蒼穹の騎士の初戦闘②
「死んだか……?」
エトワール邸の玄関ホールの扉の前で横たわる俺に向けてジルは有名なフラグに近い言葉を口にした。
「生きてるよ。それと、敵を倒したか定かでない時にそういう発言はしない方が良いぞ」
「忠告痛み入るよ。しかし、私の勝利に変わりはない」
「……それは、どうかな」
俺は今一度剣を握り、自分のいる位置とジルの位置、そしてアレの位置を確認する。
姉さんはジルの後方、戦いに巻き込まれない場所に寝かされている。
ジルとしても姉さんに何かあれば困るからだろうな。
条件は整っている。あとは、自分を信じて剣を振るうだけだ。
俺が今持つみんなから借り受けている魔力の内、八割をこの剣に、一割を隙を作る為の手段に、残りの一割を身体に付与させる。
剣を頭上に上げ、両手でしっかりと持ち、基本的な構えを取る。
渾身の一撃の為のこの構えは相手の攻撃に対する手段はない。
当然、相手もこの隙を突き攻撃を仕掛けるだろう。
だから、狙うのはその時だ。相手の攻撃もすなわち一番隙のあるタイミング。
その隙を逃さなければ、俺の一撃は狙い通りの場所を斬ることが出来るはずだ。
「何をしようが、私の魔法の前では無駄だ!」
俺の目論見通りジルは攻撃前の俺に魔法を放つつもりだ。
勝負はこの一瞬で決まる。
「炎よ、彼方へ行き、煌々と咲き誇れ。炎花——」
ここだ! 俺は心の中でそう叫び、取っておいた一割の魔力で発動前の魔法を妨害する。
「なっ」
俺は魔法を妨害され面を食らったジルの隙を捉え、絶好の機会に剣を振り下ろす。
このタイミングなら間違いなく直撃する。
「星穹斬!」
技名はまあ、そのまんまだ。威力も速度も申し分ない。
十二星座龍のみんなから貰った星の魔力を剣に収束した後、放つ必殺技だ。
俺の渾身の一撃は物の見事に目標に命中した。
「——ハッ、攻撃の軌跡は見えなかったが外したようだな」
ジルが何か言っているが、攻撃は成功だ。
その証拠に支柱を斬られたシャンデリアが轟音を立てて落ちて来る。
シャンデリアは丁度俺とジルの間に落ち、バラバラに崩れた。
崩れたシャンデリアを挟んでも、互いの状況が視認できる事は変わらなかった。
「フフ、見えるぞ。君のその残りの魔力では私の攻撃を受けきれない、すなわち私の勝ちだ」
「……はあ、大丈夫? それ、フラグだよ」
「ハッタリは無駄だ。もう虫の息だろう? これが抗いようの無い現実だ! 喰らえ! 炎花球!」
勝利を確信したジルによって展開された無数の球状の炎が俺に向けられる。
実際、ジルの言う通りだったりする。
魔力は死なないくらいには身体を守ってくれる量しか残っていない。
攻撃は出来ない、かと言って防御もほんの数回しか保たないだろう。
俺はもうあいつを倒す手段を持っていないのだ。
これが抗いようのない事実。
だが、これで良い。
俺にやれることはもう無い。なぜなら、もう勝負は終わっているからだ。
だから——
「ああ、この戦い俺の負けだ。しかし、この勝負……俺の勝ちだ!」
「何を馬鹿なことを、もう君は終わりだぁ!」
勝ちを確信したジルはそう叫びながら詠唱破棄で魔法を発動し、無数の火球を展開した。
「喰らえ! 炎k——」
しかし、その魔法が放たれる事は無かった。
なぜなら、空中に展開された火球を含め全てが凍結されてしまったからだ。
燃え盛る炎すらも時間が止まったかのように凍ってしまっている。
辛うじて意識の残るジルは凍らされて鈍くなっている感覚の中、口を動かした。
「なん、で……」
「氷星凍白剣、氷縛。あなたはもう、何も出来ない」
ジルの背後から現れた綺麗な白い髪に透き通る瑠璃色の瞳の少女——クロエ・エトワールが静かに言い放つ。
未だ現状、と言うよりこうなった原因を理解出来ていない様子のジル。
そんな彼に俺は分かりやすく何が起こったのかの説明を始める。
「何で姉さんが起きているのか分からないって顔だな。まあ、正直あんたの策は有効的だったよ。隙が無かった。だから、魔法薬の効果を弱める事しか出来なかったし、おまけにシャンデリアを落として轟音を起こさなきゃこの状況を作れなかった訳だしな」
「……バ、カ、な」
途切れ途切れに言葉を紡ぎ、開いた口が塞がらないと言った感じのジル。
俺の説明を受けてもこの現実は中々受け入れられなかったようだ。
けど、ジルの敗因は俺の目論見を見抜けなかった事じゃない。
その事実を俺は完全に凍り付く前のジルに伝える。
「だけど、あんたが負けた直接の原因は今挙げた事じゃない。あんたが負けたのは戦いで勝つ為ではなく、姉さんと戦わない為に策を弄したからだ」
姉さんは齢七にして既にレベル3魔法使いと互角に渡り合う実力を持っている。
並の魔法騎士相手なら負ける事はなく、誘拐なぞあり得ないだろう。
だから、こいつは戦う事を放棄し、いかに戦わずに目的を達するかを考えた訳だ。
