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幽霊列車


月ヶ瀬

「深夜、どこからともなく音がしてくる。耳を澄ましてごらん。怪異は今でも君を待っているよ」






 音がする。今日も深淵の底から音が響いてくる。俺は昼夜逆転しているから別に何とも思わない。いや、少しは気になるかもしれない。俺みたいにやることのない世捨て人みたいなやつでも気になるものは気になるのだ。


 低い響きが初夏の空気を震わせて、家まで到達する。ここ数日なぜか聞こえるのだ。空耳だろうか。それともついに頭がおかしくなって幻聴でも聞こえるようになったか。いや、この音は確かに響いている。

 

 それを確かめるには俺は動画を撮影することにした。スマホを手に取り、カメラを起動しようとする。・・なんだ、充電が切れてやがる。


 その音は走行する電車の響きだった。深夜だからよく響く。深夜? なぜこんな時刻に電車が走っているのだろう。それが俺の疑問だった。


 もうとっくのうちに終電は終わっているはずだ。そして、ここ数日以外は一度も電車が走っている音などしなかった。この音がするのはここ数日、毎日決まった時刻だった。試運転でもしているのだろうか? 昔、江ノ電の試運転の様子がネットに上がっていたが、そういうものなのだろうか。


 しかし、そう何回も走らせるものだろうか。沿線に住んでいる他の人は苦情を入れないのだろうか。毎晩、深夜にこんな騒音を出されたら眠りの浅い人など激怒するのではなかろうか。


 そんなことをつらつらと考えているうちに家の横にある線路を電車が走り抜ける音がした。音は大きくなり、やがて小さくなっていった。ちょうど窓のない方角に線路があるため、俺はその姿を見ていない。


 今日もその正体が分からずに終わった。だから、次の日、俺はついに外に出て直接その姿を目に焼き付けてやろうと思い立った。あわよくば動画も撮ってやろう。もちろん、スマホの充電が切れているなんてそんなことのないように。



 次の日の深夜、俺はスマホ片手に家の近くの踏切にやってきた。

 こんな時間に踏切でスマホ片手に立っているなんて、はたから見れば不審者そのものだ。撮り鉄のように群れていれば何をやってるかはすぐに分かるだろうが、俺一人だけでは何をやっているか想像するのは難しいだろう。


 人目を気にしながらそろそろ音がしてくるのではないかと耳を澄ませる。

 どこか遠くで犬が泣いている。救急車のサイレンの音も聞こえた。いまかいまかと待ち構えていると、その時は突然来た。


 ゴーーー、ガタンゴトン、ガタンゴトン・・。夜の底から低い響きが聞こえてきた。

 と、踏切が鳴り出し、遮断機がおりてきた。電車の音はどんどん近づいてくる。しかし、何も見えない。そろそろヘッドライトの光くらいは見えてもいいと思うのだが、俺の目には何も見えなかった。夜の闇が広がっているだけだ。


 ガタンゴトン、ガタンゴトン・・。確実に音は近づいてきている。

 今になってやっと異常さに気づいた。どういうことだろう。嫌な汗が背筋を伝う。もうすぐそこだ。なのに何も見えない。


 来る! 

 スマホを構えたと同時に闇から電車が現れた。特急だ。それも国鉄時代のL特急とか言われてたやつだ。街灯に照らされたその車体はベージュに朱のラインがかかっていた。昔、電車通学していた時に快速特急が駅のホームすれすれを通り過ぎる様子を思い出した。その時と同じ、風が沸き上がり轟音を響かせながらL特急はすぐ横を通り過ぎて行った。


 しばらく呆然と突っ立っていたが、やがて俺はいつもの精神状態に戻った。スマホを確認する。しまった! 容量がいっぱいで動画を撮影できてない! こんちくしょう!



 しかし不思議なことだった。鉄道に多少興味を持っていた俺なら分かる。俺が見たL特急はもうすべての路線で引退してしまって今では絶滅しているはずである。なぜそんな電車がこんな深夜にこんな片田舎の路線を走っているのか?


 復刻版の試運転だろうか? いや、街灯のおぼろげな光の中で何か別の電車を見間違えたか? さすがにそれはないと信じたい。では、第三の説。幽霊列車とかいうものだろうか? いきなりオカルトめいてきた。


 他の人もあの電車の走る音は聞いているはずだろう。目撃したのは俺だけなのだろうか。少なくとも俺がいた踏切の近くには誰の姿もなかった。しかし、踏切はいたるところにある。俺以外にも誰か目撃しているかもしれない。


 そこで俺は家に帰ってネットで情報を検索した。

 「L特急 〇〇線」。情報は出てこなかった。


 いよいよ不可思議だ。誰もその存在を知らない俺だけが知っている謎の深夜特急。考えるのもだるくなってきたので、俺は朝日が顔を出したころに寝ることにした。



 翌日、夕方ごろに目が覚めた。コンビニに買い出しに行ってくるかと、俺は夕闇迫る街に繰り出した。踏切を渡り、コンビニへの道をとぼとぼと歩く。その時、車道の脇に何か茶色いモフモフしたものが落ちているのが見えた。


 それは一匹のタヌキだった。

 かわいそうに。きっと道路を渡っているときに車に轢かれたのだろう。ここではタヌキを見るのは初めてだった。最近はクマも市街地に侵入してきているからタヌキもまた同じように勢力を拡大しているのかもしれない。


 俺はコンビニで一日分の食料とペットボトルのお茶を買い込み、とぼとぼと同じ道を歩いて家に帰った。


 さて、今日の深夜こそは幽霊列車の姿を動画に収めるぞ。そう決心して、いつもの時刻、踏切にやってきた。しかし、なぜかその日は時間になってもその電車は現れなかった。次の日も、その次の日も。忽然と俺の日常から幽霊列車は姿を消したのだ。


 なぜ見かけなくなったのか。

 俺はその答えかもしれないことをある日、本を読んでいて知った。


 明治のころ、日本に鉄道が走るようになった時に、同じような幽霊列車が話題になったらしい。それは偽汽車という怪異だった。その正体はなんとタヌキが化けたもので、汽車に化けたタヌキが本物の汽車と衝突して死ぬこともあったらしい。


 俺は道路で死んでいたタヌキを思い出して、妙に悲しい気分になってしまった。






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