# 04
比奈が自分のクラスの友達を紹介してくれたのは、高校に入ってすぐだった。優太に出会ったのはその時だ。
お姉ちゃんプロデュースでない趣味全振りな私でも素で居られる、比奈のように一緒に居て楽しい人。優太はそんな人だった。
高校三年になってすぐの春。
放課後の誰もいない教室で、一人友達の用事が終わるのを待っていた。
夕日が差す教室の窓辺の席。外からは運動部の掛け声が聞こえてくる。
スマホでSNSを開き、ぼーっと情報を追っていると突然、画面前に知らない漫画のキャラクターの切り抜きがずいっと現れた。
――ん? しっかりした良い体躯に涼しくも意志の強そうな目元……良い……
「香月、こういうキャラ好きでしょ?」
優太が前の席の背もたれを前方にして座っていた。
「すごい、なんでわかるのっ」
「わかるよ、香月のことずっと見てたから」
「へ?」
「ふふ、気付かなかった? 好きだよ。ねぇ、俺と付き合って?」
付き合い出してからも優太はとても優しくて、私のことをきちんと認めてくれていた。もちろん趣味だって「なるほど、そういうことか」と嫌悪感を持つことなく、話を聞いてくれた。
そんな日々を過ごし、少しずつ優太との関係が深まるにつれ、胸の奥にだんだんと靄がかかり始める。その靄は少しまた少しと固まり始め、重みを生み出す。
そして付き合って2度目の夏が来る頃、私はその正体に気付いてしまった。
胸の奥につかえたその塊は……罪悪感だった。
――頭の中を記憶がめぐる
「俺のこと、嫌いになった?」
夏の日差しが水に反射し床をキラキラと揺らした。泳ぐことに特化した鳥類がキラキラ光る水の空を自由自在に飛び回る。
「優太が私にくれる好きを……返せないの。だから、ごめんなさい」
「……そっか。無理させて、ごめんね。今までありがとう、柚子」
悲しそうに笑うその笑顔が頭にこびりついて離れなかった。
――それから数年。あの場所で会った優太は笑っていた。それだけで、なんだかストンと心が軽くなった。
良かった、と心からそう思えたその時。別の声が頭に響いてくる。
――俺は柚子さんの事が好きです
――まずはちゃんとした友達から!
――やーっと笑ってくれた。……――柚子さんの笑顔好きなのに
――だから……覚悟してね?
「あー……だー……はぁ……」
「あぁもうっ、鬱陶しい! 口を閉じろ、息を吐くな」
本日の講義が終わり、比奈とカフェに来た。
ここ最近、私の思考は帰省ラッシュ時の高速道路のように渋滞している。その原因がわからないのであればまだ悩みの部類も違ったと思う。が、悲しいかな、その原因がおおよそわかってしまっているのが問題だ。
「先月、水族館行った日さ、あの日の帰りに戦利品の本を返してもらったの」
「ちゃんと約束守ってもらえて良かったじゃん」
「うん……」
「じゃ何が不満なの? その本好みじゃなかった?」
「まさか! 最っ高に尊かったよ! 続編が次のイベントで発売予定だから次回イベントは参加確定だし! 何より今作の終わり方がね、どうしても煮えきらない右に、左が色気しかない顔で言うの! 覚悟しとけ、って……」
そう、本を返してもらったあの日。「覚悟してね」と告げられたあの日。
左澤くんと別れて、落ち着かない気持ちをどうにか戻す為に手元に戻ってきた本を開いたのだ。推し達が濃厚なやり取りを重ね、それでも煮えきらない右に、右に、左が……――っ
「あ"ー……はぁ……」
「だから何なのよ! 楽しかったなら急にテンション落とさないで」
「だって、ページを捲ったら推しが同じ事言ってるんだよ?!」
「いや、わかんないし。はーい、もうこの話し終わり」
「塩だよ、あまりにも塩対応すぎるよー」
――台詞が二次元と三次元で重複することあり得る?
でも、これはまだ始まりに過ぎない。彼は有言実行の男だ。
「友達だけど意識してもらえるように頑張る」と言っていた時も、サボることを教えたいほどの行動力だった。そして現在、当初より全力の左澤くんの眩しい笑顔に圧倒される日々を送っている。
ある時は、講義前の講堂で。
――柚子さん前髪切った? 可愛い。
またある時は、私の趣味という弱点をつかれて。
――今度この漫画の原画展一緒にいかない?