しかし、それは言ってしまえば自分で戦ったら勝てないと宣言してしまっているにも等しい。
それが奴の敗因。姉さんに気を取られ、イレギュラーによるもしもを考えていなかったが故のミス。
姉さんとの戦いを避けられくなった時点で負けていたのだ。
そして俺は凍りゆくジルに自分の気持ちを告げた。
「あんたは初めから勝つ事を諦めていた。だから、俺はこうして絶対的な勝ち筋に辿り着くことが出来たんだ。もちろん姉さんの強さありきだけどな。次があれば、今度はちゃんと勝ちたいな」
返事は無い。全身が凍り、もう生命活動は止まっている。
死んではないが生きてもいない。
そんな状態で閉じ込められ、次に目を覚ます時はきっと牢屋の中だろう。
「姉さん、助けてくれてありがとう」
「心配したんだよ? 起きたら目の前で危ない目に遭ってるんだもん。ひやひやしたよ〜」
戦いが終わった事で姉さんはいつもの感じに戻った。
姉さんは戦ってる時すごく真剣になり口調も堅い感じになる。
所謂ギャップ萌え(?)だね。
俺はまだ眠気が取れていない姉さんに
「ごめん。諸々の説明は明日するよ。俺ももう限界だから」
「分かった。私もまだすごく眠いから、今はおやすみ」
「うん、おやすみ」
これで今夜の事件の俺の出番は終わりだ。
あとは姉さんを寝室まで運べば就寝だ。
「俺が運ぶからここで寝て良いよ」
「じゃあお言葉に甘えて——」
限界だったのかすぐに俺に寄りかかるように眠った姉さん。
即座にジェミンの力で影の分身を作り眠った姉さんを寝室まで送る。
その間にジルの拘束を念の為にピスケの力で強化する。
やることを全て終えた俺はサジリに話しかける。
『サジリ、姉さんを運び終わり次第すぐに代わるね』
『ああ。だが、本当に良いのか? 完全に体を預けて』
『うん。みんなは俺の嫌な事はしないだろうし、信じるって決めたから』
『……そうか』
サジリとの会話に確かな絆が生まれていることを感じていると、レオンが心配そうに話しかけてくる。
『シエル、怪我は無いのか? だいぶ魔法を喰らったみたいだが』
『まあ、大丈夫だよ。みんなからもらった魔力で身体強化していたからね』
実際、何発か喰らってもかすり傷が少し出来たくらいだった。
この世界において基本の身体強化も十二星座龍の膨大な魔力を用いれば、防弾チョッキの百倍防御力があると言っても過言では無いのだ。
心騎武器、魔力量、魔力の運用技術の中で一番生まれながらの才能に因るのが魔力量だ。
俺はみんなのおかげでその心配が無い。ありがたいかぎりだ。
そんな事を考えているとレオンが納得していない様子で変な事を聞いてきた。
『そうか。でも、もっと楽に勝てたんじゃ無いのか?』
『どういう意味?』
『お前が最初から殺す気だったら戦いはすぐに終わっていた』
レオンの言う通りさっきの戦いで俺が劣勢を強いられていた理由は魔法の差以前に相手に向ける殺意が無い事が大きかった。
まあ、俺が急にそういう世界に来たからって殺せるような奴なら選ばれていないと思うけど。
『だから、そのこだわりを貫き通す理由をオレたちは知りたい。そこまでする意味を——』
『分かった。言うよ』
俺はレオンを通してみんなに殺さないというスタンス、心の内を明かした。
『俺が殺さないのはいつか元の世界に戻れるってなった時に何の憂いもなく戻る為だよ。多分一度でも殺してしまえば俺は二度と元の世界に戻れなくなると思うんだ。物理的にではなく、精神的な意味で……』
『そういうもんなのか、シエルの世界では』
『うん、戦いとはほぼ無縁な比較的平和な世界だからね』
俺の言葉にレオンは唸るように悩んでいる。
『うーん、でもなあ。戦いで相手を殺さないってなかなかに面倒臭いぞ』
『大丈夫だよ。殺すのなんて極論誰にでも出来るけど、殺さず倒すのは強い奴にしか出来ないから。この世界で一番強いみんなと一緒ならきっと大丈夫』
それに世界を救うならそれくらいこなさなきゃ出来っこ無いと思うし。
『分かった。なら強いオレ達もシエルと一緒にそうやって戦って行くぜ』
『うん。ありがとう』
そうしてレオンとの会話が意図段落した頃、影の分身が姉さんを寝室に運び終えた。
『それじゃあ、俺も寝ようかな』
やることが全て終わったくたくたの俺も寝ようとしたが、その直前にサジリから声が掛かる。
『ちょっと待ってくれ』
『どうしたサジリ?』
『よく考えたら君抜きで飛ぶのは初めてだ。せめて何かコツとかを教えてもらいたい』
確かに俺が感覚的にしている事をいきなり補助なしでやるのはきついだろう。
『んー、そうだな。空を飛ぶってより空と一緒になるって感じを心掛れば良いと思うよ』
『何と言うか、抽象的だね』
まだ釈然としない様子のサジリだが、これ以上のアドバイスは残念ながら俺に無い。
『じゃ、もう限界だからおやすみ』
振る舞い以上に活動の限界が来ていた俺はそうして気絶するように寝入った。




