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出着点 ~しゅっちゃくてん~  作者: 東雲綾乃
第1期 第2章 世界一へ
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ただいま、蒼依。

 柚希が日本に帰ってきた次の日。柚希は昼頃、母校の中学校を訪れた。


 蒼依に誘われたのだ。「卒業ちゃんとしない?」と。

 柚希は中学校の卒業式に出席していない。卒業式終了後に担任の先生が卒業証書を持って来てくれたのだ。


 今回、目標を果たしたからこそ、これまでの人生のひとつの区切りとして学校に戻ってきてはどうかという誘い、そして「私にも金メダル見せてよ」という蒼依のお願いを断る理由は見つからず、柚希は学校へと向かっていた。


「柚希ちゃん!!!」


 道の向こうから大きな声が聞こえた。顔を上げると門の前に蒼依が立っていた。


「蒼依ちゃん、久しぶり」


 柚希は道を渡る。約三年ぶりに再会した蒼依はあの頃より目付きが優しくなった気がする。そして髪をブラウンに染めているからか顔周りは明るく全体の印象も柔らかくなった。もっとも柚希の気のせいかもしれないが。


「言いたいことはいっぱいあるんだけど………とりあえず、三年間お疲れ様。金メダルおめでとう」

「ありがとう」


 柚希は門の前に立ち一度深呼吸する。


「ねぇ、凌久は?」


 柚希は昨夜から疑問に思ってることを尋ねる。

 凌久の家に帰国の挨拶をしに凌久の家を訪れたが、父と再婚相手の女性には会えたものの肝心の凌久の姿は見えなかったのだ。


 柚希はその時のことを思い出して苦笑する。凌久の義母は結構個性的な人だった。




 ――――





 夜も更けてきたころさすがに凌久も帰宅しているだろうと思い、柚希は周囲に誰もいないことを確認したうえで家から抜け出し、久方ぶりに訪れた凌久の家のインターフォンを押す。


「………はい」


 凌久の父親の声がする。


「ご無沙汰しております。羽澄柚希です。凌久、いますか?」

「柚希ちゃん、久しぶり。金メダルおめでとう。ごめんね。今、凌久いないんだよね」

「あっ、そうですか………。じゃあ、出直します。夜分に失礼しました」

「伝えておくね」

「ありがとうございます。お願いします」


 柚希がそう言って歩き出したとき、後ろから大きな音がした。

 そして、周囲に響き渡る大声。


「ちょぉ~っと待ったぁぁぁぁーー」


 万引き犯を捕まえる勢いで走ってきた女性に捕まる。


「………どなたです?」


 柚希が恐々と質問すると、街灯に照らされたふくよかなその顔は驚いた表情になる。


「ごめんなさいぃっっっ!!」


 また大声で叫ばれる。

 柚希は咄嗟に口を指を立てる。


「しぃぃぃぃぃぃ」

「う……ごめんなさい。初めましてよね。あたし、廣瀨明璃(あかり)って言います。凌久のニューマザー」


 その人は凌久の義母だった。


「ちょっと、話そ。うちに来て」


 また出直すと言ったのに強引に腕を引かれ、柚希は凌久の家の前に連れてこられる。


「さぁ、入って入って」

「お、お邪魔します……」


 柚希は少し緊張しながら家に足を踏み入れる。凌久の家に入るのも何年ぶりだろう。


「それで? 何の用だったの?」


 凌久の義母に問い詰められる。


「日本に帰ってきたので挨拶と、凌久の大学の合格祝いに………」

「まぁ、礼儀正しいなぁ」

「そんなことはないですけど」

「柚希ちゃん、テレビで見るとき以上に可愛くて華奢ねぇ」

「そんなことはないですけど。……華奢だったら、スポーツできませんよ」

「かわいいなぁ」


 どうやらこの人は人の話を聞かないタイプらしい。明るくて優しい人であることなら柚希にもわかった。それでも愛想が悪い凌久が最も嫌いそうなタイプの人なのに、どうしてそうではないのか疑問になる。


