再来したもの
「いらっしゃい、カークスさん」
この男が、妻のスーを伴わずに店を訪れるのは珍しい。どちらかというとスーが夫を引っ張って来るのが常だ。大概リアンナやフレディも同行しており、彼等の居留地では相談しにくい話をしていることも多い。
今回、彼の連れは見慣れない男だった。というかまだ些か線の細い、少年と評した方が相応しい人間。
「よう、リン。……こいつに飯を食わせてやってくれないか」
「は?」
思いもかけない言葉に鈴はきょとんと相手を見る。
言ってみれば飲食店だし、『食わせる』のは普通のこと。それを敢えてこんな風に言われるのも謎だが、大体に於いてカークスはあまりこの店に馴染んでいなかった。鈴から見ていると、何となく他者を受け入れまいとする雰囲気が伺え、だからこそスーは余計に彼を他の誰彼に関わらせようとしている風に思えて。
そのカークスが、今まで連れて来たこともない相手を同伴し、あまつさえこういう言い方をする、というのは正直予想外、かつ意外過ぎる異状事態。果たして彼はいったんテーブル席に着いてから、わざわざカウンターまでやって来た。様子を伺う鈴に、連れに聞こえないよう囁く。
「……どうも、親か誰かに捨てられたらしい。行く宛もない、というか何も覚えてないっていうから、村で働かせて見ようと思ってる」
カークスは歳こそ若いが、開拓村ではまとめ役の一人だ。排他的なところはあるが、逆に仲間認定した相手には意外に面倒見が良いらしい。特に女子どもや病人等、弱者には甘い。
「……じゃあ食べるものは、少ししっかりしたお腹にたまるものがいいですよね。鶏と豚とどちらにしますか?」
彼のそういう性格は鈴にも何となくわかってきた。問えば豚を選んだ彼等のために、生姜焼き定食を二人前準備し並べてやる。
「味が少し濃いめかもしれませんけど、こっちのご飯と合わせてお召し上がりください」
大きめの皿には千切りキャベツと生姜醤油の染みた豚肉と玉ねぎ。ポテトサラダとプチトマトを添えて、小鉢は蒸し鶏の酢の物。メニューがメニューだけに、主食はご飯一択だ。カークスは食事に対しても保守的だが、最近は米飯も口にするようになってきた。
「……また美味そうな匂いだよな……」
「ふふふ、ご飯はお代わり可能ですよー」
甘辛いこの味付けにはやはり米の飯、と思ってしまうのは鈴が日本人だからなのだろうか。しかしカークスも異論はないようで、ぎこちなくフォークを操りながら健啖な食欲を見せる。
そして連れの少年は。
「なんだおまえ、案外器用だな」
トレイの上にフォークやナイフと一緒に並べてあった箸で、必死に貪り食っていた。呆れ半分のカークスの揶揄も耳に入っている様子はない。箸使い、という意味ならかなり雑な、半分箸を握り込んだような躾の行き届かない子どもの仕種だが。それでも一応、箸を使っている。
「……リンティス様」
「な、何だ」
例によって閉店後、いつの間にかカウンターの隅に現れていたリンティスに呼び掛けた鈴の声音は神様をたじろがせる迫力ものだった、らしい。
「今日、カークスさんが連れて来た子って、『こっち』で行方不明になった子ですよね!?」
着ている衣服や靴こそカークスや開拓村の住人と似たりよったりのごわごわした粗末なものだったが。そもそもリンティスの世界で箸を使い食事をする文化はない、一応フォーク類も出してあったのに箸を使う辺り『彼』は明らかにそちらに慣れていた。
よくよく顔を見てみれば、確かに一度だけ来店したあの中学生だとは言い切れない。だが何となく面影は感じ取れた。それに『箸使い』が動かぬ証拠。
前述通り、この国には『箸』の文化はない。尖った細い棒を串として刺して使うことはあっても、それを二本使って食物を挟んだりはしない。リアンナ辺りは鈴の食事の様子を見て自分もやって見ようとしていたが、なかなか苦戦していた。元々テーブルマナーが出来ている分、全く異なった手法に慣れるのは難しいようだ。
それを考えれば、まともな躾がされていなかったらしいとは言え一応箸が使えるあの少年は、鈴と同じ世界の出身と判断できる。
その辺を追求すれば、視線を逸らしていたリンティスは渋々それを認めた。
「いや本人には確認取ったぞ?『帰りたいか』って聞いたら『帰りたくない』っていうし、他所行くか聞いてみたら行くって」
少なくともリンティスの現状では、相手の同意を得ず自分の世界に連れて行くことはできないらしい。その上で本人が同意した、と言われてしまえば鈴はそれ以上何も言えない。
鈴には言わなかったのだが、リンティスがその少年に気づいたのは、彼がリンティスの管轄下であるくつろぎ庵の敷地内で息絶えかけていたためだ。長期的な栄養失調に加え、暴力行為に耐えるだけの体力もなく、いつ死んでもおかしくない状況だった。
万一店の敷地内で少年の遺体が見つかれば、鈴と店もトラブルに巻き込まれるだろうことは想像に難くない。それを回避するために家に送り帰してやろうと思ったリンティスに、本人は帰りたくないというので、じゃあ自分のところにもらってしまおうと思った。
そもそも鈴の世界は、ヒトが多すぎる。多すぎるが故に、それが無為に喪われることに歯止めがかからないようだ、とリンティスは見ている。どうせ喪われかねない命なら、勿体ないからもらって有効活用させてもらおうと、その程度だ。
元々リンティスは、自分の世界に於いても他の神の加護下からはみ出した者を自分の加護下に引き入れている。こちらの世界はまだヒトの数も少なく、神々にとってエネルギー源たるヒトの情動も集めるのは大変なのだ。加護下から出るということは、ある意味激しい情動をもたらすことでもあるので、リンティスにとっては二重の意味で貴重な資源だ。
鈴の店に来る者の中では、カークスとリアンナがそれに当たる。