そしてまたある時は、本当に突然の隙をついて。
――やっぱ柚子さんの笑顔、好きだな
積極的ではあるけど、無理に距離を詰めようとはしてこない。そんな左澤くんとの関係は素でいれるものになってきているのは間違いない。
でも、ふと思い出す彼の意地悪なその笑顔に、心穏やかでいられなくなってしまうのだ。
最近は一緒にいる時にそんな事を思い出し、ドギマギとしてしまう事も少しある。そんな私を見て少しだけ嬉しそうに笑う左澤くんは、ちょっとムカツク。
「もう大体さ、存在がずるくない? 持ってる武器の殺傷能力が違いすぎるんだよ」
「武器って、サバゲーでもするの?」
「違うよー、外見とか性格とかそういった……って、なんでっ」
思いがけず返事が返ってきたことに驚いて視線を移すと、左澤くんと来須くんが立っている。
二人に気付いて、更にはそこに居るという事実を飲み込んでから急いで比奈を見ると、比奈が言うのだ。
「柚子が面倒だから召喚しといた」
会話が行われてたであろうメッセージ画面をこちらに向け、にっこりと笑った。
お店も空いていて、もともと四人席だったこともあり、私の隣に左澤くん、比奈の隣に来須くんが座る。
気まずくなるのかと身構えたけど、そこはさすがの陽の者たち。話題が豊富である。私だって推しの話であれば永遠にしていられる自信あるんだけどな。
「で、香月さんはどう思う?」
「え、私?」
油断しきってたところに来須くんからの質問が飛んできた。
議題は夏休みの旅行先について。
「そうだなぁ、高二の時に比奈たちと夏に日帰りで海行ってすっごく楽しかったし、今度は一泊でってのもありだと思う」
「確かに! あの時すっごく楽しかったよね! 帰りたくないって言ってたもんな。一泊とか最高じゃん」
二人で楽しかった夏の思い出を語らっていると「それってさ」と左澤くんが質問を投げてきた。
「杉浦くんも居た?」
とても簡潔な質問なので、答えも至ってシンプルで、YESだ。たったそれだけなのにどんなテンションで答えたらいいのかわからず即答出来ない。
このままでは気まずい間が空きそう、そんな事が頭に浮かんだ時に、なんのことのないテンションで比奈があっけらかんと回答した。
「え、いるに決まってんじゃん。だって、杉浦あの時既に柚子のこと好きだったし。何なら柚子の水着姿見れるってテンション上がってたよ」
全く知らない情報を今更知らされた私は、どんな顔で居たら良いのだろう。とりあえずは、あははと笑顔を貼り付けて場を凌ぐ。
――誰か正解を教えて!
そんな個人的に気まずい空気の中、左澤くんがそれはそれは小さな声でボソリと呟いたのだ。
「……ずる」
聞き取った単語にみんなの視線が彼を向く。聞き間違えでなければ5歳児みたいな発言が聞こえたのだけど。
「ははッ、瑞輝、流石にそれはガキ」
「わかってるよ。でも、俺も海がいい。夏って感じを皆で楽しみたいしさ」
「ふーん、その夏って感じの中に柚子の水着姿も含まれてるのかな?」
ニヤニヤと悪い顔で左澤くんを詰める比奈。来須くんが止めるのかと思いきや、一緒になって少し楽しそうにしている。この二人意外と気が合うのかもしれない。が、今はそうではない。
揶揄う二人を止めるべく間に入ろうとしたその時。左澤くんから迷いのない回答が発された。
「え? もちろん。だって普通に考えて、好きな子の色んな姿って見たいじゃん? だから、俺は見たいよ、柚子さんの水着姿」
「――ッ」
凪いでた心が一瞬にしてかき乱される。
「……うっわ。左澤っていつもこんな感じなの? 柚子、生きてるー?」
「こいつ素が天然人たらしだから、頑張ると余計、な」
「え、何。俺すげぇ言われようじゃん。だって本気だし、ちゃんと伝えたほうが」
「わかった、わかったから、海に行こう! そうしよう!」
尋常じゃない心音が周りにバレないように早急に話に決着をつけることにした。海、行こう、そうしよう!
