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彼の事情1

「そういう意味では、リンティス様は珍しいタイプですよね」

「……そうか?」

灯りを落とし、カウンター回りだけが浮かび上がる店内。

(リンティス)が現れるのはいつも閉店後のそんな時間だ。田舎なので夜は早く、店を七時に閉めても既に人影はなく街灯ばかりが灯っている(その方が電気代が安いとかで全て青いLEDに変えられているのが妙に寂しい)。車の通行が多い国道や量販店のある辺りはまだ賑やかだが、住宅街は閑散としたものだ。密な付き合いをしている隣近所も、日が落ちてからは滅多に行き来しない。

怪しい客が訪れていても気づく者もおるまい。見つかれば見つかったで何かと騒ぎになることは想像に難くない。

「何て言うかな、男の人の方が保守的ですよ。少なくとも食べ物に関しては、目新しさなんか求めてないと思うんです」

「……そういうもんか」

鈴の言葉に肩は竦めてリンティスは本日の魚定食、鰤の照り焼き定食に箸をつけた。白飯(希望によって雑穀米に変更可)鰤の照り焼き、蕪の漬物、ワカメと油揚の味噌汁にいんげんのピーナツ和えというメニューは割と評判がいい。自分の夕食にしようと思っていたが、リンティスが食べたそうだったので譲った。

彼がここで自分も食べていくことは少なくない、今日のように鈴が作ったメニューでも出来合いを温めたものでも平然と食べる。代金は請求したことがないが、気がつくとレジの中身が増えていた。『向こう』での売り上げも同様に、彼が日本円で入金してくれているらしい。

『向こう』の通貨はいびつな硬貨だ。文字もわかるはずがないのに何となく読める、一ポンが小さめの銅貨で最小通貨らしい。小さくても日本の硬貨よりだいぶ大きく厚さも不均衡なので、アクセサリーかオーナメントのように見える。

だが店で食事する向こうの住人には貴重な財産なのだろう。その小銅貨の上に銅貨、大銅貨ときて小銀貨、銀貨、大銀貨と一桁ずつ位が上がるそうだ。もっとも鈴がこの店で見たことがあるのは小銀貨までだ。

基本、来店する客は前にも言った通り街道を行く旅人が多い。だが最近はぽつぽつその街道沿いの住人が訪れることも増えてきた。

そしてやはり、見慣れない品に拒否反応が出るのは圧倒的に男性が多い。女性も不審がりはするものの、匂いを嗅いで美味しそうなら味見してくれるし、食べて美味しければ喜んでくれる。男性の場合は味を認めても、なかなか受け入れ難いのが端からも見てとれる。

リンティスはその点、鈴が出しているメニューや彼女自身が食べているものに興味を示すし、薦めて断られた試しがない。好奇心旺盛、というかいろいろ知らないものを求めているという印象だ。最初のうちはそうでもなかったから、この辺も彼の変化なのだろう。

「まあ、私の場合はそれが必要でもあるからな。新しい物事を少しでも自分の世界に取り込めなくては、先の見透しが立たない」

「あら」

彼には彼なりの事情もあるらしい。

リンティスの世界には多くの神が存在し、それぞれの使徒達を護り導いているという。

「まあ私はそれほどまめに世話をしてはいないが。面倒だし」

だがそうして導くことで人々の信仰心が高まれば神も力を得る。そのために利用されるのが、世界に満ちる魔力なのだという。

「他所では、英雄譚とか恋愛劇とか、そういうのを展開して人間の感情を掻き立てるのが流行りだ。それが我々みたいな存在の栄養分になるんだな」

「……はあ」

良くわからないながらも頷いて鈴はお茶を淹れる。

「他の、特に最近東側にいる連中とかはその辺熱心でな。いろいろ続けざまにその手の伝説作りに励んでたんだが……お陰で魔力を浪費し過ぎて、薄れてきたんだ」

「……それは、大変なことなんじゃ?」

言ってみれば資源の枯渇、エネルギー危機的な事態ではなかろうか。不安を覚えて問い質す鈴に、お茶を啜りながらリンティスは落ち着いたものだ。

「元々うちは少ない魔力をやりくりして地味にやってるんで、そこまで影響もないんだけど。さすがに格差が広がり過ぎた。彼奴等、ごっそり此方の魔力まで掠め盗ってやがるし」

言って湯飲みを飲み干す。とん、とそれをカウンターに置いてリンティスは鈴を見る。

「そこで、(おまえ)を呼ぶことにした。外の世界から違うモノを呼び込むことは、世界の魔力循環を盛んにするには効率的だ。それに鈴の飯は美味いから、うちの連中に食わせてやりたいんだ」

「……そう言っていただくのは光栄ですけど……私は別に本職じゃないし、出来合いもずいぶん使ってますよ、いいんですか?」

「構わんよ。向こうの世界、要は『違う』ものを流し込むことで反応を起こさせたいのだから。……それに鈴のご飯は出来合だろうと美味しい」



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