「ああ、あたしのことうるさいって思ってる? あたしね、キャラ強いのよ。ごめんねぇ」


 そう言うと明璃はからからと笑った。気前良さそうな楽しい人である。柚希は彼女のことを嫌いではなかった。その目が優しさで満ちていたからだ。


「それで? 金メダルよね。おめでとう」

「はい。凌久のお陰でもあるんですよ」

「まぁぁぁ、あの子が!? 何かの間違えでしょ」


 本当のことなのだが彼女の中ではあり得ないことらしい。

 柚希が詳しく尋ねると、彼女曰く凌久は自宅では基本全く話さずに黙々と勉学に励んでいるらしい。


「最初の頃はまだ話しかけてくれたのに、途中から受験勉強に集中したいからって凌久の部屋には進入禁止にされるし、寂しいの何の」

「なんと言うか…………すごい凌久らしいですね」

「そうよね。ほんっとうに今日は珍しく出掛けてくるなんて言って。柚希ちゃん来るって分かってれば全力で止めたのに」

「なんか……ごめんなさい」

「いいのよぉ。あたしが柚希ちゃんと話せて楽しかったから。つか、こっちこそごめんねぇ。引き留めちゃって」


 柚希が帰ろうとすると記憶よりも少し雰囲気が優しくなったように感じる凌久の父が部屋に入ってきた。


「あ、柚希ちゃん。ごめんな、引き留めて」

「おじさん、久しぶりです。今は時間あるんで大丈夫ですよ」

「しばらく会ってない間にすごく立派になったね」

「うふふ。ありがとうございます。だけど、わたしが強くなったのは周りに助けてくれる人がたくさんいたからです。もちろん凌久もその一人」

「柚希ちゃん、ありがとう。凌久も柚希ちゃんがいたから前を向けたって言ってた。すべての原因は僕のせいだったし、本当に凌久には悪いことしたって反省してる」

「おじさん……」


 先程まで明るく笑っていた明璃も静かに見守っている。


 柚希は凌久の父を見つめ、皮肉そうに軽く笑う。


「おじさん、過去のことは過去のことですよ」


 変えたくても変えることができない過去を持った柚希の言葉には重みがあった。


「そうだね。…………ごめんね、柚希ちゃん。辛い記憶呼び戻しちゃって」

「いいんですよ。というより、もう吹っ切れてるから。あの事故が無ければ確実に今の自分はいないですし。それにみんないろんなことを抱えながら生きてるんだってこの何年かで出会った人たちに気付かされて。あの時は辛かったけど、必ずしも悪いことだけじゃないって思えるようになりました」





 ――――




「じゃあ、行こっか」


 蒼依の言葉にはっとする。


「うん」


 柚希は一歩校内に足を踏み入れた。


「入っても大丈夫なの?」

「許可取ってるから」

「そうなんだ………用意周到?」


 柚希がからかうと蒼依は笑った。


「一番は凌久くんだけどね」

「えっ!?」

「さっき凌久くんは?って聞いてたけど、凌久くん先に来て準備してるよ」


 柚希は驚いた。あの凌久がそんな積極的に動くことがあるのだろうか。もしかしたら昨夜いなかったのは何かしていたかもしれない………と柚希は思う。

 直後にそんなはずはない。用事があっただけだと思い、首を振る。





 校庭にいる野球部らしき子たちの姿を見つめる。

 その時、ボールがコロコロと転がってきた。

 一人がそれを取りに駆け寄ってくる。柚希は思わずボールを手にとってその子の手に置く。


「はい」

「ありがとうございますっ!!」

「……羽澄柚希選手ですか!?」

「はい。そうです」

「金メダルおめでとうございます!!!」

「ありがとうございます」


 柚希の存在に気付いて目を丸くしたその子は帽子を取ってお辞儀をしながら礼を言う。まだ何か話したそうな空気を醸し出していたが、『早くしろよ―――』という仲間たちの声にもう一度会釈をすると駆け戻っていった。いかにも野球部らしい後ろ姿にほっこりとする。


「柚希ちゃん?」

「あ、ごめん」

「行っても大丈夫?」


 蒼依のやんわりとした催促にひとつ頷く。かつてと同じ昇降口から校舎に入る。蒼依が振り返る。


「柚希ちゃん、お帰りなさい」


 突然のお帰りに反応に困る。柚希は曖昧に笑った。


「……………ただいま、蒼依ちゃん」






 これから上階で腰が抜けるようなことが待ち構えているのだが、迷いなく階段を上る蒼依の後ろを周囲を懐かしみながらゆっくりと歩いている柚希には知る由もなかった。

次回は『ただいまの返事』、明日の更新予定です。

お楽しみに♪

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