でもそんな空気に耐えられなくなったのは、私よりも比奈だったようだ。
「あー……来須、私寄りたいお店あるんだけど一緒にどう?」
「お、偶然だな谷中。多分それ俺が行きたい店だ」
そんなわけあるか! と心のなかで突っ込むも、二人は早々に荷物をまとめ「また明日」とカフェを出ていってしまった。
残された私たちのこの気まずさときたら。流石の左澤くんも苦笑いだ。
手元のグラスの中で氷がラカンと音を立てた。比奈とカフェに来てグダグダして、左澤くん達が召喚されて旅行の話をして……時間としては結構経っている。
二人が帰ってしまって、変わってしまった空気の入れ替えをしたい。というよりも、しなければ私がなんだか息苦しいというか、熱いと言うか……とにかくだ、酸素、大切。
私たちも移動しようと提案して、カフェの外に出た。
この時期の気温は日によって半袖でもいいくらいまで上がることもあるが、今日は薄手の長袖が丁度いい。
他愛もない話をしながら、二人で目的もなく歩く。
ふと、ショップのガラスに反射した自分たちの姿が見えた。大学帰りの私はいつも通り地味めな格好だ。
今までだって大学帰りにカフェに来たり、比奈や他の友だちと買い物に行ったりなんて数え切れないくらいにあった。
勿論、別れるまでは学校帰りに優太と待ち合わせて出かける事もあった。
ガラスに反射した姿、鏡に写った姿、どれもが自然に目に入るものだ。今までそんな事を考える事もないくらいに。
「……やっぱ左澤くんだって、可愛い子の方がいいんだろうなぁ」
「えっ?」
「へ?」
「いや、今……柚子さんが……」
左澤くんの顔が少し赤い気がする。でもなんで?
「私がどうかした?」
「頭の中、声になってた」
――え、私何を言った?!
直前に何を考えていたのか脳内整理をする。確か、多分、おそらく……つい数秒前のことなはずなのに、全くわからないのは、結構パニックになっているのだろう。
「俺が、可愛い子のほうがいいんだろうなって。ねぇ、それってどういう意味?」
左澤くんが歩いてた私の腕を軽くつかみ立ち止まる。彼の真剣な視線に捕まり、頬が熱を持った。
「えっと、それは……」
道行く人々が私たちを避けて歩いていく。その光景に少し冷静になった私が、左澤くんに提案をした。
「場所、移動しよ?」
◆ ◆ ◆
コツコツと階段を登る足音が二つ。先程から妙に左澤くんの口数が少ないのは何故だろう。
階段を上がって突き当りの角部屋。ガチャガチャと鍵を開けドアを開いた。
「どうぞ上がって下さい」
「いや、柚子さん、やっぱ外のほうが……」
「だって外だと場所探すの大変じゃん?」
「そうだけど……」
「一人暮らしだから気にしなくていいし⋯あ、でも趣味本が本棚に普通に並んでるのは御愛嬌ね」
「そういう意味では……あー……はい。お邪魔します」
あのまま人通りが多い道では話せない。かと言ってまたカフェに入るのも……そう考えた時に思いついたのだ。
―――家で話せばいいのでは?
場所を告げず移動し始め、アパートに近づいてくると左澤くんもどこに向かってるのか気付いたようだった。「もしかして、柚子さんち?」と聞かれ、肯定した辺りから彼の言葉が減った。何故だ。
私はというと、歩きながら部屋の現状を脳内に呼び起こしていた。
散らかってはない。シンクに今朝使ったマグカップを置きっぱなしだけど、そのくらいはいいだろう。ただBL本は隠すことなく棚に綺麗に並べてある。趣味全振りヲタクの部屋なんてきっとみんな同じだろう。幸い左澤くんは私の趣味を知っている。
パッと見える部分は背表紙だし、そもそもが薄い本なので背表紙にタイトルはのらない。引き出さない限り事故は起きないはずだ。
そんな考えを巡らせながら、無事に到着した部屋は記憶にあった通りでとりあえずは安心した。
座ってと伝えお茶を用意する。左澤くんは楕円のローテーブルの前に座っている。居づらそうにも見える。
「麦茶しかなくて、ごめんね」そう言って持ってきたコースターの上にグラスを置いた。
「部屋、嫌だった?」
「そうじゃなくて……俺、男。それも、柚子さんの事好きなんだけど、あまりにも不用心」
そこまで言われて、ようやくこの状況を正しく理解した。
見たままの状況だ、自室に男を連れ込んだのだ。
「あ、ごめっ、そういうつもりじゃなくて、気にせずにちゃんと話せる場所って考えて……」
今更ながら自分の行動に羞恥が湧く。
「そういうつもりって、どういうつもり?」
「なっ……連れ込んだわけじゃないし、ましてや襲ったりしないってことだよっ!」
