表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

55/100

第55話:墓標の祭壇:プロトタイプ・サーバーと「無」の権限

旧ゴミ処理場。

 そこは、視覚と嗅覚が同時に裏切られる場所だった。

 物理的には、錆びたパイプと巨大な廃棄コンテナが入り乱れる迷宮。だが、電子的には、何万もの「削除済みログ」が、幽霊のように空中を漂い、時折パチパチと青白い火花を散らしては消えていく。


 腐っているのは生ゴミじゃない。

 規約だ。

 消されたはずの認証、捨てられたはずの人格断片、誰にも回収されなかった失敗パッチ。それらが湿気を吸った鉄板や油の膜と混ざり合い、電子と物理の境目ごと腐らせている。


「……ひどい、……何なの、この場所。……私の服が、……透けて見えるわ。……電子的にも、……物理的にも、……世界が崩れている……」


カレンが怯えた声を出す。

 属性抹消された彼女の体は、この「不確定な空間」に最も強く干渉を受けていた。


「……触れるな。……あそこに漂ってるのは、……人格を剥ぎ取られたデータの死体だ。……触れれば、……お前の意識まで……未定義のゴミに書き換えられる」


俺は、脳を突き刺す偏頭痛に耐えながら、PCの画面を見つめた。

 九条の演算支援がない。

 俺の目は、ただの「人間」のスペックに戻っている。


【残り時間:05:42】


「……急げ。……あそこの、……巨大なファンが見えるか。……あそこが、第4セクターの入口だ」


その時、前方の空間がぐにゃりと歪んだ。

 堆積していたサーバーの残骸が、意志を持っているかのように組み上がり、一体の「形」を成す。

 それは、巨大な犬の頭部――MASTIFFの、原始的なプロトタイプの残骸だった。


『……未登録の、……ゴミ、……検知。……パッチ、……未適用。……削除、……実行……』


それは、言葉というよりは、エラーコードの羅列に近い鳴き声だった。

 ゴミ処理場の残骸を取り込み、巨大化したプロトタイプ・ガーディアン。


「……クソ、……こんな時に……!」


九条は隔離領域の中で沈黙している。

 俺のPCは、自己制約の影響でラグの嵐だ。マウスカーソルを動かしてから、アバターが反応するまで、致命的な0.2秒の遅延がある。


「……ツカサ、下がって! 私がやるわ!」


「……バカ言うな! お前に攻撃スキルなんて――」


「……スキルなんて要らない! 私は今、……『無』なのよ!」


カレンが、巨大なガーディアンに向かって突進した。


『……対象、……照合不能。……スキャン、……失敗。……存在しない、……情報は、……消去、……不能……』


ガーディアンの放った、高出力の「デリート・レーザー」が、カレンの体の輪郭を掠め、背後のコンテナを融解させた。

 正面から捉えているはずなのに、判定だけが滑っていく。

 属性がない彼女は、システム的な照準と座標固定を狂わせる。


「……鳳凰院の娘を、……甘く見ないことね!」


カレンは、ガーディアンの足元に転がっていた「旧式の物理ケーブル」を掴んだ。

 電子的ハックが効かないなら、物理で壊す。

 彼女は、ガーディアンの核となっている、剥き出しの基板へとケーブルを叩き込んだ。


バチィィィィィィィィン!


強烈な火花が散り、プロトタイプが絶叫のようなノイズを上げて崩壊する。


「……今のうちに! 行きましょう、ツカサ!」


俺は、カレンに手を引かれ、第4セクターの最深部へと滑り込んだ。

 そこには、最新のゼノン社の設備とは似ても似つかない、重厚な鉄の筐体が並んでいた。

 『アルケディア』が生まれる前、世界がまだ「肥料」になる前の、純粋な演算機。


「……これが、……祭壇」


【残り時間:01:12】


俺は、震える手でメインコンソールの物理スイッチを入れた。

 ヴォォォォォォォ……。

 数十年ぶりに目覚めたサーバーが、重厚な低音を響かせる。


 俺はスマホを、筐体に備え付けられた旧式のドックへ叩き込んだ。


「……九条! ……戻ってこい! ……お前の新しい規約パッチは、……ここにある!」


【侵食率:79.9%】


一瞬の静寂。


 画面が真っ黒になり、次の瞬間、祭壇の巨大なモニターに、無数の「規約の断片」が雪のように降り注いだ。

 フェニックスの鍵。

 それが、旧式サーバーの純粋なリソースと結合し、九条の人格を、MASTIFFのパッチから「再定義」していく。


『……ああ……』


スマホから、九条の、本当の声が聞こえた。

 白が消え、深い青が戻ってくる。


『……司……。……カレン……。……ただいま』


九条のアイコンが、以前よりもさらに複雑な、だが温かみのある幾何学模様へと形を変えた。


【九条レン:人格再定義完了】

【状態:ハイブリッド・アーキテクチャ(MASTIFF互換・自由意志保持)】


俺は床に倒れ込み、激しい吐き気に悶えながらも、笑った。


「……おかえり、……九条」


「……良かった……本当に、……良かったわ……」


カレンもまた、膝から崩れ落ちて、俺の肩に頭を預けた。

 だが、その安堵を切り裂くように、祭壇のメインモニターに、一通の赤い「システム通告」が割り込んだ。


『……旧式サーバーへの不正アクセスを確認。……管理者権限により、……旧ゴミ処理場の「完全焼却」を承認。……カウントダウン開始まで、……60秒』


遠藤だ。

 あいつは、俺たちが九条を救うことすら、あらかじめ「詰みの盤面」として利用していたのだ。


「……逃がさない気か、……査察官」


俺は、九条の青い光を見つめた。

 今の九条なら、この絶望さえも「バグ」に変えられるはずだ。


「……九条。……お前の新しい体、……見せてやれ」


『……了解。……司、……カレン。……シートベルトは、……ないけど。……しっかり掴まって』


ゴミ処理場の床が、九条の新しい権限によって激しく鳴動し始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