか。
(違うよね……? だって、今はクラウディオ様も私のことを)
「その通りだとも。人の心は変化する。だから今其方が私を嫌悪していても何の問題もない。我が妻となれば、時と共に私を愛するようになる」
ひたり。
得体の知れない大きな闇が、レオノールを飲み込まんと忍び寄る。
「……ぁ」
伸ばされた手に、つい気を取られた。
この世界で最も油断してはいけない相手に対して、刹那の油断を晒す。
手袋越しに掴まれた左手首に、強烈な冷気を感じた。
ハッとして手を振り払おうとするも、左半身がガクッと重くなる。
「だから、恐れることはない。ほら、何もかも全てを預ければ良い」
「っは、く……ッ!」
同時にどっ、と頭の中に黒い靄が入り込んできて、レオノールはようやく精神干渉を受けている事に気がついた。
微量の魔力では気づかなかったが、感知した時点から身体が防御反応を起こす。
レオノールは自身の左手で胸元を抑え、浅く呼吸を繰り返した。
足下が見えなくなるまで闇に包まれる。
その隙間からちらりと目を上げると、アルヴァロの満面の笑みが目に映った。
「ぐっ、……はぁ、は……っ! やっぱり、闇の魔法……!」
「抵抗するな。身を委ねれば楽だぞ」
冷えた液体が身体に浸透するようで、気味が悪い。
「くっそ……う!」
レオノールは唸りを上げ、左手の小指を噛みちぎらんと強く歯を立てた。
痛みを感じるよりも早く、バチィッ、と皮膚が裂ける感触がある。
一瞬の激痛で、強引に現実を引き戻す。