誤解を解かなければと力一杯言いきった後、数秒の間が生まれた。見れば、左澤くんの口元がゆるゆるしている。
「俺が、襲われる側っクッ、ははっ、普通は柚子さんが身の危険感じるとこじゃない? 身の危険感じなきゃなのが俺だったとは、ふはっ」
そういうことかと今更思っても既に遅く。それでも左澤くんがいつもの感じに戻ってくれたので、良しとしよう。
それに本題はここからだ。どうやって切り出そう、そう思った時だった。
「じゃあさ、さっきの話。いい?」
ゆっくり頷いた。
思えば左澤くんは私が言葉や言い出しに困ってる時、いっつも話を引っ張ってくれている気がする。
「俺が、可愛い子の方がいいんだろうなって言ってたけど、それってどういう意味?」
そうか。あの時私はガラスに写った左澤くんと私の姿を見て思ったんだ。私なんかが並んでもいいんだろうかって。
「あれはその……今更なんだけど、左澤くんの隣を歩いてる自分見て釣り合ってないなーなんて」
「釣り合いって?」
「私ほら、見た目こんなだし、趣味全振りだし……比奈とかそういった可愛い子の方が隣歩いてて釣り合ってるなーって」
あははと笑って誤魔化そうとするも、左澤くんの真剣な視線がそうさせてくれず、無理に上げた口角を下げた。
――なんだコレ、恥ずかしい。
言葉が口から出た後に、その言葉の意味を、意図を、ようやく自分で理解する。私が話している内容、これって要するに……嫉妬心なのでは。
「柚子さんと歩きたいし、柚子さんが好きだし、柚子さんが一番可愛い。あれ、ずっと伝えてるつもりなのに伝わってない?」
「つ、伝わってます」
「ホントかな? なんの躊躇もなく部屋に呼んじゃうくらいだもんなー、俺理性ギリギリよ?」
「それはごめんって!」
慌てる私をみて楽しそうに笑う。
――そっか。安心するんだ、笑顔が。
ストンと気持ちが落ちてきた。
ここまでわかると、何だかここ最近の脳内渋滞が馬鹿みたいで八つ当たりまがいな言葉が浮かぶ。
「でさ、ここからが俺の本題なんだけど。さっき道で柚子さんが言ってた言葉って、結果的に俺は期待していいって事であってる?」
期待……――。
好きか嫌いかの二択ならば、答えは決まっている。でも、それが恋だと認めるのは、私にはまだ答えが出せない。
わからないから避ける。……少し前だったら、その一択だった。でも今は少しだけ踏み込んでもいいと思える。
「……右のくせに」
小さく、でもあえて聞こえる音量で声にした。
申し訳ないけれど、これは八つ当たりだ。
「え? 右?」
「そう、右。 なのになんでそんなに左なのっ」
「えっ、え??」
自分が聞いた内容と全く違う回答で、尚且つ、その内容の意味が彼にはわからないのだ。困って慌ててる左澤くんを見て、八つ当たりとしての大成功に口角がやんわり上がった。
「ふふ、わかんなくて大丈夫。……また今度部屋に来た時に教科書使って教えるから」
「え、うん……ってまた部屋にって、それ付き合っ」
「まだです」
しゅんとした彼に耳と尻尾が見えた気がした。
「あーもう悔しい! ……でも、左澤くんの笑顔、好きです。隣を歩きたいって思うのも本当です」
みるみるうちに彼の頬が染まり、口元が緩む。
「もっと左澤くんの事教えて欲しい」
「ん、もちろん。柚子さんの知りたいことは何でも」
「私の事もちゃんと話すね」
「俺、いっぱい聞くよ?」
「ふふん、ドンと来い」
私は左澤くんの事をちゃんと知らない。それに、左澤くんが知らない私の事だってまだ沢山あるんだ。
何事も過程が大事なのだ。お互いもっと向き合えたら、今みたいに笑い合えたら。
「だから……もうちょっとだけ待って欲しい」
「もちろん」
左澤くんの目元が弧を描く、一番の笑顔。その笑顔につられて私の口元が緩んだ。
今よりももっと知って、もっと笑って、いっぱい話して。この先の私たちにどんな道が待っているのかまだわからないけれど、きっと明るく暖かい。
その後、私たちがどうなったのか……?
それは今はまだわからない、未来のお話……――
― Fin ―
二人の恋(の始まり?)を最後まで見届けて頂きありがとうございました!
来るかもしれない未来の、教科書使って知識を得た左澤の反応や、皆で夏旅行等……彼らには楽しいイベント盛りだくさん。
想像するだけでニヤニヤしちゃいます。青春って、いいですね。
最後までご覧いただきありがとうございました。
そして……評価やコメントを頂けると、とても励みになります!
またどこかでお会いできることを願って――
X:@sheepzzzmei




