第百六章 取引の種
少年は数秒間、冷却ファンの低い唸りと、銃の金属音を聞きながら考えた。
ここで沈黙すれば「ただの餌」と見なされる。だが、虚勢を張れば即座に撃たれる。
その狭間で、彼は賭けに出た。
「……俺が何者か、あんたたちは正確には知らないはずだ」
その一言で、周囲の空気が変わった。
傭兵たちの視線が一瞬、指揮官へと揺れる。
男は笑みを浮かべたまま、しかし目だけが鋭く光る。
「大層な口をきく。だが、その“正体”が我々に何の価値を持つ」
少年はわざと間を置き、淡々と続ける。
「アダム計画は“器”を量産するための実験じゃない。
……俺自身がその試作体の一つだ。
ログを調べれば、俺の生体データが計画の根幹に組み込まれているはずだ」
その言葉に、男の目がわずかに細められる。
虚偽かどうか、即断はできない。
だが、長年この計画を追ってきた者なら、その可能性を否定できないのも事実だった。
「証拠は?」
男の声が低くなる。
少年は端末を掲げ、指先を軽くスライドさせた。
「ここにある。だが……完全に開示する気はない。
俺が死ねば、この情報は暗号化のまま、永久に失われる」
沈黙。
重苦しい空気の中、監視モニタの冷たい光だけが二人を照らしていた。
少年は相手の反応を見逃さないよう、心臓の鼓動を抑え込む。
この交渉は“情報の非対称性”に賭けたブラフだ。
本当に持っているかどうかより、**「相手に持っていると信じさせること」**が重要だった。
男は腕を組み、しばし思案するように目を閉じる。
やがて、低い声で告げた。
「なるほど……確かに、おまえが“鍵”そのものだとすれば、利用価値は桁違いだ」
少年は無言で頷き、ただ相手を見据え続けた。
次の一手は、男の側に委ねられている。
取引に応じるか、力で奪おうとするか――。




